第7話 ダンジョンコアは、玉手箱の一種なのかどうかについて
「……アディ君、ちょっと話とか出来そうですか?」
軽く触診と問診をしたマーレが、アディに話を切り出した。
「え? 今、普通に話してるよな?」
まだどこかおかしいかと、アディは身の回りを振り返る。視界がおかしいのは、言っても仕方ないので置いておこう。
ちなみにもう大丈夫だとアディがいくら言っても、マーレは動くなの一点張りでベッドに固定されていた。
「……今が何日か分かってないですよね、アディ君。ダンジョン帰りの馬車で一週間、ここの部屋に来て一週間、ずっと寝てましたからね?」
ぷくうとむくれて話をしながら、マーレは部屋の外へと何かを行った。
アディはそれを壁越しに、魔力視の方で認識した。
「え? あれから二週間経ったの?」
それは確かによく寝たなと、きょとんとしてアディは聞き返す。
「さ、ら、に、寝てるのか起きてるのか分からない状態を二週間、の合計四週間ですよ!
すんごく、すんごく心配したんですからね!」
アディの様子に呆れはて、くわっと牙を剥きマーレはやけくそ気味に叫んでいる。
――約一ヶ月、寝たきりのわりには、身体は特になんともないような?
何かの冗談か、浦島太郎なのかと言いたいところをぐっとアディは堪える。
涙目になるのを必死で隠しているマーレの様子からして、そんなことを言えば、アディに雷どころではなさそうだ。
「それはまぁなんというか、心配をおかけしました……?」
アディは手で目を押さえて揉んで、視線を外した。
余計なものが見えすぎるせいで、口まで余計なことを言いそうだった。
――目が痛い。
「アディくーん?」
剣呑な雰囲気を出して、スッと目を細めたマーレ。その目が据わっている。
今日はもう何をしても怒られる未来しか、アディにはなさそうだ。
「……そういえばマーレ、クストス家に雇われた回復魔法師じゃあなかったの?」
彼女が着ている服は、魔法師団の非戦闘員が着る白を基調とした団服だった。ゲームには出てこないが、ロブルが所属しているので、今世の知識としてアディは知っていた。
鑑定眼でこの場所が魔法師団棟と表示される辺り、何か関係があるのだろう。
「……なんで今聞くのかはおいといて、アディ君が小さい頃に、孤児院からクストス家に引き取られたのは本当ですよ?
その後、回復魔法に適性があったので、魔法師団に籍を置いてます。要するに今は派遣の形ですね」
あからさまに話題を変えたアディの質問に、マーレはため息を吐きながら答えてくれる。
――うーん? いや、分からん。
派遣と言っても、マーレはアディの側にずっといた。魔法師団所属と言われても、仕事をしている風には見えなかった。
「おや、元気そうだね。マーレの言うことは本当だよー。
彼女の魔法師団としての仕事は、君の専属魔法師だからねぇ」
部屋の向こう、廊下から声がして姿を現したのは長身の男性。どことなくルナに似ていた。
【ユーストゥス・ヴェネラティオ】ヴェネラティオ家、当主。魔法師団所属、団長。男。□□歳。得意属性、□□□。□□□。
――文字化け、つか非表示が、多い?
見えたステータスに、なんの意図があるのか未だ不明点は多かった。アディはユースティスを見て、瞬きを繰り返した。
「……」
じっと見ているとやはり目が痛くなり、アディは目元を押さえてまた揉んだ。それでどうなるということもないが、気持ちの問題である。
そして、いくら見たところでその表示は変わらなかった。
――表示の基準はなんだ?
ユースティスはアディを入れて、二人目の非表示の扱いだった。
「マーレ、呼ぶまで席外してくれる? 長くなると思うから、食事でもゆっくりしてきて良いよ~」
入口で二人、アディの様子を見ながら立ち話をしていた。内緒話をするでもなく、ユーストゥスの声は大きい。
「居たらダメ、でしょうか?」
「女性はダメー。男同士の積もる話だよ、野暮言わないの」
おどけてみせたユーストゥスに、マーレは困ったようにため息を吐いた。
礼を取ると、アディへ手を振ってから部屋を出ていった。
「あ、そのままで良いから」
アディがベッドから降りて挨拶をしようとすると、ユーストゥスがやんわりと制する。
「このような格好ですみません。初めましてヴェネラティオ公爵様」
「んー、堅いなぁ。堅苦しいの無しでさ、僕に遠慮はしないでほしいんだけど《サイレント》」
ユーストゥスが防音の結界を張ったのを、アディは確認する。
これから何が起こるのか、アディは身構えて警戒する。目の前のユーストゥスは、親しげに笑うばかりだった。
「僕と君との仲じゃないか。ねぇ、まだここは君の世界ではない?」
『……ここは、君にとって生きづらい?』
椅子を引いて、なんでもない世間話を始めるようにユーストゥスは近くに座る。
真正面から見る彼の紫の瞳、そう見覚えがあった。
――『子どもに目線を合わせるなんて、この人はきっと良い大人』
いつだったか、そう思ったことがある。頭の角で、新たな頭痛にアディは顔をしかめた。
『もし誰もいないと言うのなら、ユーストゥス・ヴェネラティオが、いつでも君を引き取ろう』
温かいまどろみの中で聞こえた、優しい声がする。
それはつい先日アディが、ダンジョンで思い出した不思議な記憶。覚えていない遠い日の記憶だった。
「……ルナの、お父さん?」
「久しぶりだね。大きくなったじゃないか、アディウートル・クストス君」
あの時と同じようにアディが呼べば、あの頃と変わらない優しい態度のユースティスがそこに居た。




