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【四章完結】乙女ゲームのサポキャラ転生、チュートリアルで消える強化素材のはずが――いや、俺、男なんですが!?  作者: 松平 ちこ
四章 二学期後半編。 王道が並ぶらしいって、どうなる、俺!?

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第40話 フィデスの拳、マジで痛いんだぞ……

「カリス! 無事か!?」


 バタンと、部屋の扉を勢いよく開けたのはフィデスだ。彼の大きな声が、バルコニーにまで届く。


「……カリス、何があったんですか? さっきの気配は?」


 躊躇いがちに口を開いたのは、ウェルムだ。立ち尽くすカリスの隣にまでくると、探るように辺りを見渡している。

 フィデスも腰の剣の柄に手を掛けて、いつでも抜けるようにしていた。


「……アディが、来ていた」


「アディが?」


 カラカラに乾いた喉から、なんとかそれだけをカリスは口にした。パタパタと滴る音が静かに響く。握りしめた拳から爪が食い込んで、血が出ていた。


「カリス、中で頬の手当てをしよう。傷になる」


 フィデスが動揺したのは一瞬で、カリスの頬に気づくと進言する。

 ウェルムも、カリスの背を押すように肩に手を回した。案ずるように問いかけてくる。


「本当にアディだったんですか? それに怪我なんて……、イージスは?」


「アディに、イージスは効かない……」


 攻撃によって、強引に破るものではなかった。カリス側に反動が全く無いのがその証拠だろう。アディがダンジョンへ飛び出していった夏と同じだった。

 どうやったのかイージスの難解な魔法式を、いとも簡単に紐解いて解除した。その上であのアディは、即座に牽制の攻撃を放ってきたのだ。


 ――納品されたモンスターは、一撃必殺。


 人間相手だから手加減をしたのか、カリスだから手加減をしたのか、それすらも今は分からなかった。

 ただ、殺そうと思えば出来るのにしなかった。それだけが結果として、そこにあった。


「……ウェルム退け。カリス、イージスはないんだな? なら、歯を――食い縛れ!」


「フィデ――」


 ウェルムの制止を遮って、フィデスは拳を構えるとカリスの顔面、頬の傷と反対側を思いっきり殴った。


「笑えよ、お前はこの国の王子だろ。俺たちは、お前の指示で動くんだ。いつもみたいに、笑え。そんなみっともない顔で、ルナの前になんか絶対、出るな」


「……っ」


 カリスは後ろに軽く飛ばされ、バルコニーの壁に背中を打ちつける。

 淡々と夜の闇に冷え込むような声で、フィデスは告げた。


「フィ――」


「……いい、ウェルム」


 間に入ろうとしたウェルムを、カリスは手で制する。口の中に鉄の味を感じながら、顔をしかめて前方、月明かりに逆光となったフィデスを睨む。その瞳が朧月のように僅かに光っていた、怒っているのだ。


「……そうじゃないなら、ただのカリスだって言うなら。お前、いい加減にしろよな。

 学園祭のパーティーで、アディにあれだけ言っておいて、この様なのか?」


「……フィデス」


「周りを見て頼れって言うなら、先ずお前がそうしろ! その上でちゃんと、アディの手を取りに行け! ずっとずっと一人で魔法で探して、挙げ句になに、こんなところで折れてやがるんだ!!」


 学園祭の閉幕パーティー、確かにアディとカリスは対話をした。

 フィデスは二人に邪魔が入らないように、前に立っていた。何も言わなかったけれど、ずっと聞いていたのだ。


「俺は難しいこと……、俺には、分かんねぇよ。でも、カリスと同じだ。アディはアディなんだ。それに……アディは、鏡だ。力には、同じだけの力を返してくる。カリス、アディの嫌がることをしたんだろ。だから、怪我してんだよ」


 悪く言うなと、確かに怒っていた。最初の出会いがどうあれ、今のアディにとっては、あの黒いモンスターは大切なのだろう。


 ――何も覚えていなさそうだった。今の、心の拠り所があれだけ、なのか。


 そして、アディの願いを受けて動くといったあのモンスターは、山頂の時とは違い、カリスに敵意を向けてはいなかった。圧が、全く無かったからだ。


「アディは荒んでたって、敵意も、疑いも、迷いも抱かなかったら、同じだけ優しく返してくれる。攻撃してきたりしない、絶対に」


「……ああ、そうだな」


 嫌そうにしていたり、はぐらかしたり、逃げたりはしても、攻撃を向けてきたのは今回が初めてだった。


 ――アディは……。


 カリスはフッと息を吐くと、口許に弧を描く。いつもの微笑を浮かべた。

 フィデスの差し出された手を握り、感謝を口にする。


「ありがとう。目が覚めた」


「おう。イージス掛けてたら、身体強化で殴ってたからな。そしたら、ウェルムに怒られるだけじゃ済まなかった」


「殴るのは決定事項、なんですね……」


 はぁとため息を吐いて、ウェルムがやれやれとバルコニーの扉へ手を掛ける。


「ウェルム、回復魔法は必要ない。呼ばなくていい」


「カリス、それ酷いことになりますよ。仮にも、おう――」


「必要ないよ。ここに居るのは、ただのガキだ。……友達に振られて喝を入れられた、な」


 すぐに治してしまうのは、惜しいと思った。この痛みを、カリスはもうしばらく感じていたいと。唇についた赤を無造作に指で拭い、目を伏せる。


 ――さっき一瞬、アディの瞳も……。


 瞳は、魔力に影響を受けやすい部位だ。冷静さを欠いて、カリスはそんなことも見落としていた。


「アディは、鏡……」


「なんだ?」


「いや、いい例えだと思ってね。それに今後の方針を組み換える必要がありそうだ」


「はは。いつものカリスだな。アディのことは任せたよ。俺は留守を預かる、こっちは安心しろ」


 カリスは学園を離れるに辺り、先日の話し合いの報告はしていた。表向きはレース嬢の護衛と学園の戦力を減らせない、とだけ。

 ウェルムには、爵位持ちは連れていけない本音を話してあった。ただ、口振りからしてフィデスも察しているのだろう。


「ああ、任されよう。今度こそ……」


 扉のガラス越しに、カリスは想いを馳せる。去り際のほんの一瞬、赤く見えた瞳は見間違いなどでは決してない。

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