第15話 夏休み前ぶりの再会なんだって、実は。
魔法師団の演習場で、アディは一人、空を見上げていた。
アディに来客があるから下で待っているようにと、ユーストゥスから言われた。
――来客?
アディのその首には、ロブルから渡された身分証が下げられている。魔法師団棟内の一般的な出入りに使われる身分証だそうだ。
ユーストゥスの貴重すぎるカードより、身につけるのに抵抗はなかった。
『絡まれても気にせず、ほっとけば良いからな? 私の名前も出していい。気を遣わないこと、分かったか?』
――ただなぁ、それ兄の権威にぶら下がってるって。
あの後、アディは丸一日寝ていたらしい。目覚めればマーレに怒られ、ユーストゥスには笑われ、部屋はちょっとした騒ぎだった。
――しかも怖いよなぁ。絶対なんかしてるって。
アディがあれから棟内を歩いても、不審者として扱う者が誰一人居なかった。会釈くらいなら普通に返してもらえる。
誰が何をどうしたのか、知りたいような知りたくないような怖さがある。
「――アディ!」
久しぶりに聞こえた声に、アディが振り返る。踊り場から、アディ目掛けてフィデスが走ってくるのが見えた。
「――っ!?」
「あっコラ。バカ、フィデス!」
そのまま勢いよく思いっきりアディへとフィデスは突撃する。後ろでは、ルナがやや青ざめていた。
「フィデス、加減しろよ。アディが頭を打つだろうが!」
抱きつかれた勢いで倒れそうなアディの手を、ケレルが掴んで、すかさずフィデスを注意した。
フィデスも即座にアディを解放すると、申し訳なさそうに謝罪する。
「アディ、大丈夫か?」
「悪い、アディ。嬉しすぎて間違えた!」
「いや、皆。その……久しぶり?」
アディは会うのがいつぶりだろうか、と考えて止めた。後ろめたさが、すごく沸いてきたのだ。
どういう表情をしていいか分からず、アディは困ったように愛想笑いを浮かべた。
――来客って、皆のことかよ。
「……本当、久しぶりだよねぇ。アディのおかげで僕、ぐっすり寝ちゃったから。あの日以来だもんね? ね、元気にしてた?」
「あ、ああ……。たくさん寝たから、な?」
ダンジョンに向かう前、ルナに睡眠魔法を掛けたのはアディだ。
にこりと可愛く笑うルナを見ると、アディはちょっと背筋が寒い。
――おかしい、今は夏真っ盛りでは?
一ヶ月以上前ならば、時効にしてほしい。もう、そんなに怒らなくても良いではないか。そう思ったが、決して口には出せないアディだった。
――ルナが怖ぇ。
「あれ、カリス様とウェル様は居ないのか?」
話題を反らそうと、いつものメンバーが足りないことをアディは指摘する。
学園や寮の中では比較的、自由行動な彼らだが、外でもそうだとは意外だった。
なんなら、この三人の組み合わせも見慣れないものだ。
「あー。ウェルムは事件の調査を主導してるからな」
「カリスは今、休みの日は溜まった政務を城で片付けてるのが恒例になってるよ」
ケレルとルナが、それぞれ説明をしてくれた。
「へぇ。事件ってあれだよな。模造剣のやつ、進展あったの?」
演習場の近くのベンチへと全員で向かい、アディは確認した。それに答えたのはルナだった。
「備品に関しては、ウェルムがダンジョンから帰るまでに終わらせろって言ったから、魔法師団が全て検品したよ。
父上自ら、最終チェックとして校内を見て回ったみたいだから、もう起きないんじゃないかな?」
「ああ、公爵様が……」
――面倒ごと、嫌がりそうなのに意外。
後半の台詞は、胸の内に留めた。
ユーストゥスは面倒見がいいけれど、奔放な性格に見える。
アディの部屋に滞在中にも、副団長がよく追いかけて来ていた。
「そっちの件は、ウェルムがもう少しで直接犯行に関わったやつの吊し上げが終わるって言ってたぞ。
俺も、騎士団に混ざって行く予定だし」
フィデスがさらっと、機密に関わりそうなことを言ってのけた。アディは全力で聞かなかったことにする。聞いて巻き込まれるのは、さすがに部外者過ぎて嫌だ。
――直接ってことは、黒幕はまだか。
プールで溺れた原因の魔法による魔力の痕跡、復学したら確かめた方がいいだろうかと、アディは目を伏せて考える。
魔力は指紋のように個が存在する。魔力視でアディはその波長を覚えていたのだ。
ふと、右手に疼くような何か引っ掛かりを覚えたが理由が分からなくて、アディは首を傾げる。
「――アディは?」
「え?」
考え事の最中、ケレルが聞いてきたので、アディは何のことだろうかと聞き返した。
「アディはあの後、どうしてた? 今は本当に大丈夫なのか?」
じっと疑いの眼差しで見つめてくるケレルの声音が低く真剣そのものだった。
言い逃れ出来ない圧を感じて、アディは何て答えようかとしばし考える。静まり返った周囲を見れば、フィデスもルナもアディの反応を待っていた。
「……見たまんま、だな?」
「バカなの?」
「……ひでぇ」
アディはゴクリと喉を鳴らし、何も思い浮かばなかったので、そのままを口にした。即座にケレルに怒られる。
「ねぇねぇ、アディ。いつ学園戻る?」
「あー。もうちょい先、かな?」
「なんで疑問系だよ」
おずおずと躊躇いがちなルナに問われ、アディが答えれば、ケレルに再び突っ込まれた。
「いや、こう暑いとさ。睡魔に襲われるというか、俺、ところ構わず寝ちゃうみたいで。
だからまぁ、ちゃんと起きていられたらって言われた」
困ったことに、魔法を使う使わないに限らず、今のアディは、一日に数回は寝てしまうらしい。
これがコアの言う負荷かと、納得せざるをえない状況だった。
――身体は楽なんだけどなぁ。ポンコツ性能は変わらんとか、もう……。
ただ警告音がなったのは、新団員に絡まれた時だけで、一日も寝てしまったのは、あの日だけだった。基本はそんなに寝過ぎていないはずだ。
ちなみにアディの傾眠は本人の自覚よりも早くに、魔法師団の面子の中では周知の事実となっている。
それとなく見守られているのだが、アディは一切その事に気づいていなかった。
「お前。それ絶対、ヤバいやつだろ!? あの時やっぱり何かあったんだろ!?」
ケレルが驚いてアディの肩を掴み、ガクガクと揺さぶってくる。
――約束通り帰ってきたのに、おかんみたいなこと言うなよなぁ。
「いやいや、寝てもすぐ起きてるから! ほら、ピンピンしてるだろ!?」
当のアディとしては笑って否定するしかない。寝てしまうものは、寝てしまうのだから仕方ない。そして、ちゃんと必ず起きるので問題でもないのだ。
こうなるとは分かって、アディが選んだことだった。
――もう俺、人間じゃねぇし。




