第6話 何よりも驚いたのは、そのステータスの文字化け具合
いい匂いがする。ふわりと香った花の香りに、アディは目を開けた。
なんだか、かなり長く寝ていた気がする。
【魔術師団棟の天井】
防御魔法が付与された天井。石造り。
「……魔術、師団?」
視界に見えた文字を見て、アディは呆然と瞬きを繰り返した。この表示はなんだろう。なぜ、こんなところに居るのかと戸惑った。
訝しげに眉を寄せて注視するも、目に映るその表示は変わらなかった。
――俺、関係ないよな?
確か、長兄ロブルの勤め先ではあるがそれだけだ。
アディはそもそも、何をしていたのだったかと我が身を振り返る。起き上がろうとするも全身が重たく、なんとか片手を上げた。
【アディウートル・クストス】
クストス家、三男。男。十四歳。得意属性、□□□。固有魔法、魔眼(魔力視、鑑定)。ダンジョンコア保有(ダンジョン同期中)。□□□。□□□□。□□□□。
「……固有、魔法?」
掠れた声が口から漏れて、アディはステータスを見つめた。見える文字は鑑定結果だと理解は出来たが、その表示に思わず首を捻る。
――文字化けが多すぎないか?
さらに乙女ゲームのキャラ特性で単に目が良いと思っていたら、アディの目は固有魔法の扱いなのかと知って驚いた。
「帰って、きたんだな……」
ダンジョンコアという単語を皮切りに、おぼろ気だった記憶が甦る。あれは夢じゃないと思い出した。
そう、最初は夢を見たのが始まりだった。今までアディとして生きて、そんなことはなかったはずなのに、突然ゲームを連想させる内容だった。
タイミングは違えど、夏休みの分岐ルート、ケレルのバッドエンドだと気がついて、アディは飛び出した。
未発見のダンジョンのモンスターを殲滅せず無力化を目的に淡々とこなし、六階層から先の記憶がなく、気づいたら八階層だった。
――ボスとか、誰が倒したんだ?
誰かが、後を追いかけてくるとは思っていた。ダンジョン発見と事後処理を頼みたかったから、それはいい。けれど、気づいたら隣にケレルが居た。
――結構、好きに荒らしてた気がするから、それで下層まで辿り着けるって、さすが攻略対象キャラだよなぁ。
出口を探そうとして、ダンジョンコアがアディの中へと入ってきた。その過程で、ケレルだけではなく、アディのよく知る面々が来ていることを知った。
アディはコアを受け入れて、意識が途切れる前にセレーヌスと合流したのだ。
「……うん。覚えてる」
身体が動かしにくいと身体強化をかけて、アディはなんとか起き上がる。
部屋には荷物置きだろうか、クローゼットと椅子が二脚とテーブル。
ベッドのすぐ横にもサイドテーブルと椅子があった。そこそこ広い部屋だ。
「マジで、どこだよ……」
良い香りと寝起きに思ったのは、サイドテーブルに飾られた花だった。隣に水差しとコップがあったので、ありがたく頂戴して喉を潤した。
――あー。目が、チカチカする。
とりあえず視界が文字でごちゃごちゃしていて、非常に見づらい。
魔法ならオンオフ出来ても良いはずなのに、こうも視界がうるさいとはどういうことだろうか。
ステータスもどきの文字化けといい、アディの制御下になさそうだった。
「あー……」
アディは両手で目を覆って、視界を暗転させる。落ち着かない、どうしたものか。
アディの魔眼にあったのは、魔力視と鑑定表だ。元々あったのが魔力視だろう。
その視界よりも、今がはるかにうるさい状態だ。
――まさか、慣れなのか!? これ、慣れるのか!?
アディは普段から魔力の流れは見えていたが、意識して視る場合はさらに、サーモグラフィのように詳細に見えていた。
その魔力視のように、強弱くらいはつけれるように今後なれるのだろうか。
「アディ君!? どうしたんですか!」
「……え、マーレ?」
アディが背を丸め唸っていたら、マーレの慌てた声が聞こえた。
アディが手を離して、マーレの方を見る。
【マーレ】
魔術師団所属、回復魔法師。女。十八歳。
「え、魔法師団所属? はぁ、十八歳!?」
見えた文字を読み上げ、アディは驚愕する。突っ込みどころが満載の情報しかなかった。マーレは孤児で、クストス家の雇用ではなかったのか。しかも――。
――四歳も年上!?
なんとなく、アディより年上だろうと思っていた。けれど、セレーヌスより年上とは予想外である。
「マー……むぐぅ!」
「アディ君? 熱が下がって良かったですぅ。ずいぶんと、お、元、気、そう、で?」
――そうだ、年齢に触れたら怒るんだった。
頬をピクピクと痙攣させて、怒り心頭といった具合の笑顔が怖いマーレに、アディは口を塞がれる。
「ふぐ、むむぅ!」
――はな、鼻! 呼吸も止まるから!!
酸欠になるとばかりに、アディはバシバシと手を叩いて抗議を試みる。
うるうると涙目でアディが見つめれば、マーレがようやく解放してくれた。
「はぁ。アディ君、周りの気も知らないで。状況、分かってるんですか?」
「あの。マ――」
ぶすぅと頬を膨らませ、呆れた口調でマーレは言う。けれど語尾が震え、慈しむように彼女は顔を崩すとアディをそっと抱き寄せた。
「本当に、もう。心配したんですよ? ……お帰りなさい、アーちゃん」
「……うん、ただいま。マーレお姉ちゃん」
いつもなら驚いて、アディが拒否を示すその行為。
声だけでなく、マーレの抱き寄せる腕も微かに震えているのに気づいて、アディは抱擁を快く受け入れた。
過去の遊び相手だった頃の呼び名で呼んだ方が、今は良いとアディは目を閉じて思った。




