戦ぐ風
「い、命だけはご勘弁を…!!」
「安心しろ。殺しはしない。大人しく捕まればな。」
東から侵入した原の国軍は、順調に奥へと突き進んでいた。
「随分歩いたみたいだが、ここはどの辺なんだ?」
「憶測は難しいですね。この建物は迷路のように入り組んでいますので。」
ローレルの問いに、曖昧に答えたあと、アカンサスはちらりと背後に控える隠密部隊を見た。
「この付近から、数名の人の気配がする。お前はここに残り、私の側を離れるな。…後の者たち、言いたいことは分かるな?」
隠密部隊の数名は静かに一礼し、音もなく姿を消した。
「王子、我々は一旦引きましょう。」
「何故だ。」
「これ以上は、王子の身に危険が及びます…」
「問題などない!私はまだ戦える…いくぞ。」
ローレルは、まるで自分に言い聞かせるように大声で叫び歩を進めた。
二人が見つけたのは巨大な、美しい装飾のついた扉。
そして、その前にたたずむ、二人の橙の民。
ソヨと大鎌を携えたツムジであった。
「ほお、面白い。その扉の先に何があるのか…」
「…ここは通さない。」
ぽつりとソヨは呟き、ローレルとアカンサスを睨みつけた。
「ゲイルさんとサランをよくも…。」
「ゲイル?…フキノトウのことか?」
ローレルがゲイルの名を口にするのと、ほぼ同時にソヨは行動を起こした。
ツムジが手にしていた大鎌を奪い、ローレルへと刃を近付ける。
間一髪、アカンサスがローレルを突き飛ばし、ローレルは難を逃れることができた。アカンサスは次の攻撃に備えようと身構えるが、ソヨは息を整え次の一歩を踏み出せないでいた。
ソヨは初めて、あんなにも早い攻撃を繰り出すことができた。
自分の身体が、自分のものではないように動かすことができた。
それだけ、彼女の思いが、精神が強かったのか…
「ヴァッサー家風にいうとしたら、王族に刃を向けた。重罪だな。」
自分自身の言葉お小馬鹿にしたアカンサスに、ソヨは苛立った。
「うるさい!草原の国民…許さない…ゲイルさんとサランの仇!!」
大鎌を振り上げたソヨの裏に、アカンサスは回り込み首筋へ手刀を叩きこんだ。
「う…。」
大鎌も静かにおろし、彼女の隣へおいた。
「あれ?いいの?そんな所においてさ。その子が回復したら、同じことの繰り返しじゃなーい?」
「そうなったら、私も同じことをするだけ…いや、次は確実に腕を狙うだけだ。」
今までの様子をじっと見ていた。ツムジの問いに不機嫌にアカンサスは答える。
「おもしろいね~。あなた」
ツムジは、にいっと口角をあげ、ソヨのもとによる。
「起きなよ。ソヨ」
「起きてます。平気です。仇を取らせて下さい…!」
「お前は何か勘違いをしている…フキノトウを殺したのは私たちではない。」
ローレルの言葉はソヨに衝撃を与えた。
「…そんな話し…嘘だ!…誰が信じるか!!!」
「本当ぉだよ」
答えたのはツムジであった。
「私がざっくり斬ってあげたんだよ。」
「え…ツムジさん?」
ツムジは下唇をチロリとなめた。
「叫び声こそあげなかったけど…あのゲイルとサランの恐怖に浮かんだ顔は溜まらなかったな…。」
ソヨの瞳は憎しみに染まった。
「お前…その口調は…ツムジさんじゃないな…何故こんな所にいるブラスト!!」
ツムジの姿は次第にぼやけてゆき、そこにいたのはツムジではなく、ブラストであった。
「案外ばれないものだねぇ。僕の専門は視界操作じゃないのに…ソヨもまだまだ修業が足りないよ。」
ヘラヘラと突如あらわれたブラストに、アカンサスはローレルを庇うように立ち、ソヨはもう一度睨みつける。
「ツムジさんはどうした?」
「言っとくけど、身代わりを頼んできたのはツムジちゃんのほうだからね。」
両手を上げ、この件に関しては無実だとアピールした。
「彼女、どうしてもやりたいことがあるからって、大鎌も持たずに出て行っちゃったよ。」
「やりたいこと?」
「あぁ…」
ソヨから目を逸らし、ブラストはアカンサスとローレルを見た。
「草原の国の王子に会いにいったよ…」
「兄上に!?」
「落ち着いてください王子…ご安心を、城は兵たちに守らせています。」
「安心できないかもよ?ツムジちゃんはかなりプライドの高い子だから…あの子を怒らせたら、怖いよ。」
ブラストの不気味な微笑みに、ローレルは寒気を感じた。
「おい、シトロン!!」
苛立ちの声をあげたのはソヨだった。
「ゲイルさんとサランを殺したとはどういうことだ。」
「どうもこうもねぇ、僕はウラガンさんに言われたことをしただけ。」
「嘘をつくな!!何故ウラガンさんがお前にゲイルさんを殺せなんて命じるんだ!!」
「邪魔だからだろ?」
「…え?」
「あいつらはさ、前々から僕らの崇高な考えを否定しやがってたんだよねぇ…“橙の神の力を取り戻す”なーんていって三大国に潜入してさ。無駄だよ。力は取り戻すものじゃない、奪うものだ。巫女を生贄に捧げ、力を神器から奪うんだ。それを否定した、あいつらが死ねばいいと思って、潜入を許したのに…のこのこと生き延びやがってさ…だから僕がツムジに化けて、殺してやったのさ。その大鎌でね。」
ソヨが手にしていた大鎌を指差し、ブラストは言い放った。
ソヨは膝から崩れ落ち、大鎌から手を離した。手を見つめ、震えている。
自分が今まで握っていたのは、ゲイルとサランの命を奪った凶器であった、その衝撃がとても大きかった。
「ちなみに、火山の国に送ったコチも、草原の国に送ったアオチも、大海の国に送ったアナバとカタバも…僕らの考えに疑問を感じていた連中なんだ…古臭い連中だよ、ほーんと…。死ねばいい。」
「ゲイルさん…サラン…」
大鎌を手にしたブラストは大きくそれを振り上げた。
「…!?よせっ!!」
思わず庇おうとしたローレルの身体を異変が走る。
「ようやく気付いたの?動けないでしょ?僕は精神操作の術師…精神的に動くことができないんじゃないかな?…この子を殺したらすぐに殺してあげるから、待っててね。」
アカンサスも動くことができず、小さく舌打ちした。
「ばいばい、ソヨちゃん。あの世でゲイルと会えると良いね。」
容赦なく、大鎌を振りおろした。
ガン!!
ふりおろした場所にソヨはいない。
ブラストが不機嫌そうに横を見ると、ソヨを庇うように立つ隠密部隊の姿。
「ゲイルさん?」
隠密部員はゲイルの姿をしていた。
「趣味が悪りィな!!誰だよ!?この僕の視界を操作しようとは、良い度胸じゃん!?」
ゲイルの姿を見たブラストの機嫌はますます悪くなる。
先程までの丁寧な口調は何処へ行ったのか、荒々しく怒りをぶつける。
徐々にゲイルの姿はぼやいていく、立っていたのはサランであった。
「!?お前…どうして!?殺したはず…。」
「…ゲイルさんが、助けてくれた。」
「は?…僕がゲイルに騙された…?僕がゲイルより劣っているって…?」
顔をおさえ、ブラストは笑いだした。
景色が歪んでいき、ホールのような場所にかわっていく。
どうやら先ほどまでの空間はブラストの見せていた幻覚らしい。
「ふざけるな!!僕がゲイルに騙されたはずがない!!僕がゲイルより劣っているはずがねぇだろォ!!」
鎌をふる。あたりが切り刻まれていく。
サランは戸を勢いよく開けた。
「こっちへ!ここにいたら、あの狂った男に殺されるぞ!」
ローレルとアカンサスは黙って従い、その部屋をあとにした。
「僕が一番に決まっているんだ!僕が…僕が…!」
ブラストの肩口に突然痛みが走った。徐々に眠気が襲ってくる。
ブラストは後方を見た。
窓口からは北側の山が見えるだけで、誰もいない。
―あの山から僕を撃った…?
一瞬考えたがすぐに視界が暗闇へとかわっていく。
抗えない眠気に、ブラストはどうしようもなく、そのまま横たわった。
「…やっと当たった。」
狙撃銃を手にしていた青髪の青年は、スコープからシトロンが倒れたのを確認すると、溜め息を一つついた。
彼の名はヘイズ・ヴァッサー。
いわずもがな、水の国策士ミスト・ヴァッサーの3番目の兄である。
国際治安維持委員会に所属し、銃の名手と名高い。
「さすが、ヘイズさんですね…あの距離を当てるとは…。」
橙の園の北側に位置するこの場所から、橙の園までだいぶ距離が離れている。
ここから動く標的を狙って撃つのは至難の業だろう。
後ろに控えていた兵士はヘイズの実力に称賛の声を上げる。
「一発で当てることができなかったんだから、まだまだだよ。」
対するヘイズは驕ることなく、淡々と狙撃銃を持ち運びやすいように分解し、鞄の中にしまいながら答えた。
手際よく片づけを完了し、立ち上がった。
「僕らもそろそろ行こう。ミストが連れて行った委員とは、さっき連絡が通じたし、僕と君たちは彼らと合流。
君たちは、あの寝ている男を捕えるんだ。」
どうやら、ミストはこの非常事態に国際治安維持委員会へ協力を求めたらしい。
第五の勢力の参加が決まり、争いは過熱していった。




