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風になるまで  作者: 築島 利都
第一部
50/99

50 華咲き3

カサネはただまっすぐに前を向いて歩いていた。

鼻の奥がつんと痛んで、泣きそうなのを自覚する。

慌てて足を速めたので、もうほとんど小走りだった。


クインの悩ましい肢体。

魅力的な微笑み。

スウガとクインの、気の置けないやり取り。

目を逸らしたスウガの表情。


色々なことがとりとめもなく、脳裏に浮かんでは消えた。


わかっている。

この、身体の中心を流れるどろどろした気持ち。

それを自分が抱く資格がないことを。


「カサネ!」


スウガの声、と認識するより先に走り出していた。

自分でも持て余している心のまま、スウガに向かい合いたくなかった。

それでも、ものの数秒で、スウガはカサネの腕を捕えてしまった。


「…!」


カサネは無言のまま抵抗するが、びくともしなかった。

日暮れの通りで悪目立ちしているのを気にしてか、スウガはカサネを抱き込むようにして、細い家々の隙間へ入った。

大人二人がなんとかすれ違えるか、という程度の道ともいえない幅だ。

そこでようやくカサネの腕を解放する。


すかさず逃げ出そうとすると、顔の両側に手をつかれ、壁とスウガの腕とで閉じ込められてしまった。


カサネは混乱した頭のまま、うつむいた。

乱れた感情の波はなかなかおさまらない。


ふと、頭上からため息が聞こえ、カサネの目じりに涙がにじんだ。


「なんだってんだ?…クインが気に入らないのか?」


そうじゃない。

カサネは慌てて首をふる。

クインは、素敵な女性だと思う。

娼婦といったって、すき好んで身を落としたわけでもないだろうし、今は立派に服飾士として認められている。


いや、違う。

カサネはその自分の思考が、偽善で出来ていることを自覚した。


汚い。淫乱。

何人もの男に抱かれて気持ち悪い。

金のために身体を売った。

病気かもしれない。


その嫌悪の情は、確かに存在した。

ふるり、と瞼が揺れ、ついにカサネは一筋涙をこぼした。


「カサネ?」


わずかにうろたえた声。

心配なんてしてほしくない。

カサネは今、何より自分が嫌いだった。


静かに、スウガの指がカサネの顎先にのばされる。

頭を逸らして抵抗しようとするが、それよりも先に上向かされた。


「…やっ!」


今、自分はすごくみっともない顔をしている。

偽善とお門違いな怒りを、きっとスウガに知られてしまう。


カサネは涙でかすむ目をありがたい、と思った。

スウガが失望する表情を、見ずにすむ。


だが、スウガから出た言葉は失望ではなかった。


「…嫉妬、か?」


瞬間、カサネの顔がかあ、と朱色に染まった。

あまりに率直なその一言に。

偽善だのなんだの、言い訳を並べる間もなく、もっとも素直な感情が面に出てしまった。


恥ずかしさにいたたまれない。

思わず顔を伏せると、間髪いれずに再び仰向かされる。


「…それなら、俺はもう、覚悟を決めた」


スウガの緑がかった茶の瞳に、得体のしれない熱が宿った、と感じた途端。


カサネの唇は、荒々しいほどの勢いで塞がれた。

ああ、と諦めのような吐息がわずかな隙間からもれる。

食べられてしまった、とカサネはめまいの中、それだけを思った。



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