第33話 ダンジョンのソロへと挑むけどさ、かっこつかねぇよ
一階層。青空と草原が広がっていた。奥の方には森も見える。
そういえば、実際にダンジョンに入るのは初めてだったなとアディは思う。
「ありきたりな設定だけど、空があるのは実際、違和感だなぁ。祠、通ってきたのにどうなってるの」
本来は、ケレルとヒロインが夏休みに来る攻略イベント。
のどかそうな景色はまさしく、デートスポットではないか。知識を呼び起こす中で、夢で流し見た二人の攻略風景を思い出した。
――あー。楽しそうに攻略しやがって。
異世界転生で、舞台は乙女ゲーム。憧れたはずのダンジョンで、聖地巡礼と呼んではしゃぐには、今のアディには軽すぎた。
実際、そこかしこにモンスターが見えていた。その量が平時なのか異常なのか、今世の知識がないアディには、比較出来ないのが残念だ。
「《ペルセプティオ・アブソルータ》」
地面に両膝、両手をつけて、アディは目を閉じた。展開するのはサーチより精度の高い、一階層全てを把握する術式だ。
空の広さ、雲の形、飛ぶモンスター。
緑の地平線、木々の葉の形、流れる川の煌めきと、そこかしこにいるモンスター。
小石の数から、根っこの形、地中に潜る微生物まで脳内に映像として流れていく。
ツッと、アディの鼻から血が滴った。吹き出る汗も構わずに、アディは膨大な情報量へ意識を集中する。
――ゲーマーのマッピング根性、舐めんなよ。
地図さえないエリア、クローゼットやトイレに至るまで調べ尽くして、アイテムを回収するのだ。
マス一つ抜けただけで、地図がある場合は達成率百パーセントを記録できず、延々と探す羽目にもなる。
九十九パーセントから先の、コンマの領域へ何時間も費やす執念には自信がある。
「《コロージョンアロー・ホーミング》」
目を閉じたまま、アディはさらに詠唱した。索敵した全モンスターへ向けて、毒の矢を形成し一斉放射する。
外すことがないよう動く敵は、追尾効果で貫いた。
アディはなにも、バカ正直に攻略しに来たのではない。モンスターに遭遇したら倒すなどと、丁寧かつ非効率なことはしない。
全階層の敵を仕留めずとも、行動不能にすればいい。
アディが来た目的は、ダンジョンからモンスターを溢れさせないことなのだから。
「はー。地味」
全モンスターに被弾を確認して、アディは目を開けて鼻血を拭う。
ふらつく足を叱咤して、ゆっくりと起き上がった。
すぐ目の前に、数体のモンスターが倒れ、痙攣を起こしている。アディという目の前の敵を、仕留めに来たモンスターだ。
アディは見えていて、避けなかった。動いてしまえば術式が解けて、やり直しだから。
一度の詠唱で、複数の同時展開。どれだけ数を出そうとも、同時なら魔力消費量は一回分で済む。
そのバグを使わないと、魔力量がないアディに、ダンジョンソロは不可能だ。
――これがあるから、俺は一人でも戦える。
アディは伸びをして体をほぐし、迷わずに歩き出す。下への階層も、先ほどの索敵で見えていた。
「あーあ。景色は良かったのに、死屍累々。やっぱ、溢れてもおかしくなかった?」
バッタバッタと爽快に攻略していた、ゲーマー時代が懐かしい。
一階層で満身創痍なアディは、飽きれとともに息を吐く。
ぐち、ぐちと避けることなく血溜まりとモンスターの間を歩いた。
頭も痛いし、動悸もする。汗だくで服は気持ち悪いし、手は痺れてる。足に力が入りづらくて、歩きにくい。
「あ、あった。あった」
口先だけでも明るく、そう努めた。二階層への入口を見つけ、アディは階段へと足を伸ばし――落ちた。
「……」
踏み外した階段。下まで綺麗に落ちて、お尻が痛い。無様すぎて、アディは無言で呆れてしまう。
ごろんと階段に寝転がる。アディは顔を手で隠して、ちょっとだけ自己嫌悪に浸った。
――独りで、良かった。
夜通し空を飛び、ダンジョンのある森まで歩き、少しだけ仮眠を取っていた。
と言っても、念のためと木の上で初の仮眠を取れば、熟睡とはいかない。身体を休めて魔力回復をしただけ。
――俺にしては頑張ってる。誰も見てない、バレない、大丈夫。
漫画やアニメで木の上で平然と寝てた奴らは等しく、やはり普通ではないのだと感心する。
『お前……、第一声がそれ、かよ! 家からのだよ、バカ!』
――そういや、ケレル。事あるごとにバカ呼ばわりしてくるな、最近。
叱咤してくる声を、不意に思い出した。寝起きの人間に容赦ないなと、アディは今さらに思う。
『追試の結果、君の成績は学年三位のまま。授業も成績も気にしなくていい。
……よって、アディが今出来るのは、寝ることだけだよ』
――そういや、なんでまた三位なんだよ。おかしくないか。白紙で、追試したんだぞ!
絶対にまた、カリスやウェルムが余計なことをしていそうだと、アディは思った。
『いい夢見てね!』
――ルナの成長ぷりが怖い。
絵の具の発言と言い、世話焼き以上の属性がついていってる気がする。
単独行動するために、それが最良だと思って術式を掛けた。
スリープを選んだのは、今にして思えば、アディも根に持ってたのかもしれない。
『けれどアディ。ルナをつけていたのですから、次からは一人で飛び出さないでくださいね。
一人で手に余ることも、あるかもしれません。有事の単独行動は控えていただけると、こちらは助かりますね』
――学園の中の話。学園の中の、今は外だから別。そう別だ。
ちょっと前の、ウェルムの言を思い出した。帰れたら、とは思っているけれど……。
なんだろう、帰りたくなくなってきたとアディは素直に思った。
パチッと目を開けて、アディは階段から起き上がる。
呼吸は落ち着き、動悸も収まった。
「よっし、行くか」
二階層、迷路のように石造りの壁と道が続いてる。
その様変わりした造りに引けを取ることなく、アディは一階層と同様に、二階層も無力化をしてみせた。
三階層、ダンジョン側の三度目の正直とは言わないが、モンスターの趣向が変わり無双の終わりが訪れた――。




