第29話 二歳って、マジでお喋り好きなんだぜ
3月29日公開~3月30日22時まで、
29話の内容が→30話表記(29話が未公開のまま飛ぶ)事態になっておりました。
現在は修正済みで、29話に29話が、30話に30話が、表示されています。
混乱を招いてしまい、すみませんでした。以後、気をつけます。
「……いや、アディは、ちょっと字が好きで、飲みこみが早かっただけって。凡人って、言って……?
かなりずれてるけど、でも、え?」
「『ケレル君、夏休みに帰らないと、領地が甚大な被害にあうの。ダンジョンってそんなに危ないの? 帰らないと行けないくらい大変?』と兄上に訊ねたのは、二歳を過ぎた弟ですね」
台本を読み上げるように語るセレーヌスは、遠い目をしていた。
ケレルは頭が真っ白になる。アディは、ケレルを君づけで呼んだりしないからだ。
――それは、誰の話だ?
「ちなみに、ウォレンティア侯爵には?」
「忠告するような間柄でもありません。それに、出来ても見回りの強化くらいでしょう。
殿下、この話を信じることが出来るのは、当事者だけですよ。
そして起きてからでは遅いから、弟は一人で行ったのでしょう。それが全てです」
カリスが静かに確認を投げ、セレーヌスが事務的に返している。
それを聞いて、感じたことのない衝撃がケレルの全身を貫いた。
――なら、俺は?
アディとは友人のはずだ。ランチも一緒によく食べる仲の、それなのに……。
「俺、俺は何も聞いてない。アディから何も!」
ケレルの口から出た言葉は、悲鳴のようだった。どうしようもなく、目頭が熱かった。
「アディは七歳を迎える頃から、人にそういう話をしなくなったんだ。
そして人は、話題に上げなければ忘却するものだよ。神童が消えたのは、そういうこと」
神童だと広まったのも早ければ、色々なタイミングが重なって、噂が消えるのも早かったそうだ。
そんなことよりもケレルはただ、今この時が信じられなかった。
「私が知ったのも、たまたまだね。ここ最近の学園の出来事が、何か予知の範囲になかったかと、ちょうど兄上に確認していたから。
幼いアディの言動を忘れず記していたのは、兄上だけなんでね」
私も当時は幼児でしたのでと、セレーヌスは付け加えた。
それをどこか遠くに聞きながら、ケレルは呟いていた。思い出すのは、この目で見たアディの最後の姿だ。
「……目が覚めたアディは、確かに変だった。俺たちの話を全く聞かなくて、気づいたら」
むやみやたらに、魔法を行使するようなやつじゃない。それがあんな、無感動な目を向けてきて。
――友達ではなかったのか。言ってくれたら良かったのに、なんで一人で向かったんだ。
アディのことが、ケレルには分からない。
普通は大人を頼るものだろう。ダンジョンなんて、一人でどうこう出来る代物じゃないのだから。
「神童君は、常識外れだからねぇ。保護した時も、危なっかしかったから。まぁ、本人に悪気はないんじゃないかなぁ。
あれ、そう言えば僕の息子が見当たらないね?」
そこへガチャリと扉を開けて入ってきたのは、漆黒の髪を持つローブ姿の長身の男性。
飄々としていて、キョロキョロと紫の瞳が人を探していた。
脇に抱えられているのは人、だろうか。セレーヌスと同じ、緑の髪が揺れていた。
「ヴェネラティオ師団長、ご子息なら仮眠室です。弟が掛けた術式の方が上で、私には解除できませんでした。すみません」
セレーヌスが仮眠室を示して、頭を下げた。
魔法師団長はルナの父、ヴェネラティオ公爵だった。
「掛かる方が未熟なんだから、息子のことは気にしなくていいよ。
ほら、とりあえず、ご所望のロブル・クストス小隊長。僕の方が早いから、連れてきちゃったよ」
「……持ってきた、の間違えはいただけませんね、師団長」
脇に抱えられたロブルが、ヴェネラティオ公爵をじろりと見る。
その恨めしそうな非難を、彼はしれっと明後日の方を向いて受け流していた。
「……はぁ。ウォレンティア領の地図はここにありますか、カリス殿下。
おおよその位置を、印したいと思いますので」
「ああ、用意しよう。しかし、セレーヌスも公爵と知己だったんだね、驚いたよ」
書くものが欲しいとロブルが言えば、カリスはそのための準備を始めた。
いきなり現れた大人二人に、ケレルは呆然としている。
カリスとセレーヌスは、彼を待っていたのかということだけ理解する。
「彼とは神童君繋がりですよ。その昔、王都で誘拐騒ぎがありましてね。
僕が、現場で会ってからの仲で――」
「……師団長!」
――誘拐?
ヴェネラティオ公爵の言を、ロブルが厳しく遮った。
部屋を見渡したヴェネラティオ公爵は、一点を見つめると面白い物を見つけたと子どものように、にやりと笑う。
「えー。でもほら、殿下が新しく剣を拵えてって、話に聞いたけどさ。
見て、見て。置いていかれてるじゃないか。ぷくく……。
彼らにも知っててもらった方が、今後に良いかもよ、ロブル君?」
腰に提げたアディの剣を指摘され、カリスは黙ったまま冷めた視線を、ヴェネラティオ公爵へと向けていた。
「君たちの学友。当時三歳だったかな、誘拐されちゃってね。
僕が現場に着いた時には、一人で犯人を皆殺しにしてたんだよ。僕にまで中級を放つのだからさ、末恐ろしいと思わない?
『ありがとう。ルナのお父さん』って血まみれで、さらには笑顔で言われちゃった。
あれは、危なっかしかったなぁ。中身、何歳なんだろうね?」
「……」
場にそぐわないほど明るい声で、ヴェネラティオ公爵は当時を思い出して笑っている。
ロブルが頭を抱えて、ため息をついている。セレーヌスは忌々しげに、ヴェネラティオ公爵を睨んでいた。
その当事者たちの温度差が凄く、事実なのだろうとケレルは思った。
――でも今、中級って言った?
中級は本来、これから習う範囲だ。ケレルは聞き間違えかと、疑問を抱いた。
「その後もね。先天性の魔眼による虚弱体質だったんだけど。
兄の身体強化を見て模倣しだして、負担を相殺する異常性を見せてさ。
常時発動を二つなんて、消費が大きすぎるよねぇ。結果、侯爵家の生まれなのに、彼が自由に使える魔力が、凡人並みになるっていう――」
テンション高くすらすらと述べるヴェネラティオ公爵は、とても楽しそうな雰囲気がある。
――それ、誰の話?
あまりにも現実離れした話をされて、ケレルが思い出したのは別のことだった。
普段、ヘラヘラとして笑うアディが、フッと浮かんで消えた。
「でもまさか常時行使による副産物で、熟練度も、精度も飛び抜けた域に達しちゃうってヤバイよね。アレでまだ、成長期の子どもだろう?」
誰にも止められないのを良いことに、ヴェネラティオ公爵は嬉々として語っていた。
――違う。そんなの、俺の知るアイツじゃない。
否定したいのに、胸に渦巻く気持ちを言い表せなくて、ケレルはただ黙っていることしか出来なかった。




