第31話 ちょっとそこ、俺のこと酷く言い過ぎじゃない?
思いのまま叫んだケレルに、ヴェネラティオ公爵は満足げに微笑んだ。
「うんうん。公爵相手に良い啖呵だね。それは是非とも、神童君に直接言うと良いよ。君みたいな子が、あの子には必要だからね」
「……え?」
肩で息をするケレルの頭を、ヴェネラティオ公爵は優しく撫でた。
「師団長、若人で遊んでないで仕事してくれますかね。せっかく来られたんだから」
テーブルに地図を広げ書き込みをしながら、ロブルが口を開いた。
「えー、ロブル君。これも大事なことだと思うよ。ふるいはあってしかるべきじゃない、道を踏み外さないために。
神童君に、思い知ってもらってさぁ、殿下の魅力だけじゃ、足りないみたいだし」
「……全く、先ほどからヴェネラティオ公爵は、口が減らないね。不敬罪を適応するべきかな?」
ロブルの書き込みを見ながら、カリスが棘を含ませて冗談を言う。
「ヴェネラティオ師団長、予測対策はどこまでされてたんですか? 隊の編成の方は?」
「ここは毎年、警戒してたからね。ロブル小隊長の班は、通例通り自由にして良いよ。
実際に被害が出れば追加で、騎士団と魔法師団とで、混成を整える手はずになってるから。まぁ、後ろは任せていいよ」
気づけば、皆がテーブルへと向かっていた。セレーヌスの質問に、ヴェネラティオ公爵は賑やかに答えている。
話に置いていかれたのは、ケレル一人だけ。輪にも入れず、ポカンとしてしまう。
「ちなみに殿下、あとの二人は?」
普段、カリスと共にいる二人が居ないと、ヴェネラティオ公爵が辺りを見渡していた。
「ウェルムは魔法師団に伝令を出してからは、そのまま馬の手配に出てる。
フィデスはアルドール公爵家。装備を取りに、家に戻っているよ」
書き込まれていく地図を注視しながら、カリスは答えた。
「そうだね。アルドールが王都に居ればいいし、僕も――」
「師団長も学園に居残りで。模造剣と水難の方を、調査してくださいよ。
末弟が、学園に安心して戻れないでしょう?」
「ああ、下っ端の教育がなっていなかったね。ウェルムが抗議していたけど、届いているかな?」
ヴェネラティオ公爵は、フィデスの父、アルドール騎士団団長を引き合いに出し、意気揚々と話に加わろうとした。
ロブルがすかさず釘を刺した。カリスも、それに追い討ちをかけている。
「ロブル君は、ホントに痛いところ突くよね。
あと殿下、そこは僕の管轄じゃないからさ。副団長に直接言ってくれない?」
途端に面白くなさそうに、ヴェネラティオ公爵は口を尖らせた。
「え、え?」
ますます困惑するケレルを余所に、皆は同じ方向を向いているようだ。
目まぐるしい展開に、ケレルは話についていけない。
――どういうことだ?
「……ヴェネラティオ師団長は食えない人だろう?
とはいえ、アディの眼鏡を作ったりして、あれで面倒見は良いんだよ。ちょっとからかい癖があるけど。
ここの誰一人として、諦めていないんだ。君も安心して」
「……でも、時間とか」
ケレルの側へと来たセレーヌスが、そう説明をしてくれる。けれど、先ほどのヴェネラティオ公爵の言い分を思い出して、ケレルは言葉に詰まる。
「セレーヌス、アディの行動パターンって前と変わらないか?」
「基本は変わりませんよ、兄上。アディは衝動的ですが、下層までは必ず何をしてでも降りるはずです。
こうと決めたら、目的を違えるはずがない子ですから」
「そっか。途中で合流出来れば御の字、最悪でも、ボス辺りで保護をしたいところだ。帰りを考慮して無さそうだしな」
――そうか、ダンジョンに入る前に、止めるんじゃなくて。
移動では追いつけなくとも、確かにソロ攻略でなら、スピードが落ちるのは当然と言えた。
ダンジョンの攻略。本来はパーティーを組んで、野営をし時間をかけて行うものだ。
皆はそこで、アディに追いつくつもりだったらしいと、ケレルはようやく気がついた。
「帰りもそうですが。普通は出来ないと判断した時点で、どこかで身を潜めたり、救援を待つものではないかと。アディは変なところで考え無しですから」
「ああ、ろくな装備も無しだものな。冒険者登録を禁じ遠ざけたのに、ダンジョン行くのを止められなかった。予見があってもうまくいかないものだな」
「眼鏡に追跡付与もしていたのに、置いていきましたからね」
クストス兄弟が、アディについてあれこれと意見を交わす。弟に振り回され慣れてる様子だ。
「ああ、ヴェネラティオ公爵、話が終わったらルナも起こしておいてくれるかい?」
「チラッと見たけど、有事なのに、うちの息子は寝過ぎじゃない? 殿下、ホントに連れてくの?」
「子どもは寝るものだよ。とはいえ置いていくと後が厄介だし、そこらの兵より火力はあるんだから頼んだよ」
カリスとヴェネラティオ公爵のやり取りも、ケレルの耳に入ってくる。
――本当に、誰も。
全体を見て、ケレルはようやく力が抜けた。気を張っていたらしい。
「ケレル。家に手紙を書いてくれるかな?」
「カリス、俺はなにをしたらいい?」
カリスが声をかけたのと、ケレルが声を出したのは同時だった。
カリスが紙の束を持って、ケレルへと指示を投げた。その表情は、いつもの余裕のある笑顔だ。
「ロブルが新規ダンジョンの位置と被害予想、今季の各ハザードマップを作った。
それに一言、君からも添えて欲しい。後発部隊に持たせ、ウォレンティア侯爵へと運ばせる」
「後発隊?」
家に届けるのなら、ケレルもそこへ同行するのだろうか。それなら、手紙は必要ないはずでは。
「そう。魔法師団のロブル小隊のメンバーが後発。あとは実際に見てからだろう。求められるのは速さだからね。
先発は、アディを迎えに行くんだよ。クストス兄弟、ウェルム、フィデス、ルナ、私。そしてケレル、君もだろう?」
ケレルの不安を読んで、カリスが改めて編成メンバーを告げた。
どこかで、足手まといだと外されると思っていた。だからこそ言われたことに、ぐっと込み上げてくるものがあった。
「ああ、俺も行く!」
まだ何も終わっていない。だから、ここでは泣かない。ケレルは自身を鼓舞するように、声高く宣言した。




