第27話 遅いか早いかの違いなら、そこに少しでも意味をつけたかった
星空が綺麗な雲の上、アディは空を滑空していた。
「《エア》」
空気の層を、足元の落下地点に展開する。詠唱と共に酸素を吸い込み、息を止める。
「《ヌルグラヴィティ・アンリーシュ》」
エアを足場に蹴る音が小さく響き、アディは加速魔法で光の速さを手に入れる。
速度が落ちれば、詠唱をして前進。ただそれの繰り返し。想像するのは、ジェット機か大砲か。
夜空に障害物は無く、アディはただ目的地を目指す。
――明け方には着くかな。
眼下に映るのは広大な草原。ポツポツとした辛うじて民家らしき点も時々見えた。
――モンスターが溢れたら、その被害は?
全部、無くなってしまうのだろうか。緑も、家も、人も、命も。
イベントなんて夢を見なければ、現実感など無かった。
アディが育ったクストス領は、同盟国との間にある国境守護を担う。ダンジョンも凶悪モンスターもいない、のどかな領地なのだ。
――ボスを倒して、守る。
ボスを倒せば、ダンジョンは沈静化する。
可能なら、各階層のモンスターも無力化したい。
さっき見た夢では、アイコンがあって複数回プレイ出来る仕様のようだった。
そうなると、ダンジョン自体を消滅させることは不可能だろう。
『アディ』
――連れていけない。本来ならもっと先の隠しダンジョンだから。
耳に残った声に、アディはギュッと目を閉じた。ゲームじゃない、間違えたら彼らが消えてしまう。
大人を動かすのに、かかる時間は?
陸路を行くのに、かかる時間は?
起きるか分からないモンスターの氾濫に、一体どれだけの人が、信じてくれるのか。
――起こってからでは、遅いというのに。
夜風に当てられ、冷静になって正攻法を考えなかったわけじゃない。
けれどどれも現実的ではなくて、行き着くのはアディが一人で行けば良いという結論だった。
アディはスタミナが壊滅的だ。一般的な攻略法を選ぶことがそもそも出来ない。
同時発動のバグと知識チートの瞬間火力で最適を選ぶだけだ。それがどれほどの人間離れした行為だとしても。
『アディ、お前……』
仮眠室で、ケレルは最後まで睡魔に抗って、アディの手を離さなかった。
眠ってからも、その手は離れなかった。
ケレルの指を一本ずつ、アディはその手から剥がした。
泣いて眠るルナの目元を拭って、くしゃりとその頭を撫でた。二人に詫びて、一つのベッドに一緒に寝かせた。
ダンジョンに向かうのに邪魔になるから、眼鏡も剣も置いてきた。
人の視線から守る剣はもう、必要なかった。向かうのはモンスターしかいない地だ。
――もし壊したら、怒られたのかな。
セレーヌスは笑って、また普通に眼鏡を用意しそうだ。
カリスは……、ちょっと考えたくない。だって、距離感がいつも近い。油断したらあっという間に入り込んでくる。
せっかく貰った好意は、アディにはやっぱり重くて眩しい。
ルナは、アディに甘えて、可愛い。年相応さが前よりも見えて、余計な力が抜けたのが分かる。真面目で一生懸命だ。
フィデスは、アディにまっすぐな感情を向けてくる。ただの考えなしなところもあるけど、芯が通っていて懐が広い。
ウェルムは、一歩引いて皆のことをよく見ている。誰にでも優しそうな物腰で丁寧だ。けれど、情に深く、味方以外に容赦がない冷酷さもある。
ケレルは、どんなアディにも屈託なく笑って付き合ってくれる。初めての友人。
ユニタスもそう。アディを一人のクラスメイトとして扱ってくれた。
消費されるただのキャラなのに、誰も彼もアディをほっといてくれなかった。
アディにとって、彼らは大切だ。だから、欠けるなんて許さない。
『ま、いつものことだよ。気にしないで』
――失うと分かっていて、何もしないとか絶対無理。
思い出すケレルのことが、ゲームの彼なのか、アディが接した彼なのか、もう分からない。
ただ言えるのは、アディウートル・クストスなら、間違えても消費されるのが早まるだけ。
――役割から離れて、最後を選ぶくらい想定範囲内だろ?
Aクラスには、面倒見の良い生徒が多かった。誰も、アディには冷たくなかったから。
だから、ヒロインが来ても大丈夫。
アディの代わりに、ヒロインのチュートリアルは誰かがしてくれる。
――攻略とか踏破とか、どうでもいい。
アディが失敗しても、きっと大丈夫。時間稼ぎにはなるはずだ。
ただそこに、消費されて消えるだけではない、己の価値を少しは見いだせる気がした。
だって現実世界で一度死んで、乙女ゲームの世界に転生した。
アディウートル・クストスとして生まれた、アディの意味はあったと、そんな終わりが出来たら嬉しい。
「大丈夫」
ポツリと溢れた音は、夜空に溶けて消えていく。一度死んだ、また死ぬくらいなんだって言うんだ。
それで彼らが生きるなら、喜んで差し出そうじゃないか。
――ヒロインが来たら、そんな穴は初めから無かったことになる。
欠ける穴は、もともと無いはずのものだから。アディが何をしたって変わらないだろう。




