第1話 帰還前の取引、実はこんなことしてた俺
ザザッ。
【選択可、カウント開始。期限、最適化完了】
真っ白な空間で、ただ静寂だけが満たしていた。そこに落ちる耳障りなノイズ。ダンジョンとの共存か消滅かを選べと言う。
コア自体を拒否することは、アディの命が終わるために、選択肢すら与える気はないらしい。
「カウントなんか要らねぇよ。俺が選ぶのは――皆のところへ、帰ることだけだ。
そのためにお前が妥協しろ、コア」
乙女ゲームのチュートリアルのサポートキャラであり、初期強化によって消費されるアディ。
その辺の一般人でもなければ、完全なモブでもない。でも、攻略対象キャラとは比べ物にもならない、ノーマルレアリティ。
アディの瞳が、キャラ特性以上にいくらおかしく変化しようと。
ゲームの強制力か何かは知らないが、コアを保有しなければ余命三ヶ月だと言われても。
アディが、コアを宿すに適した器だと言われても。
――そんなの全部、今さらなんだよ。
転生して前世の記憶があるだけで、そもそも異質な存在だった。
息を吸い込んだ胸が痛い。衰弱死と言われてもああそうかと、どこか納得してしまった。
――いくらなんでも、貧弱、吐血キャラ過ぎだと思ったし。
ゲームでは、初期強化で消費されて退場する。
アディが考えないようにしていただけで、実際生きた人間として、それがどう再現されるのかは疑問だった。
「俺は皆のところへ帰る。帰れなきゃ意味がない。帰るために、お前が変われ。合わせろ。出来なきゃ要らねぇよ。出ていけ」
一切の妥協はしない、流されない。それは直感だった。前世の知識も合わさって言われるがままに、条件を飲むのは危険だと感じた。
強大な力なんて要らない。
不老不死なんて要らない。
そんなもの、皆の元へ帰るのに邪魔なだけだ。
コアと離れたら、アディが死ぬと言われても変わらない。孤独に生きるのは、もう嫌だった。
――だって、それは地獄と変わらない。死んでいるのと同じだろう?
人として帰りたい。そうでなければ、皆には悪いが最後に特大のチートをかまそう。
コアを宿したその力で、世界からアディの全てを綺麗に消し去るのも悪くない。初めから、存在していなければ悲しむことはないのだから。
ザザザ。
【理解不能、未確定、不明。否定、比較、検討、改善、再演算……】
ザザッ。
【最適化中……】
アディの頭の中に、ただノイズだけが響いていた。
ピコン。
【言語習得、完了しました】
ノイズが止んで、軽快な効果音と共にやや無機質な音声が聞こえた。
ピコン。
【共存を選択しますか。Yes/No】
「帰るんだよ。何度も、言わせんな……」
アディはため息混じりに吐き出して、ただ一つを要求する。
提示された共存はあり得る話だと予想していた。過剰な力を望まなければ、残った力はダンジョンの維持に回せるのではないか、と。
隠しダンジョンを消滅させてアディが生存すれば、目立つどころの話ではなくなってしまうから、ちょうど良くもあった。
ピコン。
【アディウートル・クストス。コアを内包し延命します。ダンジョンの共存を選択で、ダンジョンの維持にコアの大部分を運用、活用します。
ダンジョン外行動は、常時接続維持により機能制限、器の負担増大。
コアの一部同化に伴い、コア分離に伴う死亡の危険性あり。共存選択Yes/No?】
「……外で、制限と負担。あと、分離の可能性ってなんだ?」
コアが新たに提示した条件を吟味し、アディは思ったことを、とつとつと質問する。
――なんだが、眠くなってきたな。
ピコン。
【最適化九十二パーセント完了、強制シャットダウンまで残り三十分です。
解答。ダンジョン権能は外では使えません。アディウートル・クストスの能力値補正無し。接続維持の距離、状態によって、心身に負担が掛かります。予想、傾眠、発熱、魔力消費増が考えられます。
また、ダンジョン権能は該当ダンジョン内でのみ行使可能】
頭をぐしゃりと掻いて、アディはうんざりしてきた。
身体が少し楽になったと思えば、代わるように眠気に襲われ始めていた。
――眠気は、シャットダウンのことか?
しかも負担って、今よりポンコツになる気しかしねぇぞ?
今の身体の変化は、確かにアディを別の何かへと変えようとしていた。
【共存のため、コアの一部同化しか出来ません。結果、コアの分離の可能性を列挙します。
アディウートル・クストスの強い別離希望の場合。故意による抽出の場合……】
――故意?
続いた返答に、アディは不思議に思う。
吸い込まれるように、身体に入っていった実体の怪しいコアを思い出した。機械のパーツや電池を取り出すのとは訳が違う。そんなことは、果たして可能なのだろうか。
ピコン。
【アディウートル・クストスの魔力、生命力とコアが親密に結びつくため、可能性未知数、不明点多数】
やはり核的な物が身体のどこかにあって物理的に、と手段についてアディが考えれば、提示された手段はひどく抽象的なものだった。要するに何も分からないのだ。
――やべ、そろそろホントに寝ちゃいそう。
気を失えば、いつ起きるか分からない。
ちゃんと帰らなければと、それだけがアディの意識を保つ拠り所だった。
【前例無。未確定要素、多数。ダンジョン共存を望みますか。Yes/No?】
「イエス。が、お前。ダンジョンのモンスター被害なんて目論んでみろ。
次にやったら、何をしてでも……粉々に砕いてやっから覚えとけ」
手離してしまいそうな意識の中、アディは怒気を滲ませハッキリと告げた。
ダンジョン自体が、そもそもの諸悪の根源だったからだ。
全てのダンジョンで同じようにコアがあるなら、モンスターが外に溢れないよう最初からコントロールをしろと、アディは説教をかましてやりたかった。
ピコン。
【……善処します】
手先、足先と徐々にアディは光に包まれ始めた。それはケレルが外に出たのと同じ現象だ。
――寝るな、まだ起きろ。せめて地上に出たのを見届けないと。
目を閉じないように唇を噛み締めて、アディはただ前だけを見据えていた。
「……アディ、おかえり」
木々の香り、緑に溢れた色彩、慣れ親しんだ体温と声を感じて、アディは安心して眠りについた――。




