第47話 王子様、全力過ぎ
「おい。そこの黒いの――お前、アディの幸せが望みだったな?」
カリスは痛む身体を微塵も悟らせない歩みで、地面に倒れている黒いモンスターへ先に声をかけた。
「死が救済になるだと? 安直だな。傍で見定めればいい。人への幸せが、願いが、なんたるかを、俺が、俺たちが、示し続けてやる。アディは生きて、幸せになるんだ」
「ギュ、ゥ……」
唸り声を上げた黒いモンスターは、神童の言葉通りにそれ以上何かが出来ないのだろう。ピクリとも動かなかった。
カリスは牽制もそこそこに、空間の真ん中ほどの場所で右手を掲げた。モンスターからの返事など、最初から期待してもいない。
――アディが失踪したのは大怪我を負ったから、そこにこのモンスターは関係ないと神童は言った。
これはアディが失踪してから事態をややこしくしたことに対して、カリスなりの宣戦布告だった。
「《パイロテクニカ》」
本当ならこんなところではなく、寮で披露するはずだったのだ。今、カリスたちがいるのは、だだっ広いだけの何もない白い空間。
以前の七階層と雰囲気が似ているが、あそこよりも空気が澄んでいて、周囲を流れる水は物理法則を無視し異質そのものと言えた。
――つくづく、規格外だな。お前は。
カリスにとってアディの第一印象は、社交に慣れておらず、分かりやすい少年だった。
実際は何一つ思いどおりにならず、想いも伝わらず、むしろ振り回されてばかりだった。
「誕生日、おめでとう。アディ」
だから、せめてもの意趣返しで、王子らしく振る舞おう。ニヤリといつものようにからかうように笑って、カリスは祝言を口にする。
上空でドォンと爆ぜる音がして、そこに咲くのは幾つもの大輪の火の華だ。
「……は、ぁ? ……これ、花火?」
声を上げたのは、涙の跡が残る神童。黒髪のアディの方は、彼女に胸ぐらを掴まれたまま、ぼんやりと空を眺めていた。
「いつかのアディがな。魔法は実用性だけじゃないと言っていたから、ロブルに何かないのかと詰めよってみた。あのブラコンから吐かせるのには――正直、苦労したぞ」
僅かに痛みで引きずった足で進み、二人の前で止めて膝を折る。カリスは、そのまま二人まとめて抱きしめた。
――今度は絶対に、アディ本人から聞き出す。
誕生日に、物ではない贈りものを用意しようとはずっと決めていた。だから、よく知るだろう人物に聞いたのだが、独占欲が駄々漏れ過ぎるあのロブルは、やはりと言うか一筋縄ではいかなかった。
「俺は、本物を知らない。だが、さっき分かった。これは……、アディが前世で見たものに似ているか?」
「馬鹿じゃないの。花火は、もっと――……」
「なら、来年の誕生日までに練習しておこう。祝い事や、めでたいことに打ち上げるものなんだろう?」
懐かしむように言葉を詰まらせた神童へ、カリスはロブルに聞き出した情報を口にする。
短期間で再現出来たのは、ロブルの手記に神童の落書きもあったからだ。
『ハナビは無いのか、と聞かれたことがありますよ。夜空を照らす大輪の火の華、暗い中でも色鮮やかに光輝いて、それはそれは綺麗なのだと』
これは神童と言われたアディが、そして眼鏡をかけてからの今のアディが、未来のこと以外に前世を指すものとして、口にした内の一つだったらしい。
「誕生日でなんかに、わざわざ打ち上げ花火なんてあげない。……馬鹿じゃ、ないの」
「誕生日とは、産まれたことを祝うんだ。アディはそんなことも知らないのか? この世に生を受けて、おめでとう。生きていてくれて、ありがとう。
アディウートル・クストス、十五歳の誕生日おめでとう」
悪態をつく彼女の声が震えている。カリスはそれに気づかない振りをして目を閉じ、いつものように話しかけた。
しっかりと抱き込んだ二人に、抵抗する素振りはない。それがきっと答えだろう。
「…………俺、の……誕生、日?」
「ずっとこんなところに居れば、日時の感覚がないだろ? アディの誕生日はとっくに過ぎたぞ。ルナがそれにも怒っていたな。態度に出ていないが、クストス兄弟もだろう。皆、アディの誕生日を祝いたくて仕方ない風情だった。帰ったら、改めて祝おう」
久しぶりに聞いたアディの声、小さく掠れてはいたが、カリスは心からホッとする。
生きていてくれて良かったと思うのは、本心からだった。
「十五歳の一年が、アディにとって善き年になるよう、俺は力を尽くそう」
アディの前世がどうだったかは知らない。ただ、この国――ファティウムでは、祝いと同時に一年の祈願もする。
それは死亡率の高いとされる七歳までを無事に迎えられるよう願った習わしが、後世にも続いているからだ。
――それに流れに任せていては、アディは無茶をするかもしれないからな。
クストス家の溺愛は、聞きしに勝るものだった。兄二人が前期入学に対し、アディが後期と遅れて入学したのは、末息子可愛さに両親が離さなかったからだろうと、周囲では噂されていたからだ。
――実際は、固有魔法所持の安全確保と虚弱のために囲われていたわけだが。
だが、大切にされていたことには変わらない。毎年祝われて、願われて、愛されていても、それでもアディの心は変わらず独りきりなのだとしたら。
――前世があることも、おそらくユーストゥスしか知らないのかもしれない。それだって、アディは自分から打ち明けてはいないのかもしれない。
ダンジョンコアに至っては、誰にも話していないのだろう。でなければ魔法の効かないアディについて、ユーストゥスが頭を悩ませ、あれこれ仮説を立てることも、マーレが疲弊してまで献身的に尽くすこともなかったはずだ。
実技考査のあの日、カリスが動く以前に、もっと早くアディを助けられたはずなのだ。
――全く。全部、全部、一人で抱えるには重いだろうが。
ならばカリスはそこに、願いではなく誓いを立てよう。来年こそは誕生日当日を、一人きりにしないために。
「悲しみの涙など、今、ここで全て流し尽くしてしまえ。ダンジョンの外では、嬉し涙しか流す暇がないだろうからな」
ちなみに、この回の為に主要全キャラクタ-の誕生日を確定させました。にやにやしながら




