第36話 修理費は王子のポケットマネーではなく、学園の経費からってなんか作為あるよな。
翌日、実技考査三日目。
セレーヌスから、アディが今日も出てこないと報告を受けた。
カリスたちはさっそく行動に移すべく、スケジュールを確認した。
全員の手が空いてる時間帯は、ちょうど午前試合が始まった半ば頃。
その時間帯ならば学生は居らず、寮に残っている人数も限られている。人払いを済ませるのも、カリスには容易なことだった。
アディは、食事も取っていないらしい。
マーレの診察だけは、拒否せず受けているとのことだった。
『ああなると、下手に刺激する方が危ないんですよ。家族としては、見守るしかなくてですね』
とは、セレーヌスの言だ。
学園でのこれまでの様子からしても、それは信憑性があった。
――完全拒絶か、破壊か。もしくは、姿を眩ませることも容易だね。
「逆に、私にとって好機ではあるのだけど」
口許に手を当てて、カリスはそう思案する。
クストス家の承諾も得た。身内は距離が近すぎて出来ないことでも、こちらはすでに、外堀を埋めてきた。
アディは気力、体力、魔力、どれをとっても、今が一番低いはずだ。それでも油断はしない。
やるなら一気に、意表を突く派手さがいる。アディが何かしらの反撃に転じる前に、思考力を奪う必要があった。
――そう。平凡思考のアディの意表をつくような非常識さが。
「じゃあ、話した通りにいこうか。ウェルムは防音と認識阻害。これからやることを外部に悟らせないで」
寮の外、アディの部屋の窓が見える位置に各自集まった。
カリスが、すでに寮周辺の人払いを済ませた。
「ねえ、本当にやっていいの? アディ怪我しない?」
「私が防壁を張る。王家固有のイージスなら、ルナも安心だろう?」
ルナが、久しぶりに自らの剣を両手に持って、カリスに訊ねる。声も固く、その手は握りすぎて、白くなっていた。
安心させるようにカリスが言えば、ルナは、それでも躊躇いがあるようだ。
「……ルナがアディの部屋を壊せれば、必然的に部屋替えだね。そうなると空いているのは……私たちの階になるかな」
「分かった。じゃあやる」
カリスがほんの少し背を押せば、ルナはやる気になったようだ。
「フィデス、ルナが破れなかった場合は、君が三階まで飛ぶんだよ」
「……ああ」
フィデスにいつもの覇気がない。けれど、それは仕方ないことだろうとはカリスは思う。愚直なまでの正直さは、彼の長所だ。
「フィデスがダメならケレル。ルナは待機だからね」
だから、カリスは強要はしない。フィデスに機会を与えるだけ。そして保険も忘れない。
――機会は、逃さないさ。
「ところでカリス、さっきから何してるんだ?」
「アディに、予告と最後通告かな」
ケレルは気になっていたことを聞いた。先ほどから、カリスは等間隔のリズムで小石を投擲していた。的は、アディの部屋の窓。
完全な不意打ちは、アディの危機管理を煽りすぎる。身構えさせてから、意表を突いて精神を崩す方が、まだ安全だとカリスは思っていた。
「こちらは、いつでもいいですよ」
ウェルムがそう宣言した。
寮一帯を包むのは水壁。音を吸収し、像を歪ませ、姿を隠すにはもってこいだろう。
カリスは、ルナへと目配せする。ルナは無言で、愛剣を掲げた。剣には、ルナの欠点を補う増強と調整の付与が掛けられている。
「《エアカッター》」
出現した複数の風の刃を確認して、カリスは詠唱する。
「「《イージス》」」
――っ!
カリスは、周囲を把握するのに身体強化を使っていた。当然、聴力も強化される。
カリスの詠唱と重なって聞こえたのは、間違いなくアディの声だった。
カリスはアディの周囲に防壁を張った。壊すのは、目標は窓の周りだけで事足りるからだ。
対するアディが張ったのは寮全体を覆うもの。術の精度はカリスに劣るものの、規模が違う。展開された時点で、十分な効果を持つだろう。
――下級魔法とはいえ、見よう見まねで出来るものではないはず、なのだけどね。王家固有魔法は。
周りは気づいていない。だからカリスは、それを胸のうちに秘めた。
そして、防壁に当たった爆発音だけが辺りに響く。
使用された魔法は想定外だが、アディが初撃を防ぐことはカリスには想定内。そのためのフィデスとケレルだった。
「……」
「フィデスのバカ!」
ルナが剣の面で、動かないフィデスを捉えた。キッと睨んで、感情のままに吐き捨てた。
「《ショット》」
「っ!?」
ルナの魔法によって、勢いよく飛ばされたフィデスは空中で体勢を整え、窓へと足を突き出した。
その顔は、覚悟を決めたように前を見据える。
アディの部屋はカーテンで閉めきっていた。破片が飛び散る心配を、フィデスはしなくていい。
「アディ!」
派手に割れた音と共に、フィデスが中へと足を踏みいれた。
驚愕するフィデスの目に映ったのは、アディが拒絶の眼差しで見つめて、血を吐いた姿。
アディはフィデスではなく、扉に手を掛けたのだった。




