第1話 ただの強化素材キャラの俺と攻略対象の兄
「おぉ…。これが聖地!」
一見、城のようにも見える白を基調とした建物。
今日から通うことになる学園を前に、アディウートル・クストスことアディは、誰にも聞こえることのない一人言を呟いていた。
『え。これ。チュートリアルのサポートキャラじゃね?』
ゲームシステムの説明に始まり、チュートリアル最初の強化に使われるノーマルレアリティのキャラ。
オリーブカラーの癖のないショートヘアに、ダサい丸眼鏡。
そのパッとしない外見は、昔プレイした乙女ゲームのキャラデザインそのものだった。
ゲームが進むにつれ、誰にも相手にされることのない用無しの弱小強化キャラ。
そうアディが自覚したのは、兄たちからプレゼントされた眼鏡がきっかけだ。
――今日が入学式。ヒロインが転入してくるのは夏休み前?半年後だっけ?
十四歳の今、もはやゲームのシナリオも名前も覚えていない。ただ、今の気分はまさに聖地巡礼をするオタクだった。
「やっぱ思い出せねー! でも、ちょっと嬉しい」
俺はチュートリアルのサポートキャラだから、ヒロインは後で入ってくるんだよなと考えながら、アディは腕を組んで校舎まで歩いていた。
「何が思い出せないの?」
長く細い指、がっしりと力強い手が、アディの両肩を掴んだ。後ろから耳元へ吐息がかかり、低く優しい声が聞こえた。
さらに軽く引き寄せられたことで、アディの背がボスッと何かに当たる。
「あ、セレ兄さん!」
キッチリと制服を着こんだ長身の男性。深緑を思わせる髪と目の色をしたセレーヌス・クストス――アディの兄が、すぐ後ろにいた。
整った顔立ちのイケメンは、言わずもがな攻略対象のキャラの一人だ。学年は二つ上の生徒会長。入学式の祝辞のために、今日は一緒に登校していた。
同じ兄弟でも一方はノーマルの消耗品、一方は知性溢れる花形の攻略対象キャラ。なんとも世知辛いではないか。
学生服であるネイビーのジャケット、黒のスラックスを折り目正しく着こなす兄は、文句無しに格好いい。
――サービス精神が溢れてる。これが年長者の余裕か!
周囲の女生徒は兄に見惚れていている。セレーヌスは微笑みながら、新入生たちに手を振ったりしていた。
「アディ、大丈夫かい? 緊張しているのかな?」
じとっと、アディは尊敬とやや嫉妬を混ぜてセレーヌスを見ていた。
視線に気づいたセレーヌスは、ひがむアディを気遣ってくれた。さすが年上枠の攻略キャラだ、内面までも素晴らしい。
「俺はセレ兄さんと違って、ただ座ってるだけなので、緊張する必要がありませんよ」
――入学式なんて、前世で数回経験しています。
アディは、心の中でそう付け加えた。細かいことは覚えてなくても、校長の長い挨拶、初対面同士のぎこちない空気、初々しい緊張感はどこも似たり寄ったりだろう。
「ああ、それは残念だね。アディと一緒に祝辞を述べるのも、私は楽しそうだと思ったのだけど」
「俺はセレ兄さんと違って、見目が良くないので目立ちたくはないですねー」
セレーヌスの含みのある言い方に、俺が心からの本心を述べたら、彼に頭をくしゃくしゃと撫でられた。
そんなに残念な目で、見ないでほしい。
「子ども扱いしないでよ」
「弟が可愛いからね。今日は家の方に帰るだろう? 楽しんでおいで、また夜に会おう」
これから、入学式の最終確認が始まるのだろう。
セレーヌスはポンポンと俺の髪を整えて、名残惜しげに額にキスをすると、颯爽と歩いていった。
きゃあと、どこからともなく黄色い声が聞こえてきた。
――挨拶ってこれが普通だろ?
前世、外国では挨拶としてハグや手の甲にキスなどスキンシップが多かった。
ここでもそうなのだとアディは思っていたが、それにしてはなんだか周囲の反応が熱を帯びてた。
「……とりあえず、教室に向かうか」
入学時のクラス分けは成績順にAからDクラス、アディはなんとAクラスだ。
ヒロインがAクラスで編入してくるので、そのチュートリアルを担当するキャラだから、当然の結果でもあった。
「男に生まれて良かったよなぁ」
ヒロインと攻略対象キャラが恋愛をするゲームの舞台がこの学園だ。
魔法やダンジョンなどのファンタジーはあるが、魔王を倒すとか災厄を退けるなんてストーリーはなかったはず。
乙女ゲームのストーリーや攻略をよく覚えていない。それでも楽観視出来るのは、オタクでゲーマーだった知識から、男でチュートリアルの消化キャラは無関係との考えにいたったからだ。
ネットで流行った転生ものにあるあるの悲運に、アディが嘆く必要は全くなかった。
問題があったとすれば、前世は女だったから、アディは自我の芽生えと共に多少の混乱を招いた。
優しい家族は十歳からの前期入学を見送って、領地で伸び伸びと過ごさせてくれた。
当時の家族には、かなり迷惑をかけたと思う。
――第二の人生として、人生を普通に楽しめるってありがたいよな。
十四年も男として生きれば、女だったとか前世とかは些細な問題になってくる。
うんうんと頷いて、アディは廊下を歩いていった。
まさか、たかがチュートリアルキャラのアディが化け物として忌避されるなんて、この時は思うわけがなかった――。




