第41話 その組み合わせ、まじ?
「おはよう、早いね?」
「イヤイヤ、依頼主待たせるとか無いから」
明け方、寮の玄関へカリスが降りると、壁に背を預けたユニタスが居た。ゴーグルを頭に被っていて、濃いブラウンの髪が跳ねている。
普段、学生服を着ていることが多い彼の装いは、ガラリと変わっていた。
「へぇ。それが君の一張羅か、良いね」
「お貴族様には負けるよ。ま、俺は気に入ってるけどな。命を預ける分、かなり吟味したしさ」
ユニタスはジャケットを羽織り、その下は黒のインナー。両手に籠手を着けていた。
カーキのズボンはたるみもなく、すらりとしていて、ショートブーツをインで履いている。
身体の所々にポケット付きのベルトが巻かれており、恐らくはポーションなどが入れられるのだろう。
「今回は付き合わせて悪いね。授業は依頼で免除にしてあるから、遅れた分は……」
「いいって。カリスなら知ってるだろ? 俺の成績」
「すまない。私たちと違う学年だったら、君はSクラス内定だったね」
ユニタスの投げやりな言葉に、カリスは愛想笑いを返す。フィデスには劣るが、彼の身体強化には目を見張るものがある。魔法も全属性ではないが、一属性は中級まで使えるのだ。
決して弱いわけではないが、座学も真面目に受けている彼は、Aクラスの中で下位にいる。
「それはそれで答辞とか注目とかがイヤで、逃げただろうけどな。Sクラスなんて身の丈に合わねぇよ。俺が欲しいのはクラス特権であって、中の順位はどうでもいい。今も冒険者実績の方が旨味は……ああ、アイツらには今後も内緒だぞ?」
レースが入る前は、ユニタスが唯一の平民だった。彼は前期の在学中で成績を正確に把握し、下位を狙って取るようになった。
平民という身分で、Aクラスの生徒と揉めない為に一線を引くためだ。
「ウェルムも私も、話す気はないよ。他は気づきもしないだろうしね。アディだって気づいてないだろう?」
「アディはそもそも気にしてないだろ。で、その俺に名誉挽回の機会をくれたわけは?」
お披露目のお茶会、カリスの飲み物を取りに席を外したユニタスの前から、アディは失踪したことになる。
今日までじっとカリスを見つめてくる視線が刺さるものだったのは、お咎め無しとはいえ気分の良いものではないからだろう。
「可能なら、アディを連れて帰る。記載した通りそれだけだよ。君にとっては元護衛対象といったところかな?」
「へいへい、まだ敷地内だもんな。話せるタイミングで聞くわ。今は、目的地まで馬で向かうだけ、だろ?」
厩舎へと足を向けるユニタスの腰には、アディに下賜した剣が下がっている。今回のことでカリスが再び手渡していた。
「ああ。ウォレンティア領、光のダンジョンへ向かう」
それは、夏に新しく出来たあのダンジョンだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「……」
プクプクと、気泡が上へと上がっていく。水の中を漂って、クロは静かに目を閉じた。
思い出すのは、先日の二人。見知らぬ人間が、それぞれなにかを口にしていた。それが、クロの心にずっと引っ掛かっている。
『――、話を、迎えに来たんだ! ――、一緒に帰ろう!』
『――。お前の帰るところは、ここだぞ』
――帰る?
ボチャン、と静かに水音が響いた。
チラリと音のする方に視線を向けると、幼子が水の中へ入ってきたらしい。
クロの元まで潜ってくると、笑顔で抱きついてきた。勢いのあまり二人一緒に沈みこみ、気泡がボコボコと水面に広がっている。
――なんだろう? どこかで、見た?
その沈んでいく感覚が、初めて怖いと思った。キラキラとした水面が、知らない何かに見えたのだ。
『――溺れたら洒落になんねぇよ!』
「――っは!」
「パパ、水浴び中だった?」
二人一緒に水面に顔を出せば、幼子の方は水中での息苦しさを感じていないらしい。ケロリとした様子でクロに聞いてきた。
「ん。水が、心地よくて……?」
先ほど怖いと感じたことは、気のせいだったのか。ポタポタと黒髪から滴る水に不快感はなく、胸から下にある水にも嫌悪感はない。
――なんだったんだろう?
冷たすぎず、熱すぎず、白い空間の水は気持ちがいい。傷を癒し、渇きを潤し、足りないものを補うように、クロはそこへ惹かれている。
欠けたものが、カチリとはまるような不思議な感覚だ。
「ここが僕の一部、みたい? ううん……? それとも僕がここの一部、なのかな?」
「パパの寝ぐらだし、何もおかしくないよ。寝ぐらへの思い入れはそれぞれだし、パパの好きにしたらいいんだよ?」
水の中だからだろう。いつものように抱きついてくる幼子が、少し軽く感じた。
クロは水の際まで向かう。幼子を水から引き上げ抱え、今度はずしりとした重さを支えるようにして、びちゃびちゃと床まで歩いた。
「パパ」
「なあに」
「パパが本当に、望むなら――終わりを、与えてあげようか?」
「……終わ、り?」
見下ろした先の幼子は、濡れた黒髪が艶やかに光り、上目遣いの黒く大きな瞳と相まって、告げてくる姿がとても綺麗だった。
「そう。血だけじゃなくて、パパの全部、食べてあげる。そうしたら、パパとずっと一緒だよ。寂しくないよ」
はにかむように頬を染めて笑う幼子の口から覗く白い歯が、妖艶に煌めいていた。
「今は少し美味しくないもの。これ以上不味くなるのも良くないかもしれない。それに願いを満たされた時のパパは……、きっと甘くて、旨いんだろうね」




