第2話 かつては神童。今はただの平凡を目指してます
「新入生諸君、入学おめでとう。これからの学校生活を――」
講堂に集まり、入学式の祝辞を述べる兄の低音ボイスに聞き入っていた。
どちらの性も経験した今となっては、美男美女は恋愛対象というよりは、ただただ目の保養である。
――ああ、俺の兄がかっこいい。
喜びを噛み締めて、アディは小さく握りこぶしを作った。
「なぁなぁ。もしかして生徒会長、お前の兄貴?」
アディの肩に手を置き、ヒソヒソと声をかけてきたのは、ケレル・ウォレンティア侯爵令息。
柔らかなマロンの髪に、くりっとしたブラウンの瞳。
ジャケットのボタンは全て留めているが、襟のボタンは少し開け、制服をやや着崩した男子生徒。攻略対象キャラの一人。
その見た目は、犬に例えるならトイプードルだと思う。
アディはざっと、ゲーム設定と本人を照らし合わせていた。
「そうだけど?」
「やっぱり?似てるなーと思って」
「え。セレ兄さんの方が何倍もかっこいいだろ?」
アディは思わず、じと目になって答えた。ケレルの目は曇っているのではないか、大丈夫か。
わりと本気で、アディはそう思っていた。
――冴えない俺と同列にしては、セレ兄さんに失礼ではないか。
「えー、似てると思うけどなぁ。あ、俺。ケレル、よろしくなぁ」
「アディだよ。よろしく、ケレル」
学園では実力重視のクラス分けということもあり、身分問わずの交流を推奨されている。
お互いに、ファミリーネーム抜きで自己紹介をした。
――まぁケレルの場合は、校風より性格からだろうけど。
「アディってもしかして、アディウートル?神童の?」
「それ、いつの話だよ」
ぼんやりとした前世の記憶。それを前世として特別だと思わず、当たり前だと受け取って暮らしていた幼少期。
そのためうっかり勉学の方で、力を発揮し始めたのが二歳。周りと違う前世持ちだと自覚したのは、三歳頃からだった。
――あれは字が英語に似てるのが、悪い。
家庭教師から習う前に読めてしまったため、神童ともてはやされたのは、言うまでもない。
そして今となっては、それに喜んでた自分もちょっと恨めしい。
探求心を抑えられず、いろいろ話を聞いたり喋っていたりした気がする。
七歳で眼鏡をかけて、乙女ゲームの世界では? と気づいてからは、目立たず生きるために手を抜くことをアディは覚えた。
――デフォルメのキャラデザインと、七歳の幼い容姿が見事にマッチしたんだよなぁ……。
「ちょっと字が好きで、飲みこみが早かっただけ。今はただの凡人だからな。期待するなよ?」
これからの座学、期待されないよう念のため、ケレルに釘を刺した。
前世、宿題をサボるヤツにたかられたことがあるからだ。課題は自分でやれ、盗作などもってのほかだ。
入学前の魔法実技だって、ノーマルレアリティ設定が忠実に再現され、凡人レベルなのだ。
座学で成績が良かったから、総合的にAクラスになっただけである。
「アディ。それBクラスとかの前で言うなよー。泣いちゃうぞ、皆。むしろそれで済んだらいいな?」
「そんなことないだろ?」
二年から追加のSクラスには、ヒロインと攻略対象がメインで、アディが入ることは、まずない。
なぜなら、チュートリアルのキャラだから。初期強化で消えてなくなるのだ。
きっと成長限界を迎えて、どんどんノーマルレアリティとして、アディの成績は下がってクラスが落ちていくのだろう。
なぜなら今でさえ、アディの魔力量はあり得ないほどに低いから。
アディは侯爵家の三男なのだ。平凡でも何も問題ない。卒業後は、そこそこのハッピーライフを送るのが夢だった。
せっかくの貴族の末子。立身出世など兄たちに任せ、楽しむことを重視したいと思う。
ここでやり過ぎて、後継者争いとかになったら、バイオレンス過ぎる。
そう思うのはきっと、前世で社畜とか何かを頑張り過ぎていたからかもしれない。
――俺の前世、何してたんだろう。
十四年も前だ。前世の記憶は、どんどん薄れていくようにアディは思う。適応力が涙ぐましいくらい図太い。
「おー。アディの自己評価が低いのは、なんとなく分かったぞ。お前、ヤバイな」
ぼんやりとしたアディに何を思ったのか、ケレルはそういった。
自己評価は低くない、常識の範囲だろう。
――俺は、チュートリアルキャラだぞ。
「どういう意味だよ」
「いや、まぁ座学なぁ……。俺は得意じゃないけど、他人任せにはしないから、そこは安心しろってこと」
なにやらケレルのツボに入ったらしく、俺の肩に手を回してきて、にやにやとされた。
アディにはよく分からないが、学園での友人、一人目ゲットの瞬間である。
攻略対象とは距離を置きたいと思っていたけれど、気さくなヤツみたいなので大丈夫だろう。




