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風になるまで  作者: 築島 利都
第一部
49/99

49 華咲き2

「ずいぶん伸びたな」


なんのことか、と首をかしげるが、スウガの視線を受けて、髪のことか、と思いいたった。

ああ髪ね、と手をやる。


一度は項にわずかにかかる程度まで切った髪は、すでに肩に触れる長さだった。

それでも一般の女性に比べてまだ短いため、いくつかに分けて結い上げた風にまとめ、紗布の髪飾りで飾っている。

これは凝った造りをしていて、カサネも気に入っていた。

精緻な彫りが施された細いカチューシャのような髪留めを後頭部につけ、それと組紐で薄布を留めている。

紗はやや弛ませ、幌馬車の幌のようだ。

布に張りをもたせて、絶妙なドレープを作るのが美しいのだ、と発案者のクインは力説していた。


スウガに何着か買ってもらったが、王城に出入りするには、更に格調高い装いが求められるらしい。

仕方なしに相家の世話で一式揃えてもらったのだが、カサネはそのほとんどを、以前服を見立ててくれたクインに頼んでいた。

顔馴染みの方が気が楽だったし、クインは新進気鋭のデザイナーとして有名とのことだ。

多少の無理は聞いてもらえるかもしれない、という打算もあった。


カサネもごく普通の女子高生だ、自分の着るものには敏感だった。

こちらの衣装はどちらかと言えば洋装に近く、さほど抵抗は感じなかったが、中には受け入れ難いデザインもあった。

売り出し中のクインなら、カサネから注文をつけてもうまく取り入れてくれそうな気がしたのだ。

短い髪を隠すための髪飾りも、クインがカサネのために考案したもので、着々と広まっている。

カサネ自身、どこで買ったのかと用人棟の女性に聞かれたこともあった。


「そうね、最近伸びるのが早い気がする…。また兄ぃに切ってもらおうかなあ」


「やめとけ。女としちゃまだ短い」


「わかってるよ。重たいから梳いてもらうってこと」


梳く、という意味がわからないのか、スウガは軽く肩をすくめたがそれ以上追及はしてこなかった。

女の身嗜みに本来興味はないのだろう。



日が伸びて、まだ暗くなるには早い。


図書館は、王都西側の商業地区の中ほど、高級店の並びがまばらになった辺りにあった。

貴族は誰でも、それ以外の者は自分の属する区の区長の紹介があれば利用できるとあって、図書館付近は様々な身分のものが雑多に入り混じっていた。


「あ、そういえばこの辺りってクインさんのお店の近くじゃない?」


クインの店は市場の賑わいからやや北に離れたところにあったはずだ。

ここのところ何着か仕立ててもらったとはいえ、採寸も仮縫いも品の引取りも全て相家で行った。

クインの店に行ったのは、王都入りしたあの日だけだ。


「ね、ちょっとだけ寄ったら駄目かな」


仕立ての方が贅沢とはいえ、カサネには既製品が並んだ光景の方が馴染みが深い。

買い物はしないにしても、クインに着こなしの相談にも乗ってもらいたかった。

が、スウガはあまり気乗りしないようで、生返事をしている。

ごり押ししよう、とカサネがスウガの腕をとった時、二人の背後から声がかかった。


「カサネ?…と、スウガさん?」


それはウノ相家の使用人、リイカだった。



初日に食堂で割に気の強いところを見せたのが良かったのか、カサネに好意的に接してくれる者も少しずつ現れた。

リイカもその一人で、十七歳と年が近いこともあって、用人棟ではなにかと世話になっている侍女だった。


くりくりした瞳で、カサネとスウガを交互に見上げ、意味ありげに笑う。


「あらー、これは皆がっかりするわね。スウガさん、結構人気なのに」


は、と気付いてカサネは慌ててスウガから手を離した。


「なんだか、誤解されている気がするんだけど…」


「え?デートでしょ?」


当然、というように言われ、カサネは違う違う、と首をふる。

図書館に行っていただけだ、と説明すると、リイカはつまらなそうに唇をとがらせた。


「なーんだ、たまに王城以外に出掛けたと思えば…。カサネって勉強熱心なのね。そんな可愛い服着ているのに、もったいないわ」


今日の服もクインの店で買ったものだ。

海老茶の上着と紺の長衣に幅広の帯を締めて、カサネにはエキゾチックな印象の装いだった。


「カサネの服ってちょっと変わっていていつも素敵よね。どこで買っているの?」


年頃の娘らしく、リイカは身につけるものに関心が高い。

普段はお仕着せの侍女服ばかりだというのに、たまの休日用の衣服に結構な額を費やしている、と以前言っていた。


「ああ、これはこの近くにある、クインさんって人のお店で買ってもらったの」


まだ一般の人にはあまり知られていないかも、と思いながらも名前を出すと、意外な反応が返ってきた。


「クイン、ってあの?」


知っているのか、と尋ねると、リイカは少し口ごもった。


「いえ、私も一度はお店に入ってみたいな、って思ってたんだけど。

侍女長なんかに見つかったら何言われるかわからないから…」


歯切れの悪い口調に、何がだめなのか聞こうとしたが、先にスウガが口を挟んだ。


「クインは王城にも出入りを許された、暦とした仕立屋だぜ。…女郎上りでも後ろ暗いところはねえ」


カサネは、耳慣れない単語を何度か反芻した。

じょろう。女郎。つまり、娼婦。


そして、唐突に悟った。

スウガが店に行くのを渋った理由も、リイカがあまりいい顔をしない訳も、そして、スウガがクインを庇う発言をした根本にある関係も。


衝撃を殺せないまま、スウガを見上げる。

目が合うと、彼は視線をわずかに逸らした。

その仕草だけで、カサネは自分の推測が正しいことを確信した。


「…帰る」




身をひるがえして、猛然と歩き始めたカサネの背後では、リイカがおろおろしてスウガに訴えていた。


「まずいですよ、スウガさん。

あんな、あれじゃ、クインさんと馴染みだったってばれちゃうじゃないですか」


「…昔の話だろ」


そうは言っても、まずいことをした、という意識が少しはあるのか、スウガはカサネを追いかけて走っていった。


残されたリイカは、呆れたように鼻をならした。


「信じられない。それでもいい気はしないのが女心ってものでしょうに」


あんな粋な人なのに案外鈍いのかも、と内心でスウガを酷評して、自分もまた帰路についた。


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