第25話 え、ウソ。始まっていないゲームが始まった?
アディが目を開けると、そこは夢だった。パッと画面が変わり、またあの分岐イベントに戻っていた。
――だからなんで、夢なんだよ?
『▷「それでも心配だよ。じゃあ、旅行ってことで私と一緒に、モンスター狩りしに行こうよ。
旅行だから、家には顔を出すくらいでいいと思うの、迷惑にはならないでしょ」
▷「そっか。いつものことなら、心配いらないね。じゃあ、夏休みどこかでSクラスの皆と遊びに行く?」』
またしても画面は、自動で切り替わる。けれど次は、領地へ帰らないルートを選択していた。
ヒロインの夏休みの様子はカットされ、二学期のモノローグが始まった。Sクラスの担任らしき男性が画面に現れた。
「ウォレンティアは、しばらく休学する。未発見のダンジョンからモンスターが溢れ出し、領地に甚大な被害が発生したためだ。災害復興の援助を申し出る者は――」
「それ、バッドエンドー!!」
夢に向かって、アディは盛大に叫んでいた。
――なんだそれ、なんだそれ!
理不尽すぎるだろう。ちょっと軽いノリで選択したら、領地が甚大な被害を被るとか。
「生きてると分かるけど、めっちゃ領民居るからね!?」
ゲームだからといって、そうそう人の生き死に関して、軽くモノローグするんじゃない。
優しいケレルが、心の傷でも抱えたらどうするんだ。
ヒロインの恋愛分岐ルートにしても、もっと違う退場の仕方はなかったのか。
「ああ、そうだよな。物語と言えば当て馬の悪役令嬢だって処刑されたり、追放されたりするんだもんな。なんつう残酷な扱い!」
――しかも俺は、なんでそれを急に思い出してんの! ヒロインまだですけど!?
そこまで騒いで、アディはふと疑問が沸いてきた。
ケレルの分岐イベントに、バッドエンドが存在するのなら……。
チュートリアルのサポート役、その後は初期強化として消費されるアディウートル・クストスというキャラの末路はどうなのだ。
「死ぬことも、ある?」
ずっとフェードアウトするだけで、空気のように過ごせると思っていた。
もしもそんなに甘くないとすれば、現実世界のここで本当にただのモブで済むのか。悲惨とまでは行かずとも、いつか――。
◇◆◇◆◇◆◇
「――っ!」
ハッとしてアディが目を開けたら、夕焼けの光が僅かに窓から射し込んでいた。まもなく日が暮れるのだろう。
「俺は、……俺は?」
ドクドクと心臓が嫌な音を立てている。吹き出た汗は、髪に張りついて気持ちが悪い。
「――っ!」
頭に走った衝撃を、アディは両手で抱えて堪え、横たわったベッドで丸くなる。
目を閉じれば、音声とともに鮮明な映像が脳裏に駆け抜けていった。
『いや、俺は初めてなんて言ってないだろ。領地の湖で泳いでるよ』
『……なに、してんだよ、バカ』
『お前……、第一声がそれ、かよ! 家からのだよ、バカ!』
『アディ、俺はお前が怖いよ』
『ダメだよ。アディが起きた時、いつも通りの姿を見せた方がいいからね。しっかり休むべきだ。それに、家からの手紙の返事も書くのだろう?』
『俺も。領地から今はモンスター狩りで忙しいから帰ってくるなって、手紙が届いて。夏休みどうしようかなってさ』
『いいの、いいの。俺が帰ると、それなりに人手を割くだろー?
それも惜しいんだと思う。モンスターは夏から秋が、一番狩るからなぁ。ま、いつものことだよ。気にしないで』
激しい頭痛とともに、アディの脳裏を駆け巡るのは現実と夢がごちゃごちゃに混ざった、たくさんの記憶だった。
聞いたものもあれば、アディが覚えていないものも含めて、だ。
「ぐぅっ」
――痛い。痛い!
情報が多すぎて、頭がパンクしそうだ。音声と映像が、目の前の現実まで侵食してくる。込み上げてくる吐き気を、口に手を当ててなんとかやり過ごした。
「アディ。どうしたの!」
「おい! アディ」
近くにいたルナとケレルが、呻くアディに気づいて声をかけた。
苦痛に歪んだアディの視界に、心配そうな顔をするケレルが見えた。痛みで涙が流れ、その姿がぼやけていた。
【▷「それでも心配だよ。じゃあ、旅行ってことで私と一緒に、モンスター狩りしに行こうよ。
旅行だから、家には顔を出すくらいでいいと思うの、迷惑にはならないでしょ」
▷「そっか。いつものことなら、心配いらないね。じゃあ、夏休みどこかでSクラスの皆と遊びに行く?」】
ゲーム画面のように、メッセージウィンドウが、その視界に重なって見えた。
アディの見開いた瞳に、夢と現実が混在して映し出されていた。
「……選、択肢。手紙、家、帰省」
頭を押さえて、アディはむくりと起き上がった。無意識に、アディはブツブツと呟く。
――どこまでが夢で、どこまでが本当?
今はいつで、ここはどこだろうか。ふと魔力を感知した。カリスの防御魔法が、部屋全体に展開されている。
『まだ、熱が高そうだね。色々とあったから夏休みは前倒しで始まっただけだ』
カリスの声が聞こえた――そう、夏休みだ。
アディの中で、不安が膨れ上がる。嫌な胸騒ぎがする。確信はない、ただの直感だ、ユニタスの時と同じ。
――ああ、攻略しないと。
ゲーム開始時、Aクラスのただ一人の平民がヒロインだった。
今、クラスにはすでに平民のユニタスがいる。彼は二回狙われ死にかけてもおかしくなかった。どちらも、アディが助けたようなものだ。
あれは、ゲーム補正で消される運命のようではなかったか。
ヒロインは居ない、始まってない。水に溺れたのはアディで、それを助けたのはケレルだ。
――ケレルの好感度イベントとして発生した?
ただの勘違いなら、笑えばいい。
そうでないなら――。
「――ボスを、」
突き動かされる衝動に、アディは背中を押されていた。




