第4話 兄上の考察力が怖いって
「殿下は、アディの仔細を話してくれるつもりはないのですか?」
「……ロブル、寝るんじゃなかったのかな?」
「寝てますよ?」
「それは横になったと言うだけだ。盛られた筈が、いったいどうなっているのかな。本当に君は、アディが絡むと大人げないね」
やや縦長の馬車内で、ロブルの身長に合わせ縦向きに寝転がっている。クロはすでに、カリスに引っ付き寝息をたてていた。
腕枕をしたロブルは膝を立てて、馬車に足が当たらないようにしている。
「有事に起きれなくては小隊長など務まりませんよ。殿下が出し渋るので、私から話すこともありませんけどね」
「他人のことを無断でベラベラと話せば嫌われるよ。なんでも知っているのも含めて」
「……なら、また取引としましょうか。嫌われるなどと、私には要らぬ気遣いという証拠を開示しますよ」
ロブルは上着のポケットから、分厚い年季の入った手記を取り出した。それをカリスへ投げて渡す。
クロはカリスの胸辺りで丸まっている。当たらないよう、カリスは腕を伸ばして手記を掴んだ。
ロブルの手記を見るのは夏以来。カリスが触るのは初めてだった。
「それ、私が書いた神童の発言内容の記録です。ほとんど国にあげた内容で、国王もご存知のこととなってます。殿下が見ても、まぁ良いでしょう」
「これ、夏のダンジョンでも持っていたね。持ち歩いているのかな?」
「機密に準じているので普段は厳重に保管してますよ。アディ絡みの時は持ち歩きますけどね。詳細を詰めた清書は国の預かりですけど、これは当時の子どもが書いた私物なので」
カリスが手記を開く。古い物だと見て分かる表紙だったが、中には汚れも傷も見当たらなかった。一枚、また一枚と目を通す。
「それの中身は、魔法師団滞在中のアディも目を通しています。覚えがないと笑ってましたが。ああ、公爵令息たちには内密にお願いしますよ。各当主たちが折を見て話す内容も含まれてますから」
「見る者が見れば、読める内容だね。私物と言いはれるように、か。アディが覚えてないと言ったのは内容か、話したことについてか……」
ページをめくるほど、時系列がぐちゃぐちゃと乱雑に記されていることが分かる。
曖昧な記載も多く――だが、子どものやり取りと片付けるには具体的で、穏やかではない。神童と呼ばれた一端がそこにあった。
「神童時代に語った未来は、今現在に精度が集中していました。現在を機転とした過去と未来はまるで、ついでのように、です。これは通常の未来視とは、少し違うと私は思っていますよ」
「死に戻りによる未来視の可能性は?」
「定義を当てはめるなら、単純に戻ってはいないでしょう。幼少のアディには、性別違和がありましたから」
周りが気づくほどの異常として、アディの認知が明確だったということだ。
死に戻っているなら、アディが持つ前世はアディのはずで男であるはずなのだから。
性別違和が起こるということは、少なくとも同一人物ではなく、転生と言える。
「それに一時期は、セレーヌスを生徒会長と呼び続けた。呼称にこだわってもなかった。子どもの無知とは別に、違う基準を持ち、今とは価値観もかなり違っていた。夢見や未来視で少し先を垣間見た程度では、多少大人びることはあっても、ああも人格は左右されませんよ。精神操作系で弄られた前後でも、根本は変わってないように見受けましたし」
――ダンジョンでの神童が、女性の姿をとるわけだ。
「あの姿は……、幼少よりも、はるかに大人。年月で見れば、どちらの影響が大きいなど言うまでもない、な」
神童は前世を否定しなかった。けれど、語りもしなかった。神童の中には、女性として生きた前世がそれだけ根強いのだ。
「――さて殿下、お姉ちゃんとは誰ですか? アディはダンジョンで何を?」
「……待って、何故そこでダンジョンが出てくるのかな」
「ウォレンティア領には、まだ幾つか未知の関わりがありますが、今のアディと実際に関わりが深いのは光のダンジョンだけですよ。出現したばかりのダンジョンで、侵入不可の階層に落ち、姿を消した。アディ以外が強制退去させられ、あの子は時間差で帰ってくるというイレギュラーまで起こしている」
当然のように語り、カリスを見つめるロブルの瞳は、子どもに向けるものではなかった。
「魔法師団滞在中に、久々にアディとゆっくり過ごせましたからね。違いなどわざわざ列挙せずとも、あそこで何があったかなど当事者なら全員が行き着くでしょう? 殿下がここへアディを迎えに来たように」
「……ロブルは、来なかったようだけど?」
「マレフィキアとダンジョンは別件でしょう。なら、マレフィキアを潰す方が先ですよ。本当に捕えられてた可能性だってありましたしね。セレーヌスは少し視野が狭い、まぁアディとの幼少の関わりを思えば仕方ありませんけど」
「理性的に語るが、君もキレていただろう?」
「弟が首輪を付けられ、精神を弄られ、挙げ句、マレフィキアが起こしたことが切っ掛けで失踪して、何故キレては駄目なのです?」
「……」
正論だ。だが、質が悪くもある。思考が研ぎ澄まされた上でキレていたと開きなおっているのだから。
ロブルは確かにアジト潰しで徹底的に暴挙を働きながら、魔法師団を後始末に動かすほど、マレフィキア関連には慎重な一面もあるにはあった。
「過去の改変と同じく、モレスとスティアをグラビダス家から救うように言ってきたのはアディです。実際に動いたのは私ですがね。救出後にマレフィキアに堕ちたのだって、アディの願いを踏みにじられたと言うのに、犯罪者組織に情けなど必要ですか?」
「……ユーストゥスが、氷漬けは……と、ぼやいていたよ。そこまで頭が回るとは、君のわざとも含まれているのか」
アディが受けた仕打ち、未然に防げなかったことへの怒りはどうやら身内陣営にも向けられていそうだ。
「いやまぁ……、そのモレスもアディに手を出しましたからね。しかも二度も、です。ルキウスの調べで、街中に放置された学生たちから検知した魔力残滓の一つはモレスだそうですし。ならば当然、その責任はとってもらうしかありませんよね」
ロブルが一人、うんうんと頷いている。会話が繋がっていない。明らかに。
「最初から戸籍が無かったグラビダス家から、ならばと解放する為に彼ら双子に家名を与えず、陰ながらルキウスは援助していたのですが……。すでに落とし前の言質は貰いましたよ。モレス自身も頭は切れる。使わないでしょうが、冒険者証も犯罪者としてロック済みです」
「マレフィキアの全貌が掴めないのが痛いね。手記にも無いのか……」
「未来を改変すれば、それだけ外れていき、予測不能なことは多少起こるものです。アディの語る未来がリアルタイムではない証拠ですよ。だから、既存の未来視とは違うと申しました」
ロブルは、クロの髪を撫でた。クロは、くすぐったそうに身をよじっている。すがりつく先は当然、カリスだ。
ロブルの目が、面白くなさそうに細められた。カリスとしては、喜んで代わりたいところなのだが。
「アディの語った未来に、アディは一つも出てきていません。私もですが……。ただ、数多くの未来で、私のことはただの兄として見ているようです。アディは意図的に、アディ自身のことを語っていないようにも思いました。だからこそ、知りたいのですよ。アディのことならなんでも、ね?」
「……」
『コアを取り込んだから、生きてるの。じゃなきゃ少し前に死んでるはずだった』
意図的に語らなかった未来は、神童が死を平然と受け入れていたからだろう。
――俺たちから距離を取ろうとしたアディもまた、知っていた可能性がある。




