第35話 現代人は、勝手に器物損壊したら罪になるんだって、だからしないんだよ。俺の常識!
コン、コン、コン。
それが扉からの音ではなく、窓だとアディが気づいたのは、かなり経ってから。
ボーとしてアディが全く周りを、気にもとめていなかったせいだった。
規則性のある音は、鳥や風、自然の音ではない。
コン、コン、コン。
「……?」
目元を擦りベッドから起き上がりながら、音のする方へとアディはのろのろと這った。さらに身体強化を耳に掛け――。
「――っ」
目眩に襲われ、ベッドから落ちた。
上布団ごと落ちたから、アディに痛みはない。
――飯食ってねぇし、回復しきれてないから。
くらくらと世界が回り、頭を手で押さえながら、自業自得だと、アディはその場で痛みをやり過ごした。
「――った。じゃあやる」
唐突に、聴力強化で拾ったルナの声が耳に届いた。
――なにを?
ちょっと嫌な予感がするのは、アディの気のせいだろうか。
「は?」
予感どころか、目を凝らせばカーテンの向こう側。寮の外から魔力反応が幾つも見えた。
――いや、まさか、ちょっと待て。
ルナの動きを察してしまって、アディは焦る。
ぐるぐるとまとまらない思考の中で、ゲーム内でもっとも聞き馴染みのあった初級魔法を、アディは思い出した。
その魔法は、先日、上級魔法にしてカリスが目の前で使ったから、アディにとって発動は容易だったのかもしれない。
「《ウィンドカッター》」
「「《イージス》」」
ルナの風魔法、 アディの声と重なる同一の音が響いた。
アディが展開したのは寮を覆う防壁。それとは別に、さっき聞こえた詠唱による防壁が、目の前にも築かれている。
――は、最初からアディの部屋だけを狙って?
「……ぅ」
魔力の枯渇中、無理をしての魔法行使で、アディは焼け付くような痛みを感じた。
せり上がってきた嘔気に、口から血を吐く。内蔵がやられたと、直感が告げた。
――嵌められた。行使しぞんじゃねぇか。
いったいなんの目的があって、部屋の爆破だけしようなんて考えるのだろうか。
アディには、到底理解が出来そうもない。
苛立ちに、悪態をつくくらいしか出来そうにない。
――ああ、そうだった。あの王子様、距離感バグってんだよ……。
アディの目の前、《イージス》を行使したもう一人を思い浮かべ、アディは考えるのをやめた。
ここに居ても、部屋から出ても、おそらく結末は変わらないだろう。
――別に良いか、もう。どうせ……。
諦めてアディが血とともに、ため息をついたその時、カーテンに映った人影が目に入り――アディは痛みを忘れ、逃げるように部屋の扉へと走った。
「アディ!」
防壁が消え、無防備となった窓を蹴破ってきたのは、フィデス。
「――っ」
アディは口を開きかけ、身体強化で走った負荷により、さらに血を吐いた。
貧血により震える手で、部屋のドアノブを回す。
結果は変わらないとしても、フィデス以外であれば、それでいいとアディは思ったから。
「やっと開けたね。アディ」
「セレ――」
――セレーヌスまでそっち側かよ。
絶対の味方だと思ってたセレーヌスに、裏切られたと恨めしそうに思った声は音にならず、アディは気絶した。
◇◆◇◆◇◆◇
「フィデスのせい」
「……悪い」
実技考査二日目。
ルナはアディに会おうとして、セレーヌスから断られた。
体調が芳しくないのと、部屋を出たがらないから、ちょっと待って欲しいと。
それなら仕方ないと、ルナは考査の出番以外は、いつものメンバーと考査の見学をしていた。
そして夜、最上階のラウンジで、我慢の限界に達したルナはフィデスの胸ぐらを掴んでいた。
「アディが泣いてた。なにしたの?」
「俺は、ただ……」
されるがままのフィデスに、ルナは眉間に深く皺を寄せた。ギリギリと締め上げる力が増すのは、仕方ないだろう。
「フィデスは、俺にはアディに謝れって言ったのに。自分はやらないの? 最低!」
「……」
返す言葉も無いと、沈黙をするフィデス。
目も合わせず、いつもある快活さが微塵もない、情けない姿だった。
「考査の出番くらい全うしろよ。情けない! 家に帰って、鍛え直してもらえば!?」
「……」
そこへ、ウェルムが書類を持って帰寮した。
「まぁまぁ、ルナ。フィデスも反省してますから。
それにアディは遅かれ早かれ、私たちから距離を取るつもりだったと思いますよ」
「ずっと、元気がないだけだったじゃないか! なんで急に!?」
フィデスからウェルムへと詰め寄るルナは、まるで大切なものを取り上げられないように必死な子どものそれで。
ウェルムはルナの成長に、少しだけ目に柔らかいものを混ぜた。
そしてルナに、持ち帰った書類の一部を差し出した。
「見ます? 全部白紙の答案用紙ですけど」
ウェルムは将来、カリスの側近として王城へ上がる。今はその為の準備期間。
自身も学生のため、試験問題作成などには加わらないが、テスト結果、成績、クラス分け、実技考査などは、教師に混ざって介入している。
要職に就くだろう学生たちの、素行調査、把握も担っていたからだ。
「……なんで、アディ」
ルナの声は、信じたくないと震えていた。俯いて、涙を一生懸命堪えているのが分かる。
手にもった紙が、くしゃりと皺になった。
「……アディを手放すつもりはないさ。方々から許可も取ってきた。
明日も出てこないなら、アディを迎えに行けばいいだけだよ。ルナ」
ウェルムの後ろ、カリスが一本の真新しい剣を携えて帰寮した。
今日は、ほとんどどこかへと行っていてルナたちとは別行動だったのだ。




