第42話 聞きたくて、うずうずしてたらしい
「思ってたより進みがいい。早く着きそうだね」
「それはあれか。俺か、俺のことだろ!」
夜の空に、パチパチと火の粉が舞い上がる。焚き火を挟んで、カリスとユニタスは一息ついた。馬は近くで休ませ、今日はこのまま夜営である。
「前期よりうまくなったんじゃないか? 冒険者で乗ってたとか?」
「んなわけあるか。移動はもっぱら乗り合い馬車だよ。掘り返すな、黒歴史」
「平民なら学園で初めて馬に乗ることになる。後ろにころんと落ちた――なんて、黒歴史ではなく当然の過程だろうに」
「ころんって言うな! 平然となんでもやってのける王子サマに言われてもなぁ!?」
「国を背負うかもしれない王子が、無能だとマズいだろう?」
ユニタスは口を尖らせながら、鞄から携帯食料を取ると雑に投げて渡す。カリスは涼しい顔で、それを危なげなく受け取った。
「――で、ここまで来れば周りにもう見知った奴も人も居ないわけだが、まだ本音は言わずなのか?」
「別に隠していることでもないけど」
「俺の依頼書には、目的地までの往復の護衛だけだったな? いつもの取り巻きを使わないで、可能ならアディを連れて帰る――出発時の言い方はわざとだろ。俺が聞くことも想定内で、だ。
依頼と関係ないことを深く突っ込むのはNGだけど、アディも俺の友達だからな」
ビッと包み紙を破いて、ユニタスは焚き火の中に紙を投げ入れる。ボッと音を立てて瞬時に燃えた。
堅焼きされた長方形の携帯食料を、ユニタスはガリっと噛んで食べた。視線は焚き火に向いている。
「なら、ついでに普段言えないことも言っとけよ。その情けない傷と一緒にな。ここには俺しかいない。依頼主の情報は守秘義務のうちだ」
「フッ、誰も王子と思わないだろう。良いことじゃないか」
微笑を浮かべるカリスの両頬には、それぞれ貼り薬が貼られていた。
身なりも動きやすさを重視したシャツとズボンだけ、ユニタスのような装備は一切身につけていなかった。
「変装目的なら、もっと魔道具とか……、マシなやつがあっただろ。会った時からその顔、気になってしかたねぇ、……フィデスか?」
「一つはね。彼らしいだろ?」
「お前殴るとか相当だろ。良くも悪くもまっすぐだからなぁ……。なにやってんだよ、二人とも」
「なに、ちょっと子どもらしいことをしただけだ。お陰でするべきことを定められたよ」
もう一つ、はぐらかしたことをユニタスは肩をすくめて追及しなかった。
カリスは包み紙から携帯食料を出すと包みを火に入れ、雑にかぶりつく。ゴリゴリと、かなり歯応えのある音を鳴らして食べた。口内炎に滲みて、僅かに眉を寄せる。
「学園に来ていないアディに、本当は何があったんだよ……。お披露目会、途中で帰ったって聞かされて察する身にもなれよな。
カリスが目的地を急に変えたことといい。アディが居なくなって、タイミング良くカリスが一人で出る。依頼は関係あるんだろうなと思ったけど、聞くなって方が無理がありすぎるだろ」
「分からないことを仮定では話せないだけだよ。ただ、アディの身に何かがあって、戻ってくることなく神出鬼没な行動をしている。
先回りして現地で確保する――当初のままの予定では、それでは救えないと思ったんだ」
アディは突然現れて、跡形もなく消えた。あの移動を目の当たりにすれば、誰もが嫌でも悟るだろう。先回りに意味はない、と。
――セレーヌスと候補地を手分けする予定だったが、逃げられる可能性が高い。
このままではアディウートル・クストスは国から追われ指名手配になる。
幸い、容姿が変わってあの実力なら、追手があったとしても簡単に殺されることはないだろう。そのまま第二の人生もありえた。
――鞘のない剣。けど、あれではアディの望む平穏とは無縁だろう。
あの精神状態では追っ手は殺すだろうし、トラブル次第では簡単に人を傷つけ、最悪の場合、無駄に人を殺しそうだ。無益な殺生は止めなくてはいけない。
「それが、なんでダンジョンになるんだよ。様子がおかしいなら、精神操作を解除すればいいんじゃないのか。確か、他の生徒はそれでいけたんだろ」
「……拠点が、おそらく光のダンジョンだ」
「はぁ? それ、今夏に新規発生したダンジョンだったよな。まだ、国の管轄で冒険者ギルドにも下りてきてないヤツ。先ずもって入れないだろ?」
ダンジョンとアディの因果関係は不明のまま。だが、以前話を持ち出した時のアディの様子を見るに、手がかりくらいはあるかもしれない。
ダンジョンの周囲には、未だアディが作った目印の光る蝶が舞っている。名前の由来もそこからついていた。
「言っただろう、アディは神出鬼没なんだ。それに私が行くのだから、ダンジョンの検閲は顔パスだよ」
「その顔で、王子に見られりゃあな。……はぁ、神出鬼没って言葉の通りかよ。常識通じねぇな、アイツは相変わらず」
「それと、アディ一人でも手に余るのに、横に厄介なのがいる」
「いやいや。じゃあ、これは明らかな人選ミスだろ! ダンジョンに二人だぞ!?」
「そうでもない。フィデスが鏡だと言っていた。私としても、数も戦力も得策ではないと判断した。彼らの前では意味をなさないだろうからね」
食べ終えた携帯食料のゴミを、焚き火の中へ全て放り込む。あっという間に燃え、見る影もなくなった。
カリスはそれを眺め、角の生えた黒髪の子どもを思い出す。黒いモンスターがその気になれば、誰もが動けなくなるだろう。並みの人間にあれの相手は務まらない。
「あと、中には一人で行くつもりだ。ユニタスにはその間の馬の世話を頼みたい。依頼は道中の護衛と言ったろう?」
「おい。いくら防御に堅いって言っても、限度があるだろ……」
「攻略するわけでもなく、単なる人探しだ。一人の方がイージスの節約になる。ソロでダンジョンなどと普通なら無謀だが、あそこに至っては、今は違う気がするんだ。アディが居るなら、だけどね」
――ケレルは言った、何かがアディに入り込んで、その直後にケレルたちは地上に出されたのだと。
ケレルが地上に出される直前、アディは見送ってきたらしい。ダンジョンの出入り口が塞がれ、待つしか出来なかったことは記憶に生々しく残っている。
アディが地上に出てきたのは、その後かなり経ってからだ。
「調書によると、今の光のダンジョンは一階層しか確認されていない。しかも初心者向けの難易度だそうだよ」
夏休みに訪れた際は、モンスターが溢れる手前で数が多く、広さも七階層存在した。
ダンジョンから気づくと地上に出され、その直後は入り口が消えて入れなかったのだ。それが現在、一階層のみ解放されている。
――実に、平和主義のアディらしい、怪しい状況じゃないか。




