第4話 五十六年前の恋
その部屋は薄暗かった。
「古い物を保管する倉庫みたいな場所です。
保管すると言っても、実際は放置しているので、さっきの部屋みたいにメイドさんたちが掃除することもありません」
たしかにホコリっぽい。
マスクを持ってくれば良かったと、少し後悔した。
白銀さんは、
「気をつけてください」
と言い、ゆっくりと奥に進む。
雑多に床にモノが置いてあるので、つまずかないようにという意味だろう。
ボクたちは、下を見ながら、ゆっくりと、白銀さんに続いた。
古びている―ではなく、クラシックというべき本棚。
白銀さんは、一冊の本を取り出した。
ボクは、背後から覗き込む。
ズッシリと質量を感じさせる書物が見えた。
「これは、祖母が白薔薇女子大生だったときの日記です。
祖母も母も、私と同じ白薔薇女子大生でした」
書物ではなく、日記帳のようだ。
「手書きなんですね」
「マモルくん、なに言ってるの?
白銀会長が大学生のころは、スマホ・タブレット・パソコンはなかったよ。
ワープロすらなかった」
「ワープロ?」
「ワードプロセッサのこと。
文章を入力し、紙に打ち出す機械。
知らない?」
「知らないなぁ。
アスカさんは、見たことあるの?」
「ないけど、一般常識だよ。
まぁ...当時、タイプライターはあっただろうけど」
「ああ、かのアガサ・クリスティー女史が執筆に使っていたヤツか」
「マモルくん、アガサ・クリスティーなんて読むの?
意外と、一般教養はあるんだね」
「そりゃ、どうも」
名(?)探偵・神馬明日翔の影響を受け、少しだけミステリー小説を読むようになった。
そして、ミステリー小説の世界では、フェアかどうかが問題になるらしい。
かのアガサ・クリスティーですら、作品がフェア・アンフェア論争に巻き込まれたと聞く。
名(?)探偵の自負があるアスカさんは、意外と正確な言葉遣いを心がけている。
そんな気がする。
「祖母に、アガサ・クリスティーほどの文章力があるとは、思えません」
と、笑いながら、ページをパラパラとめくる。
「子供のころ、祖母の日記を読んだのを思い出したんです。
漢字が読めなかったので、当時はあまり意味が分からなかったんですが…
今、思い返すと、祖母が私たちの交際に反対する理由が、日記にあった気がして―
ああ、これです」
と、ページをめくる手を止め、ボクたちに日記帳を差し出した。
ボクたちが、首を伸ばし、覗き込む。
「それは、祖母が19才のとき、つまり、56年前の話です」
ということは―白銀会長は、現在75才か。
そのページには、ていねいな字で次のように書いてある。
夜道を歩いていると、ハイヒールが、側溝にはさまってしまう。
かかとが壊れ、足首をねん挫し、困っていると、一人の若い男性が近づいてくる。
「大丈夫ですか?」と、助けてくれた。
さらに、私を背負い、自宅付近まで運んでくれる。
ここまでしてくれたんだから、きちんとお礼を言わなければ。
「それが、祖母と稲村さんの出会いだったみたいです」
「稲村さんという若い男性に出会って、どうなったんですか?」
「マモルくんは、ホントに女性の気持ちが分かってないね。
こんなロマンチックな出会いをしたら、恋に落ちるに決まってるじゃない」
「ええ、神馬さんの言う通りです。
祖母と稲村さんは、この後、交際します」
「でしょうね。
お礼を言わなければ―と、書いてあるんだから、助けてくれた男性に一回は会うつもりだったんだし。
ところで、白銀さん。
気になるページをスマホで撮影してもいいですか?
調査に必要になるかもしれないので」
「どうぞ」
アスカさんが、スマホを取り出し、そのページを撮影した。
ページをめくり
「ちなみに、稲村さんの個人情報が、こちらです」
覗き込むと、稲村浩一と書かれている。
「稲村さんは、生年月日を見ると―
白銀会長と同い年ですね。
で…C大法学部法律学科・2年生と書いてあります。
ああ、なるほど―。
だから、白銀会長は、お二人の交際に反対してるんですね?」
「だからって?
どうして、白銀会長が交際に反対するの?」
「マモルくんは、ホントに女性の気持ちが分かってないね。
白銀さんの曾祖父は、稲村浩一さんじゃないってこと」
「白銀会長と稲村さんの交際はうまくいかなかった―」
「たしかに、私の祖父は全くの別人です」
「でもさぁ―
自分が大学生のころ、恋愛がうまくいかなかった。
だからって、大学生の孫に口出しし、交際を反対するのも変じゃない?」
一度しか会ってないが、江本くんは好青年に見えた。
「稲村さんとの交際が、よほど、うまく行かなかったんでしょ。
しかも稲村さんは、C大の法学部・法律学科」
「ああ、江本くんも同じか。
白銀会長も、あなたも白薔薇女子大。
つまり―自分たちの交際と孫娘の交際が、同じに見えてしまった」
二重写し―
鷹宮探偵事務所の調査で、アスカさんと山に登ったことがある。
そのとき、熟年夫婦に出会った。
熟年夫婦は、ボクたちを恋人と間違えたが、訂正しなかった。
あの熟年夫婦は、ボクたちを見てたんじゃない。
自分たちの若いときを見ていたから。
「これが、稲村さんです」
白銀さんが、ページをめくると男性の写真が、セロテープで貼り付けてある。
セロテープは、かろうじて、その責務をまっとうしている感じ。
数年後には、力尽きてしまいそうだ。
「ずいぶんと古い写真で、日に焼け、色あせちゃってますが―
顔は分かりますね」
と、スマホで写真を撮る。
「では、続きを読みましょう。
アガサ・クリスティーの小説は、結末が分かっていてもおもしろい。
この日記だって、悲恋という結末が分かっていても、リアルな人生だから、きっとエキサイティングだよ」
と、アスカさんにしては珍しく、少し不謹慎なことを言った。




