第21話 実際、折れることはあるらしい
プールサイドから、ケレルは談笑しながら、その全体を眺めていた。
奥のAクラスは、水魔法だろうか水面に立って何かをしている。
手前では四つに分かれたBクラスのうち、半数がプールに入っていた。
これから対戦式のゲームが始まる。アディは左側のチームにいた。
――あんな、端っこにいなくても良いだろうに。
かつて神童といわれただけあり、アディのその成績は優秀だった。
普通なら威張りそうな実力を、本人が全否定するという、常識がちょっとずれているケレルのクラスメイト。
話せば面白いし気さくで、貴族らしからぬ口の悪さだが、総じて面白い。
けれど、側だけを見た噂がかなり横行していて、アディ自身も人から距離を取っていた。
それもあってか、今、端っこの方でその存在感を消していた。それに思わず、ケレルは笑ってしまう。
「でね、ケレル君――」
「ああ、そこはほら……」
Bクラスの女子にケレルは囲まれ、他愛のない会話をする。
ケレルがボールを目で追って、試合の成り行きを見ていたら、バシャと大きな水音が左側からした。
「足、つったみたいだから」
アディが女子生徒を抱え、プールサイドにやって来ていた。
平淡でぶっきらぼうな言い草のアディは、彼女をプールサイドに乗り上げさせると、すぐさま端の方へと泳いで戻っていった。
――そんな悪いことしたみたいに、逃げなくて良いじゃん。
ケレルはアディのその態度に、不器用なやつと嘆息する。
思いやり溢れた彼の行動は、キチンとすれば周りの評価も変わるだろうにと、もったいなく思うのだった。
助け出された女子生徒は軽く溺れたのか、咳き込んで水を吐き出していた。
Bクラスについていた女性教師が彼女にタオルをかけ、付き添っていく。
それを見届けてから、ケレルがプールの方へと視線を戻したら、アディが居なかった。
不真面目に見えてもサボるようなやつではない、ケレルはおかしいと疑問を抱く。
「……ちょっと、ごめん」
ケレルに話しかけていた女子生徒に断りを入れて、アディを探すべく立ち上がった。
Bクラスが使っているエリアは足が着くため、水中もよく見える。アディがそこにいないのは、一目瞭然だった。
「――っ!」
その隣、中央よりの最深エリアで、水面に濁った色と人影を認め、ケレルはプールへと迷わず飛び込んだ。
――なにやってんだよ!
ザバンと潜った水中で、アディを見つけた。
気泡を全部吐き出した姿を見て、異常事態だと即座に悟る。彼の右手からも出血が確認出来た。
――なんで、血が。
水面でケレルが見た濁った色は、アディの血だった。
「――っ」
ケレルは加速し、ぐったりとしたアディの手を掴み抱えた。そのまま、フォローが期待できるAクラス側のプールサイドへと、二人で乗り上げた。
「はぁ、はぁ……アディ!」
ケレルはボタボタと滴る水もそのままに、アディを見る。ぐったりと彼は動かない。
ケレルは必死に領地での経験を思い出し、アディのラッシュガードに手を掛け脱がした。気道を確保しなければ。
「アディ、アディ! くっそ!」
ケレルがアディの顎を浮かせ、気道を確保する。同時に頬を叩くが反応はなく、閉じた目蓋は動かず、意識がない。
「僕、マーレ呼んでくる!」
遠くでルナが声を張り上げ、駆けていく音が代わりに聞こえた。
口元、首筋と順に手を触れ、ケレルはアディの胸元へと耳を寄せる。その鼓動が聞こえない。
ケレルがアディの胸に寄せた耳、ひどく静かに周りの音だけを拾う。カリスとウェルム、教師の声も聞こえた。
けれど聞きたい音は、拾ってはくれなかった。
――お前、さっきまで笑ってただろ。ふざけんな!
ケレルはギリッと口を引き結ぶと、己を叱咤し体勢を整えた。
肩幅に膝立ちし、アディの胸の下半分へと震える両手を組んで置いた。
ケレルは息を整え肘を伸ばし、胸骨に垂直に力を加え圧迫する。
ミシと骨が軋む音がする。アディの華奢な体躯が、その振動で揺れた。
――折れたって、あとで治せばいい!
ケレルはアディの顔だけを見つめ、ひたすらに胸骨圧迫を繰り返した。強く、早く、絶え間なく。
「泳げるって、言ってたくせに、溺れてんなよ!」
ケレルの頬を伝う水が、プールの水なのか、汗なのか分からなくなりかけた時――。
「ゲホッ!」
アディが水を吐いた。その後、数回に渡り、水を吐き出した。
開いた口から、微かに呼吸の音がしている。ケレルの手のひらから、アディの鼓動が伝わる。
「……なに、してんだよ、バカ」
ケレルがホッと息をついて、膝から力が抜けその場にへたり込んだ。
「あと、代わりますね」
ルナに伴われて、マーレが来た。ケレルの反対側に膝をつき、アディへと治癒魔法を行使する。その表情は険しい。
けれど次第に、アディの青ざめていた顔色に、血色が戻り始めた。
ケレルは空になるほど息を吐いて、今さらながらに、手足の震えを自覚する。
そこに、温かなタオルが被せられた。ウェルムが持ってきたらしい。
視線を向けると、彼に力強く頷き返された。
――なんで、今さら。
領地でだって、それなりに命のやり取りをしてきた。
入学と共に前線から離れ忘れかけていた、近しい者の喪失の痛みを、ケレルは改めて感じた。
手に残った肌の感触が忘れられず、タオルを握りしめた。そのケレルの指先は震えていた。




