第16話 兄弟喧嘩しました。いや、仕方なくない?
「アディ、一学期も後半だけれど。校則は覚えているかな?」
「原則として授業以外での攻撃性のある魔法の使用禁止、ですね」
突然、セレーヌスは何が聞きたいのだろうかとアディは思った。
疑問に抱きつつも、アディは質問に素直に答える。
リウィドゥスたちへの対応で、アディが支援魔法を選んだ理由は校則があったからだ。
「私との約束も、覚えているかな?」
「はい。実技では、初級と授業の範囲内の魔法行使です!」
――あ、全部バレてるな、これ。
言ってから、アディは気づく。セレーヌスは、午前のアディの行動を全て把握している、と。
「……上級生が、下級生に行き過ぎた教育的指導をしようとした。
上級生は魔法行使を仕掛けたが、過ちに気づき中断した。
指導は適切にしなければ、ペナルティが学園から下りる」
セレーヌスがカップで口許を隠し、すらすらと台本でも読むかのようにそらんじる。
周りから見れば、静かにコーヒーを飲んでいる生徒会長だ。
「そういう噂が、これから流れるだろう。それで良いかな?」
セレーヌスが、アディとユニタスをそれぞれ見て確認してきた。
生徒会長として、そのように学園全体に話を持っていくということだ。
「俺は、別に大丈夫です。そこまで必要ですか?」
アディはわざわざ印象操作が必要か、セレーヌスに確認した。
誰も一年生が支援魔法を使うとは思わないだろう。普通なら習ってないはずだからだ。
さらにアディは、口元を隠してヘイトの魔法を行使している。
端から見れば、友人を庇っている健気な一年生に見える。
悪者は完全に、中級攻撃魔法を使ったリウィドゥスたちという構図になるわけだ。
――俺は良いけど。指導を肯定したら、ユニタスとか困るんじゃ?
「アディ、使えるものは使うものだよ。この噂で、立場の弱い人間を見下す連中に釘を打てるからね。
……ユニタス君、申し訳ないね。こういう事案はどうしても、後手に回らざるを得ないんだ」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
アディはそういうものなのか、と思うことにした。
ユニタスが良いというなら、いいのだろう。
庶民的な感覚で好きに過ごしているアディだが、その実、三男とはいえ侯爵の貴族だ。
根っからの平民ユニタスとは、どうしても同じとはいかないのだった。
「学園は実力主義なのだから、そこに不正は一切ないのだけど。
なかなかどうして頭の弱い人間は、いつの時代も沸いて出てくるもので本当に困るね」
ふうと息を吐いて、セレーヌスはカップをテーブルに置いた。
セレーヌスはそのまま、チラリとユニタスを見て目を細める。
「とはいえ、アディはまだまだ入学したてで先は長い。どうだろう、ユニタス君。
卒業までの間、アディの従者としてクストス家に雇われてみないかい?」
「はい?」
「え? ちょっと、セレ兄さん! 俺は従者は要らないって」
「なにも四六時中とは言っていないよ、アディ。学生は学業が本分だ。
……そうだね。登下校の付き人、でどうかな。アディは今、寮の最上階に居ててね。
その隣、従者の部屋は階下よりもしっかりした造りで、ユニタス君も十分寝泊まり出来る。
さらに階には気心しれたAクラスのメンバーだ。もちろん二人が良ければなのだけど」
「セレ兄さん!?」
――俺の、気ままな寮暮らしが!
前世バレを防ぐため、アディは家を出たのに何を言い出すんだ……。
話を進めるセレーヌスに、思わずガタッと音を立てて席を立った。
周囲が何事かと注目を集めたところで、セレーヌスは静かに笑って、アディに座るように促した。
その緑の瞳は、底の見えない湖のようだ。
アディがむっとしながら隣を見れば、ユニタスは膝にある拳を握りしめ、静かに前を見ていた。
「……アディのことが、大切なんですね」
ユニタスはセレーヌスをじっと見つめ、固い声で話しかけた。
それに、セレーヌスは愛想笑いで返している。
「そうだね、とても大切なんだ。
だからこそ、今回のようなことが度々起こると、心配性の私は気が気ではなくて。
一人より二人の方が、危険は少ないとは思わないかな?
君は身の安全を。クストス家もアディの平穏を保てる。ウィンウィンだ」
「……セレーヌス兄上。彼はクラスメイトです」
アディはキッとセレーヌスを睨み、冷えた声を発した。
さっきまであった私情は、何処かへいった。代わりにその声に滲むのは、理不尽に対する怒りだった。
セレーヌスは、アディの様子に軽く目を見開く。しかし、すぐに微笑へと表情を整えた。
その貴族らしい笑みに、アディはピクリと眉を吊り上げた。
――貴族の権力で、守りたいわけじゃない。
セレーヌスの提案はまさしく、強者と弱者の取引。自由を縛るやり口だ。
前期組からずっと、ユニタスは一人でボロボロになってもやってこれていた。
アディが入学して、バランスが壊れたのだとしたら?
――俺は、こんなの望んでない。
「……弟を怒らせたようだ。料理も来たし、私は退席しよう。二人でゆっくりと食べるといい」
セレーヌスの侍従が、テーブルにそれぞれ料理を並べた。
セレーヌスは、それを見届けて席を立った。振り返ることなく、雑踏の中へと姿を消した。
「アディ。冷めると悪いから先に食べようぜ」
「……ああ、ごめん」
ユニタスが力を抜いて、アディへと笑みを向けた。
アディも気持ちを切り替えるように、カトラリーに手を伸ばした。




