第14話 Aクラスの実技ってほぼ自習だけど、いったい何枚のタオルが無惨なことになったのやら
「よぉい、スタートっ!」
炎天下の運動場。その端でルナの振り下ろした手と声を合図に、フィデスとケレルが同時に地を蹴った。
身体強化無しで、ただ走るだけの百メートルの短距離走だ。二人はあっという間に、ゴールへと走り抜ける。
「――っ、どっち!?」
ゴールを走りきったフィデスが、スタート位置にいるルナをバッと振り返った。
ルナは重りを片手にゴールへと駆け寄ると、二人に声をかける。
「フィデスー」
「よっしゃぁぁあ!」
ルナから重りを受け取って、フィデスは嬉々として手首に重りを巻いた。
それを見たケレルが、息を切らせながら膝に手つき半笑いする。
「……勝って、重りつけて喜ぶの。お前くらいだぞ。ヤベェって」
実技の自由授業、勝った方が重りを巻いていくルールで、フィデスの両手両足にはすでに重りがついていた。手首に至っては二個目である。
対するケレルは汗だくで、手首に一つだけだ。
ちなみにルナは、ゴールに探知魔法を掛けて、どちらが先に魔法を踏むかを判別する練習していた。
「そうか? 別にこれくらいなら、まだ可愛いだろ。なんなら、ルナを背負ってもいいぞ」
「やだよ、恥ずかしい。バカじゃないの?」
キョトンとしながら涼しい顔でフィデスが言うと、本気で嫌そうにルナは渋面で返した。
「え。この前、アディにも担がれてたじゃん」
「あれは理由があったでしょ、ほじくるよな。いつの話をしてるんだ! アディだから良いの!」
ルナはもう一つの重りを、フィデスの顔面に向けて投げつけた。難なく受け取ったフィデスは、反対の手首にもつけ始める。
一つだけだと左右のバランスが悪くなると、フィデスは勝ったら一個ルールのところを、自主的に二個つけていた。
「よし、ケレル。もう一本行こうぜ!」
「……ペース早いって。どう鍛えたら、そうなるんだ?」
「ん? 今度、騎士団混ざりにいくか?」
「バカ。俺、まだ学生だって……」
爽やかに声をかけるフィデスに、ケレルは汗を乱暴に手で拭う。そこへ、タオルが風に舞って飛んできた。
ケレルの頭にタオルが乗り、ルナの胸元にもタオルが届く。
「フィデス君、ケレル君、ルナくーん!」
遠くから三人に向かって、レースが手を振っていた。セミロングを邪魔にならないよう二つに括り、真新しい体操服姿だ。
レースが風魔法で、三人へとタオルを飛ばしたらしい。
「どうー? タオル破けてないー!?」
「ぶっ!?」
フィデスだけ遅れて、ビタリと顔面にタオルが貼りついた。引き剥がしているところを見るに、かなり勢いよく張りついたらしい。
「あ、カリス! また、俺たちのタオルを勝手に練習台にしたな」
ケレルが受け取ったタオルを念入りにチェックしながら愚痴る。
離れたところに居るカリスは、聞こえているはずなのに涼しい顔をしていた。
「でも、今回のはまだ綺麗だね。人の持ち物だと気も遣うから、ちょうど良いんでしょ?」
ルナがタオルを見て、冷静に評価する。初めてタオルを飛ばされた時には、縫えばいいという修繕範囲を超えてボロボロだったからだ。
「レース、今日のタオル無事だぞー。頑張ったなー!」
「良かったー! 皆、ありがとうー!」
フィデスが、手を振り返してニカッと笑っている。ぱあっと顔を綻ばせて喜んだレースも、よく通る声でお礼を述べていた。
そのやり取りを、カリスは静かに微笑を浮かべて眺めている。そこへ、制服姿のウェルムが校舎から歩いてきた。
「カリス。今、連絡があって――」
実技ペアのアディが休学の間、ウェルムは実技を休んで、一学期の事件の調査をしていた。
カリスとウェルムが言葉を交わした後、ルナたちの方へと歩いてくる。
「ウェルム、久しぶりだな。走る?」
「制服では走りませんよ、また今度で。私は伝言に来ただけですから」
フィデスが誘うと、ウェルムは呆れた笑いを浮かべながら答えていた。
「アディが言葉を話せるほど回復したらしい。魔法師団から面会可の連絡だそうだよ」
カリスが、先ほどウェルムから聞いた話を皆へと伝える。
「アディ、学園に来る!?」
ルナが嬉々としてウェルムに訊ねると、彼は残念そうに眉を下げ微笑むと、静かに首を横へ振った。
「もう少しだけ、あちらで過ごしてからになるそうです。
先日も、棟内を自由にさせた途端に模擬戦を始めて勝ったはいいけど、寝込んだそうで」
「え、アディなにやってんの? バカなの?」
「アディらしいなー。病み上がりなんだろ?」
それを聞いたケレルとフィデスが、驚いて目を丸くし吹き出している。
「……ねえねえ。アディってだあれ? お友だち?」
そこにレースも加わって、話に混ざった。気安い態度から、知り合いの話と判断したらしい。
「一年Aクラスの最後の一人だよ。今は事情があって、ずっと休んでるけどね」
「そうなんだぁ! それなら早く会いたいね。仲良くなれるかなぁ、私」
カリスがそう説明する。レースは声を弾ませ、両手を合わせて花が咲くように微笑んだ。
「ああ、アディなら大丈夫だろ」
「おう、怒らせなければ平気だな!」
ケレルとフィデスがそれぞれ同意して明るい笑顔を見せる。フィデスはハッキリ言って一言余計だった。
「え? 怒らせ……?」
「あー。気にしなくて良いぞ。フィデスが怒らせたことがあるってだけだ。アディは普段怒らない。むしろ、ビビリで優しすぎるくらいだから」
困惑気味のレースに、ケレルがフォローを入れた。フィデスの方へは背中を、容赦なく叩いている。
「やっと、アディに会えるんだ……。早く声が聞きたいなぁ」
ルナは会話に参加せず、嬉しさのあまり頬を赤らめにやけたその顔を、タオルで懸命に隠している。
いつの間にか、カリスとウェルムが一歩後ろに下がって、さらにその後の話を詰めていた。
「ウェルム、その後の学園側含めた進捗は?」
「模造剣の方は、裏取りが済んだようで捕縛に移るそうです。ただ、一斉摘発のため突入のタイミングを現在調整中ですね。
それからプールの件は、芳しくないです。どうしたものか……」
「舐められたものだな。まだ後手に回るつもりなのか。その危険性に気づきもしないくせに?」




