第3話 全員が手を焼いている状況がヤベェ
クロが消えた。カリスはその事態を受け、即座に神童の言葉を思い出す。
『あ、外からの転移は、行き先ダンジョンにしか出来ないみたいだから安心してね。逆は、もう知ってると思うけど』
「……忽然と消えたなら、クロ自身の転移だ。危険は先ず無い。むしろ問題は――」
ダンジョンからここへ、ちゃんと戻ってくるかどうかだった。
「殿下、何が……。え、アディは!?」
「……セレーヌス、心配は要らない。ここには居ないが、無事は確かだ。寝ぼけて以前の拠点へ転移したと考えるのが自然か……」
「いやいや、殿下。なに、冷静に……」
「傍を離れた俺の責任だ。日を追うごとに、日中が穏やかだったから多少平気かと思ったが。黒髪黒目が治っていないんだ。根本的に不安定なままなんだろう」
――ただ帰りを待つよりは、ここに残す者と、俺がダンジョンへ迎えに行く方に分かれるのがいいか。
脱け殻となった寝具を睨んで、カリスは天秤にかけていた。そこへ――。
「わぁぁぁぁぁぁ!!」
「はっ? 外!?」
「アディ、痛っ」
クロの泣き声と、ロブルの声がしてセレーヌスとカリスは馬車の外を見た。
膝を抱えて泣くクロから魔力が漏れ、見えない障壁となっている。さらにクロは手で、ロブルを追い払う仕草をしていた。
「クロ。……また、怖い夢でも見たのか?」
「おきたら……、まっくらだった。さむかった。――っ。でも、おこられた……おねえちゃん、ひどい……っ」
カリスが優しく語りかけた。視界の端では、クロの強大な気配に怯えた馬が、いななき暴れている。ユニタスがずっと抑えているが、それも限界だろう。
クロもまたポロポロと泣きながら、馬の尋常じゃない気配に身を固くしている。
「……《イージス》 クロ。離れて、悪かった。次からは幌も開けておくから。それで許してくれないか」
クロがいる焚き火の周囲を包むようにイージスを展開し、馬とクロを物理的に離す。
カリスはそのまま、ゆっくりと歩いてクロに近づいた。
会話が成立しなければ、魔法で――とカリスは考えて、クロが額を押さえているのに気づく。
「クロ、その額はどうした?」
「うぇぇ、おこられたっ。バシッて、いたかった! おねえちゃん、ひどいよぉ……」
「……」
神童の性格を思い出して、カリスは渋面になって押し黙る。元は自分とあって、容赦がないのだろう。
――寝起きでパニックを起こし、ダンジョンに転移。そこで神童に説教されたということか。で、ここに戻された。
戻してくれたのはこちらとしては助かるが、面倒事をそのままカリスに押しつけられたとも言えた。
クロの障壁に触れ、手を痛めたロブルが口を開いた。その横ではセレーヌスが手当てをしている。
「アディも痛くないように手当てしよう。これを外してくれ」
「……ヤダ。大人はすぐ、そういって……、いたいことするんだから」
「……」
「アディ、それはもしかして、薬や消毒の話ですか……? それともなにか……?」
クストス兄弟が黙った。心当たりがありありとあるらしい。かなり不服そうだが。
「……クロ。なら、こっちは飲めるだろう。泣き止んで、魔力をコントロールするんだ。じゃないと渡しようがない」
カリスはため息をつくと、上着の内ポケットから側面に目盛りのついた蓋付きの容器を取り出した。
無色の液体が入ったそれは、神童から幾つか預かっていたものだ。
「殿下、それはポーションではありませんね? 形状も見たことがない」
「……アディ用のポーションのようなものだ。身体の傷ならなんでも効くらしい。王都での戦闘による出血からも、これで回復したと聞いている」
コアを取り込んだアディに、人間を対象とした回復魔法もポーションも効きが悪い。
カリスはクロの目の前に膝をついて、容器を見せつけるように揺らす。
「クロ、これなら痛くない。飲めば、額が治るのも分かるだろう?」
「……ん」
嗚咽を漏らしながら、クロはカリスに手を伸ばして受けとる。蓋を回して開けると、くぴっと飲んだ。
ぷっくりと丸く腫れていた額が、ゆっくりとなだらかになっていく。
――神童。まさか俺にこれを持たせたからと、手心無しにしたんだろうか。
ただ、使えば減る。補充はダンジョンのあの白の空間だろう。どう見てもダンジョン産の貴重なドロップ品を凌駕する物だ。
カリスとしては、これを日常使いなど想定していないし、安易にダンジョンへ向かわせて、クロ自身に取りに行かせるという選択は避けたい。
「クロ、私にも約束してくれ。何かあれば飛んでも良いが、ちゃんと私たちの元に帰ってくると。じゃないと、また皆で迎えに行くからな?」
「……カリスも、おこる?」
「怒らない。が、消えたらどうしたんだと心配になるだろう。クロが起きてビックリさせたことに関してはすまない。もうしない。
ただクロが黙って飛べば、今度は私やロブル、セレーヌス、ユニタスもクロと同じ気持ちになるよ」
飛ぶなとは言えない。現状、マレフィキュア絡みでクロに何かあった時は、ダンジョンへの転移が一番安全だからだ。
それは失踪時の神童が受けた致命傷を、白の空間の水を浴びて回復したことから、すでに証明されている。
「まっくら、おなじ……?」
「アディが居なくなって、兄上も私も眠れなくなりましたよ。誰かが居なくなると、眠れなくなる気持ちは分かります。それではダメですか?」
セレーヌスが、カリスの後ろからクロへと微笑みを向けた。ロブルはカリスへ無言をもって静観している。
意図的にカリスが話していないことを、いつ吐くのかと問うような視線だ。
「……ねれないの……? ごめんなさい」
クロが小さく呟くと、両手を伸ばしてカリスに抱きついた。身体がポカポカと温かく、子ども特有の体質でまだ眠たいのだと熱でカリスに伝わった。そのまま抱えて立ち上がる。
「……クロ、もう寝よう。ちゃんと傍にいるよ」
「アディ、兄上も、ちょうど今から寝るところでな。殿下の反対側なら行ってもいいだろ?」
「……はんたい、なら?」
ちゃっかりと乗っかったロブルに対して、クロは考えながら目を擦っていた。泣いた分、疲れて睡魔が上乗せされたのだろう。
「よし。決まりだ。ほら寝よう、アディ」
クストス家で手配した馬車には椅子が無い。フルフラットの床は、マットとクッションが敷き詰められ、アディが寛げる空間になっているからだ。
――それでも、長身で成人男性のロブルには狭いはずだが……。




