第20話 水中戦を想定ってプールの深さがファンタジー過ぎてヤダ
ほどなくして、水泳から種目が変わった。
全員がそこそこ泳げると、教師が判断しての余暇タイム。ボールを使った遊び、バレーの延長みたいなものだった。
Bクラスを四組に分け、ケレルとアディはその内の二組に、それぞれ組み込まれた。
――あー、さすがケレル。馴染んでて楽しそう。
プールサイドでBクラスと語らうケレルの方を見て、そうアディは思った。
アディが我が身を振り返れば、同じ組のBクラスの男子から目を反らされた。
「……」
組として一緒になったBクラスのメンバーに、アディから一応自己紹介をしたのだが、返事はあるものの、誰も名乗ってはくれなかった。
――まぁ、そんなもんだよな。
忌避、畏怖、異質。そんな近づきたくないという意思の目を向けられて、周囲の音が何だがとても遠くにアディは感じた。
噂も含め、これまでの自分の行いの結果だった。
ピー。
笛の音と共に、教師からボールがプールへと投げ入れられた。
Bクラスのメンバーがキャッキャッと楽しそうにしているのを、プールの端でアディは眺めていた。
――ポッと出で、チームプレーが出来るとは思わないしなー。
時々飛んでくる流れ弾を、アディは中央に飛ばすことで、参加の体を保っていた。
「……」
ボーと見ていたら、自軍にいる一人の女子の体内魔力が歪んでいることに、アディは気づく。
彼女が足を庇っていることから、つったのかもしれない。
――俺。今、男だしな。どうするか。
前世なら、アディは女の子だった。同性なら迷わず肩を貸して、助けていたかもしれない。
けれど今は男で、しかも全員から距離を取られている。
自力でプールサイドに行くか、誰かが気づくか。そう、アディは思っていた。そうあって欲しかった。
「――っ」
女生徒が静かに、とぷんと水の中へ吸い込まれる。アディは静観を止め、とっさに動いた。
水の中へと潜り、床を蹴って一瞬でアディは距離を詰めた。そのまま左腕で彼女を抱えると、水面から顔をあげ、プールサイドへと向かった。
「足、つったみたいだから」
プールサイドに座るBクラスの生徒に、彼女を預けた。
そのまま目を合わせることもなくアディは、プールの元いた場所まで、軽く泳いで戻った。
――あとでセクハラとか、言われませんように。
身体が動いたんだから仕方ないだろう。水面にブクブクと顔を埋めて、アディは自己嫌悪に浸っていた。
Bクラスの歓声が、元気だなぁとか若いなぁとか、アディは遠くにその景色を見ていた。
まるで、テレビでも観ているようだった。
「――っ!」
気を抜いていたから、というのは言い訳だった。
とっさの反応がアディは遅れ――気づいた時にはもう水中だった。
ろくに酸素も吸えないまま、プールの底へとアディは引きずり込まれた。
足が着くはず、とアディが思えば、隣の深いエリアへと左足が持っていかれている。
『ここのプールは水中戦も想定してて、かなり深いから、アディ、気をつけろよ』
――深すぎて、溺れたら洒落になんねぇよ!
ユニタスの言葉を思い出して、アディは突っ込みを入れる。
前世の競技用プールよりも体感として遥かに深いそこは、アディもさすがにゾッとする。
周りは薄暗く、見上げた水面がやけに遠くに感じた。
キッとアディが睨んだ先、左足首に巻きついているのは誰かの悪意ある魔力の塊。
振り払おうと足を蹴るも、それはびくともしない。
アディの足に、重りでもつけられたような感じだ。
キラリと水底に届いたわずかな光。
思わず見上げた水面は、さっき見たアディのいない遠い光景を思わせた。
周囲を一度見渡して、他に溺れた生徒がいないことにアディは安堵した。
――狙われたのが俺なら、それでいい。
歯を食いしばって息を止め、左足の何かへと右手を伸ばした。
足首に手が触れる寸前――バチッと何かに弾かれた。
「――っ」
そのアディの右肘から、パキっと何かがズレる感覚がする。
思わず見つめた右肘は、見た目には問題は無い。
なのに、春の骨折を思い出してアディの背筋が冷えた。
その一瞬の動揺で、全身に掛けていた身体強化が外れた。アディの口から、空気がゴボッと漏れていく。
眉間に皺を寄せ、アディは慌てて左手で口を抑えた。酸欠で耳鳴りがし、頭痛がする。
左足に絡む魔法を解除しないことには、現状が打開出来そうになかった。
――水か風か、何か知らねぇけど。魔法なら。
「《ネゲート》!」
アディは口から入りこむ水に構うことなく、詠唱する。
目の前が白く染まり、痛みが胸を焼いた。
体内に残っていた空気が、ブクブクと泡となって、水面へ上がっていく。
左足の違和感は無くなり、アディの身体がふわりと自由を取り戻したが、身体が重く、上には泳げなかった。
「……っ」
コポリと上へと向かう最後の気泡を静かに見上げ、アディは顔をしかめた。
痛みと共に狭くなる視界に、口を抑えていた手が離れた。
アディは己の不甲斐なさに、目を閉じた。
――あー、ミスった。
『自信過剰で情けない姿見せたら、カッコ悪いぞ』
アディは僅かに、その口元を歪めた。
――ああ、そうだな。
プールを前にして話していたことを、アディはふと思い出した。
うっすら開けた瞳に、キラキラとした光が見える。
――綺麗。
アディは、おもむろに上へと手を伸ばした。
その手が、何かを掴めたのか。何を掴みたかったのか、分からない。
ブツリと、そこで意識が途切れた――。




