50 華咲き3
カサネはただまっすぐに前を向いて歩いていた。
鼻の奥がつんと痛んで、泣きそうなのを自覚する。
慌てて足を速めたので、もうほとんど小走りだった。
クインの悩ましい肢体。
魅力的な微笑み。
スウガとクインの、気の置けないやり取り。
目を逸らしたスウガの表情。
色々なことがとりとめもなく、脳裏に浮かんでは消えた。
わかっている。
この、身体の中心を流れるどろどろした気持ち。
それを自分が抱く資格がないことを。
「カサネ!」
スウガの声、と認識するより先に走り出していた。
自分でも持て余している心のまま、スウガに向かい合いたくなかった。
それでも、ものの数秒で、スウガはカサネの腕を捕えてしまった。
「…!」
カサネは無言のまま抵抗するが、びくともしなかった。
日暮れの通りで悪目立ちしているのを気にしてか、スウガはカサネを抱き込むようにして、細い家々の隙間へ入った。
大人二人がなんとかすれ違えるか、という程度の道ともいえない幅だ。
そこでようやくカサネの腕を解放する。
すかさず逃げ出そうとすると、顔の両側に手をつかれ、壁とスウガの腕とで閉じ込められてしまった。
カサネは混乱した頭のまま、うつむいた。
乱れた感情の波はなかなかおさまらない。
ふと、頭上からため息が聞こえ、カサネの目じりに涙がにじんだ。
「なんだってんだ?…クインが気に入らないのか?」
そうじゃない。
カサネは慌てて首をふる。
クインは、素敵な女性だと思う。
娼婦といったって、すき好んで身を落としたわけでもないだろうし、今は立派に服飾士として認められている。
いや、違う。
カサネはその自分の思考が、偽善で出来ていることを自覚した。
汚い。淫乱。
何人もの男に抱かれて気持ち悪い。
金のために身体を売った。
病気かもしれない。
その嫌悪の情は、確かに存在した。
ふるり、と瞼が揺れ、ついにカサネは一筋涙をこぼした。
「カサネ?」
わずかにうろたえた声。
心配なんてしてほしくない。
カサネは今、何より自分が嫌いだった。
静かに、スウガの指がカサネの顎先にのばされる。
頭を逸らして抵抗しようとするが、それよりも先に上向かされた。
「…やっ!」
今、自分はすごくみっともない顔をしている。
偽善とお門違いな怒りを、きっとスウガに知られてしまう。
カサネは涙でかすむ目をありがたい、と思った。
スウガが失望する表情を、見ずにすむ。
だが、スウガから出た言葉は失望ではなかった。
「…嫉妬、か?」
瞬間、カサネの顔がかあ、と朱色に染まった。
あまりに率直なその一言に。
偽善だのなんだの、言い訳を並べる間もなく、もっとも素直な感情が面に出てしまった。
恥ずかしさにいたたまれない。
思わず顔を伏せると、間髪いれずに再び仰向かされる。
「…それなら、俺はもう、覚悟を決めた」
スウガの緑がかった茶の瞳に、得体のしれない熱が宿った、と感じた途端。
カサネの唇は、荒々しいほどの勢いで塞がれた。
ああ、と諦めのような吐息がわずかな隙間からもれる。
食べられてしまった、とカサネはめまいの中、それだけを思った。




