第8話 クストス家はわりと辛辣っていう……
「セレーヌス様。行方不明者が出てるって、ロブル様に伝えなくて良いんですか?」
「兄上は感知も出来るので、心配いりませんよ。巣があると想定する時点で、人攫いも可能性として留意することですしね。ユニタス、左前方距離百メートルと言ったところです」
茂みをかき分け、うっそうとした森をユニタスが前を歩く。その後ろを索敵をしながら指示をするセレーヌスが続いた。
「了解で――って、速!?」
「《タルディオル》」
ユニタスたちに気がついたのだろう。茂みの中から風を切る音が急速に近づいてくる。
臨戦態勢を取るユニタスに、セレーヌスは茂みの奥へ鈍化の支援魔法を掛けた。
「ゴブリンライダーですね。速度は落としましたので、焦らずに」
「セレーヌス様、冷静……っ!」
確かに近づいてくる音は僅かに遅くなった。ユニタスの前に、ネズミ色の毛に覆われた四足獣――ウルフに跨がったゴブリンが跳躍してくる。
――くっそ! ウルフと結託!? ライダーとか聞いてねぇ。支援はあっても俺一人って実戦あるのみかよ、スパルタじゃねぇか!!
ユニタスは、自身と同じくらい大きな体躯のウルフ目掛け、左手を掲げて声を張り上げた。
「《エア・カッター》!」
ギャ、ギャギャ!!
ウルフの前足と胴に裂傷を刻んだが、毛が固く傷は浅い。背に跨がるゴブリンは、ユニタスを見て嗤っているような気がする。
――ムカつくな。
頬がひきつり、右手に握った剣がみしりと音を鳴らした。モンスターにバカにされるのは腹が立つ。ユニタスは両手で剣を構えなおした。
「挑発に乗るものではありませんよ。ゴブリンはそういう種です」
「分かって――ますっ!」
地面を蹴って、ゴブリンライダーに狙いを定める。後ろのセレーヌスならば一撃で仕留められるのだろうと思うと、ユニタスはほんの少し劣等感を抱いた。
――でも、未熟だと笑ってこない。支援とアドバイスだけだ。嗤ってくんのは、目の前のゴブリンだけ!
見守られている気恥ずかしさはある――が、手ほどきを受けるまたとない機会だ。ユニタスはそう結論づけて、前の一体に集中した。
◇◆◇◆◇◆◇
「あ、ユニタスとセレ兄さんのほう、かこまれてる」
「クロ……」
「見てるだけ。セレ兄さん、ちゃんとたおしてる。……ん、わざとユニタスの分のこしてる? なんで?」
遠くを見つめるクロが、不思議そうに首を捻った。カリスとの会話に飽きて、暇を持て余し索敵を始めたようだ。
「ユニタスはこれから強くなるから、経験を積ませてるんじゃないかな」
「なにそれ。はやくたおしたほうがいいのに、わざわざめんどうなことするの?」
「強い人が狩り尽くすだけなら、後進が育たないよ」
「そう? まほうはイメージ力だから、モンスターを見て、きゅうしょに当てるとつよくおもえばいい。すこしだけど、ついびがつくんだよ。それなのに、ユニタスはけんなんかふってさ。うごきにまどわされすぎ」
「追尾?」
カリスは、クロの言う単語を拾って聞き返した。動きに惑わされること無く、魔法が当たると強く思って発動すれば、追尾が働くと言っている。
――まるで、魔法を扱えるなら経験は要らないとでも言いたげな。
だがそれは、戦闘時にどれだけ集中力が保てているかにも比例するのではないだろうか。
「はやすぎるモンスターにはさすがに、みじゅくなせいどだとよけられるけど、ゴブリンライダーくらいなら、まほうはつどう時のほせいでじゅうぶん――ついびで、ちゃんと当たる」
――未熟な精度、魔法発動時の補正、追尾……。
カリスはクロの言い分を聞いて、意味を咀嚼する。それこそやはり経験が物を言うところではないかと思うのだが、クロからすれば、ある程度は誰でも出来ると言いたげだ。
「相手の動きが速いかも、当たらないかも――という迷いが、そのまま命中率を下げると言うことかな?」
「そうだよ。まほうにこめるイメージに、ノイズは一つもいらないの」
――ダンジョンでのアディの魔法、ロブルも打ち破るのに苦労していたが。なるほど、アディの魔法には雑念が一切混じっていないということか。
対してロブル側には、アディの魔法は強いというマイナスイメージがどこかで働いていたのだろう。
こと魔法において、以前もカリスが気づいてなかった点を指摘するなど、アディの魔法理解はやはりというか常軌を逸しているらしい。
「クロも魔法に詳しいんだね」
「じょうしきじゃないの?」
「クロの言っていることはおそらく、熟練の域に達した者が無意識に理解することじゃないかな」
「ふぅん? よく分からないや」
クロはそう言うとおもむろに右手を構え、人差し指を前に突き出した。指先に小さく魔力が集まる。
「《フレイム・ショット》」
「――クロ!」
放たれた中級の火魔法が、虚空に消える。カリスが身体強化をかけ耳をすませば、遠くで獣の鳴く声が聞こえた。
目視の範囲で大人しく、という約束はどこへいったのか。
「セレ兄さんたちと、はんたいのほう、カゴをもったニンゲンが、ケモノにおいかけられてた。カリス、これ、わるいこと?」
「……いや、クロのしたことは悪くない。モンスターが人を襲うことが悪いことだね。仕方ない、私たちで保護しに向かうか」
「冬はとくに、しょくりょうがすくないから、モンスターは人をおそうんだよ。かるってきめたなら、じかんなんかかけないで、サッとすませちゃえばいいのに」
クロの言動は普段幼いのに、その淡々とした言葉が見た目に似合わず、カリスは言い知れない感情を飲み込んだ。
――全く、子どもらしからぬ価値観だな。何が欠けたら、そこまで合理的になれるんだ。
アディは過去、モレスに甘いと言われたことがあるとウェルムから聞いた。だが、クロにはその甘さは一切無かった。




