第32話 スタート地点は違うけど、よーい、どんってことで。
ケレルの目の前で、数頭の馬をチェックするウェルムとヴェネラティオ公爵が、なぜか火花を散らしていた。
「……謀りましたね。ヴェネラティオ公爵」
「ウェルム君は、お父上に似すぎるのも考えものだねぇ。僕を、目の敵にしすぎじゃない?
有事に備えて良い馬を養うのは、貴族として当然の嗜みだよ。ねえ、ケレル君?」
「はい!?」
明け方まで仮眠を取るようカリスに促され、ケレルは仮眠室を借りて寝た。
夜明けと共に目が覚めて、階下へと降りて来ただけだ。
突然話を振られても、何のことだか分からない。
――ウェルムの父親って、宰相の?
ただでさえ、昨日から理解が追いついていない。これ以上分からないことに巻き込まないでくれ、というのがケレルの本音だった。
「そもそも僕に落ち度はないし、模造剣の詫びとか言わないけど。ちゃんと仕事はしてるよ?
ああ、ケレル君。君、身体強化は使えるね?」
よく見れば、先発組と同じ人数分の馬だった。その個々の状態を確認していたヴェネラティオ公爵が、ケレルを気遣ってきた。
「え?」
身体強化は基礎の基礎。そこを気遣われるとは、いったいどういうことなのかとケレルは疑問に思った。
分からないなりに、感じたことのない嫌な予感がする。
「ルナにポーションを持たせるから、必要であれば後で使ってねぇ。乗っちゃうと最後、ついていけないなら落ちちゃうから。
……ウェルム君とかセレーヌス君も、文系に見えて、実はなかなか速いから気をつけてね!」
ヴェネラティオ公爵は、意味を掴みあぐねていたケレルに向かって説明した。最後に、コソリと耳打ちをしてくる。
「余計なことを言わないでもらえますか、公爵?」
「はいはい。無理をさせるけど片道だけ、彼らをしっかりと運んでね。よろしく頼むよ《アクセレラティオ・アエテルナ》」
爽やかな笑顔を向けるウェルムに、降参とばかりに両手を上げたヴェネラティオ公爵。
彼は馬たちへと再び向き直って、労うように撫でながら、速度上昇の支援魔法を詠唱した。
――強化を掛けた馬に乗るから、身体強化の確認を。
そう納得しかけて、ケレルは疑問を抱く。待て、それはいったいどれだけ速いのか。魔法師団の団長が、直々に掛けた支援魔法なんて予想がつかない。
「気をつけてねぇ」
「はい!」
呑気な声で、ヴェネラティオ公爵はケレル言う。
初対面こそ嫌な大人だったが、その実、セレーヌスの言う通り面倒見が良いらしい。
一抹の不安を抱えながらも、ケレルは元気に返事をした。
――落ちるもんか、アディにバカって言わなきゃ、気が済まないんだから。
◇◆◇◆◇◆◇
「祠みてぇ」
朝日も入らない、木々と繁る草花に隠されるようにひっそりと佇むダンジョン。
その薄暗い入口をじいっと見つめ、アディは呟いた。
大人が余裕で通れる大きさの穴。その中はどうなっているのか、先は真っ暗で全く見えない。
――崩落させたら中から出てこない、とかならねぇかな?
希望的観測を述べてみた。入ったが最後、クリアするまで、ゆっくりとはしていられないとアディは分かっているからだ。
「……ダメだな。中から溢れて、結局出てくるって」
後ろめたさを隠すように、両手で頬を叩いて、気合いを入れる。
アディは初級と支援で十回と少しくらいかなと、一日の魔法回数の制約を決める。枯渇のタイミングが、敵前だと困るからだ。
――格好つかねぇよなぁ、スタミナ最弱。初期強化の消費キャラだぞ、俺は。
魔力量を数値化する物は、流通していない。アディが目算出来るのは、ゲーム知識と枯渇を繰り返した経験からだった。
そして今日、三時間仮眠をとって、ダンジョンを探すためにすでにサーチを使っている。
狙うのはダンジョンからモンスターが溢れないよう阻止、もしくは時間稼ぎだ。そのためには――。
「……下層のボスを倒す。刺し違えてでも」
ダンジョンの入口を見つめ、アディは言い聞かせるように声に出した。その表情に、暗い影が落ちる。
『アディ。冗談が過ぎるぞ』
バサバサと木々に止まっていた鳥たちが飛び立ち、思い出したケレルの声が拐われていった。
「はは、怖いなら、引き返しても良いんだぞ、アディウートル」
アディは俯いて笑う。隠しダンジョンは、夢の通り確かにあった。
苔むした状態から見るに手つかずで、未発見のままだ。そして森にはモンスターがおらず、とても静かだった。
――夢では、隠しダンジョンをタップして、森で数体のモンスターに遭遇していた。
つまりまだ、何も起きていない。ゲームと違って間に合ったのだ。
人を呼んで、ウォレンティア侯爵に伝えて、大人に対処を任せても、きっと誰もアディを怒らない。
――でも、いつモンスターが溢れるか分からないだろ?
ダンジョンの入口に背を向けて、アディは辺りを見渡した。薄暗い森のままでは、ダンジョンを見つけてもらえないかもしれない。
万が一の時それでは、バッドエンドルートと同じになってしまう。
「あー、行くか。でも、その前に……《ルーメン・インモルターレ》」
右手を空へと掲げて、アディは上を向いた。薄暗い森には似合わない、光り輝く魔法の蝶を作り出す。
闇の色が濃い森の深部に、仄かな灯りを宿した蝶が舞う、幻想的な景色が広がった。
これならたとえアディが失敗しても、誰かがダンジョンに気づいてくれる。
――俺が解除しない限り、永遠に光り続けろ。
最後に確認するように、アディはその蝶を見上げる。目頭が熱いのは、眩しいからだと言い聞かせた。
アディは、今度こそ振り返ることなくダンジョンへと足を進める。
夢で見たダンジョンの階層は、全七階層だった。
「最短で降りる」




