第26話 消化キャラだから、別にいいだろって思うじゃん
焦点が合わず様子のおかしいアディに、ルナとケレルは両サイドから声をかけていた。
けれど彼らの声は、アディの耳に届かず、代わりに聞こえていたのは別のもの。
『ウォレンティアは、しばらく休学する。未発見のダンジョンからモンスターが溢れ出し、領地に甚大な被害が発生したためだ。災害復興の援助を申し出る者は――』
それは、ついさっき聞いたナレーションだった。
「モンスターが溢れる……?」
――ついさっきって? どこで? ゲームで? 夢で?
ドクンとアディの心臓が跳ねた。喉が詰まって、息が苦しい。
何かがずれて、何かが起きている気がしてならない。いつ、いつ始まるのだ、これは。
――イベントだ。バッドエンドの分岐点。
どこからがゲームで、どこからが現実なのか、もう分からない。アディの目には、選択ウィンドウが見えているままだった。
「……"私"が」
ゆらりと立ち上がろうとしたアディの左手を、グッとケレルが力強く掴んだ。
「おい、アディ。寝てろって!」
身体強化をかけたケレルのびくともしない強い手が、アディを逃がさないと抑えている。
「……行かない、と」
ケレルがアディと視線を合わせようと、掴んだその手を引き寄せた。
ぐらりと身体が傾いだアディのその目には、未だ選択肢が表示されている。そこに険しい顔をしたケレルが重なった。
【ケレルと夏休みを過ごす? YES/NO】
――ケレルが、悲しい思いをする。
バッドエンドが起きて領民が犠牲になれば、絶対にケレルは自責に駆られる。
そんな思いは、させたくなかった。
チリッと、うなじを何かが逆撫でした。害そうとする魔力の予兆を感じ、アディは即座に反応する。
「アディ! 《スリ――》」
「《サステインド・ブロック》」
ルナが詠唱を完成させるより早く、アディはルナの喉に右の人差し指を当てて拒絶した。その手にはもう、包帯がなかった。
「――!」
二度も同じ手は通じないよう、アディはルナの詠唱、声そのものを遮断する。
――ごめん、ルナ。
「おい、アディ。お前なにやって!」
酷く狼狽したルナが首を抑え、アディを見つめている。唇が動くけれど、声になっていなかった。
その代わりとばかりに、ケレルがアディを押し倒して叫ぶ。
実際に目で見ているはずなのに、アディは彼らをとても遠くに感じていた。
それは深い水の底で見た、あの輝く景色のようだ。
――ケレルとルナ、攻略キャラの二人。
失くして良いものじゃない、誰一人。
アディのその瞳から、すぅと光が消え失せた。
見えるのは、遠い景色とメッセージウィンドウ。
「ア――」
「《ディープ・スリープ》」
怒るケレルと涙を流すルナの二人を視界に捉え、アディは詠唱を紡ぐ。心安らかな睡眠へ誘うように。
――目覚めた彼らに、どうか変わらぬ日常を。
上級生で起こるはずの未来イベント。もしそれが一年の今、ヒロイン不在のまま起きるなら、初期ステータスですらない彼らの手には負えないだろう。
でも、瞬間火力では負けない、化け物と称されたゲーマーのアディなら。
――優しいケレルが、心の傷でも抱えたらどうするの?
強化素材として消費される、アディウートル・クストスが代わりに行けばいい。
「……"私"は消えてなくなる素材だから」
仮に死んだとしても、替えが利く素材でしかない。ゲームオーバーにすらならない。
どうせ、二回目だ――。
◇◆◇◆◇◆◇
「――イージスが、消えた」
「は?」
水難事故の捜査のための会議。その帰路で、カリスは自身が構築した術式が解除されたのを察知した。
設置型にはせず、常駐型として維持するために魔力を流し続けていた。
その繋がりが破壊されるでもなく、今、プツリと途絶えた。
カリスの呟きに、異を唱えたのはウェルム。それもそのはず、カリスたちは今、執務室の校舎の近くに居たからだ。
そこに、外部からの攻撃の気配などなかった。
「アディだろうね。おそらく」
カリスはそう確信する。理由は分からないし、手段も分からないが、出来るとするならアディしかいない。
「セレーヌス、君の弟がまた何か起こしたようだけど。どうする?」
顔を見たら寮へと帰る、そのつもりでセレーヌスは、カリスたちと同行していた。
後ろを歩いていたセレーヌスは、黙って口元に手を当てている。
「……殿下、確認ですが。ウォレンティア侯爵令息に家から手紙は来ていますか?
もしくは公爵家の令息方の領地、別荘に帰省の予定は?
Aクラスでの誰か、何か連絡などでも良いです。
あと、夏、長期休暇と言えばなんだ……?」
最後の方は、セレーヌスの一人言だろうブツブツと呟いている。その様は、考え事をするアディとそっくりだ。
「ケレルからは、家から手紙が届いている。あとは――」
「事案がありますので、片付くまで私共はカリスとともに。他に手紙や連絡なども、無いはずですが?」
カリスの言に、ウェルムが補足をする。
夏休みを前倒しにしたことで、家に連絡を入れた生徒はいる。
けれど、家から先に手紙が届いているのはケレルだけだ。
それを聞いてセレーヌスは、眉間に皺を寄せていた。思い当たる節がある様子だ。
「……手紙の内容はご存知でしょうか? 知っていれば、お聞かせ願いたく存じます」
「他家の内情は、守秘に関わるだろう。本人に確認しないと」
カリスは、セレーヌスの主張を断った。アディが間にいるからであって、もともと親密な仲ではない。
「……殿下は、アディウートル・クストスが神童と呼ばれる所以を、まだご存じないのですね。それとも気づいておられない?」
ふうと息を吐いたセレーヌスが、無詠唱で三人を包む結界を貼った。
ウェルムが警戒するのを、カリスが片手で制した。
「どういう意味かな」
固い表情のセレーヌスに、カリスは警戒することもなく軽く訊ねた。
「ウォレンティア領に新たなダンジョンが出現して、弟が一人で向かった可能性があります。
魔法師団の兄上に連絡を。詳細な位置は兄上しか把握していないでしょう」




