第7話 無糖のミルクティー飲んでた幼児だからなぁ
「――ッシ!」
ユニタスが剣を横なぎに一線、クロの身長より大きい緑の体躯をしたゴブリンの胴を斬った。踏み込みが浅かった分、致命傷とはならない。即座に左手をかざして、火魔法で追撃する。
ギッ、ギャ――。
顔に火を浴びて暴れるゴブリンに、ユニタスは距離を詰め――首に剣を一突き、さらにぐりっと柄を回して止めを刺した。
ユニタスの周りには、数体のゴブリンが血を流して倒れている。
「お~、ユニタス。おつかれさま」
「……拍手やめろ、クロ」
「へぇ、三体くらいなら一度に難なく相手取れるんじゃないかな?」
「ただのゴブリンならな。つうか、これ……」
件の村に向かう道中、ロブルの指示でユニタスがわざと茂みに入ってみたところ、ゴブリンが襲ってきたのだ。さらに交戦中に音を聞きつけて寄ってきた個体もいた。
ユニタスが剣についた血を払いながら街道に戻れば、クロが賛辞を送り、カリスは冷静に分析していた。
「ああ、この数はハグレじゃなくて、巣がありそうだな。俺は先にそっちを潰してくるか。セレーヌス、後を任せるぞ」
「では、こちらは予定通り、うろついている分を狩りましょうか」
ロブルが辺りを注視してゴブリンの死骸へ魔法で火を放つと、そのまま木々の繁る方に警邏のため歩いていった。
「……兄上、一人?」
「ゴブリンだったらいくら群れようと、兄上の方に心配は要りませんよ。それよりも村に立ち寄って状況を確認した後、こちらも殲滅に移りましょう」
◇◆◇◆◇◆◇
「クロ、見なくて良いからね?」
「カリス。でも、つまんない」
「だからって、見たら余計に混ざりたくなるんじゃないのかな?」
「……」
訪れたのは小さい農村だった。セレーヌスが村長と言葉を交わし、ユニタスと被害が多いという畑の方へ向かった。
クロとカリスは、村の入り口に馬を停めて留守番だ。馬車は小回りが利かず場所を取るため、町に置いてきていた。
「ならクロ、私たちの目的地は覚えてる?」
「え~と、がくえんに、むかってるんだっけ?」
「そう。私とクロとユニタスは、一年Aクラスで同じクラスで学ぶ仲なんだよ。クロは学園に着いたら何がしたい?」
「なにが……って、なにがあるの?」
「座学に魔法、剣術に体術、色々学ぶところだね。あとは、サークルで楽しく好きなことを追求する者もいる。そうそう、食堂ではいろんな料理を食べられるよ」
アディが食事を好んでいたのを思い出して、クロの反応を窺うようにカリスは口にした。嗜好は今のクロも地続きだからだ。
――記憶が欠けたのなら、毒を警戒して食欲が失せることも、甘いものが苦手なことも忘れていれば良かったのに。
アディよりマシだが、クロの食に対する警戒心はかなり強い。屋台など見ても、心惹かれる様子が全く無いからだ。
買い与えれば食べる程度。中でも、甘いものは絶対に口にしようとしない。
クロが積極的にモンスターを狩ろうとするのも、失踪時の自給自足の名残かもしれない。
――食用の見分けだけは、しっかりしているからな。
学園では習わない、どちらかと言えば冒険者が詳しくなる分野の知識だろう。冒険者ではないアディがどこで学んだのかは、疑問に思うだけ無駄だった。
「……がくえん、いかないとダメ?」
「そうだね。貴族は皆、通うものかな。セレーヌスも学園の三年生だよ。ロブルはすでに卒業して魔法師団にいるけれど」
「ぼく、きぞく……?」
「クロは貴族だよ。ロブルとセレーヌスの弟で、侯爵家の三男。成績だって悪くない。寝泊まりする場所だって学生寮で、私と、ウェルムにルナ、フィデスと同じ階なんだ」
「……しらない、きょうみない」
明確な拒絶の意思を表して、クロはそっぽを向いた。話題にしたくないらしい。
「それは残念だね。戻ったら、ちゃんと誕生日を祝おうと思っていたのだけど」
「……たんじょう、び?」
「白の空間でのことは、あまり覚えていないかい? なら、それも含めて仕切りなおしするしかないかな」
「しろの……?」
見上げてくるクロの頬に手を添えて、カリスはコツンと額を合わせた。
――竜のことなど思い出して欲しくはない、あれは共依存で危険なものだ。だが、全て覚えてないというのも、また癪だな。
ダンジョンから連れ出したはいいが、貧血が酷すぎたのか別の要因か、クロは最初、人形のように虚ろだった。
今のクロもまた、カリスと出会ってから形成されたと言っても過言ではないと思っている。
「クロ、誕生日は生まれたことを祝う日だよ。きっと、学園にはろくな思い出もなかっただろう? だから、これからを楽しいことで埋めてしまおう」
思えば、実技での模造剣暴発から始まり、溺水に、毒、爆破騒ぎ、そして首輪、アディの学生生活は、記憶が無くともクロが嫌がって当然だった。
――それでも。
バルコニーに転移してきたクロの瞳が一瞬、赤く変わったのをカリスは見た。
白の空間で、クロの一人称が俺に変化していたのも、確かに聞いた。
「アディ、そこにいるだろう。あいにくと、何を聞かされようと俺は手放さないぞ。いくらでも待つからな。そのつもりでいろよ」
「カリス……?」
「悪いね、クロ。嫌だと言っても、学園には連れて帰るよ。大丈夫、側にいるからね」
カリスは頬から手を離し、一歩足を引いた。クロの目の前に屈み視線を合わせると、安心させるような笑みを向けた。




