第3話 三千坪のお屋敷へ
透明なグラスを手に、アイスティーを口にする。
さっきまで4人いた席に、ボク1人しかいない。
夏休み直前なので、キャンパス内のカフェは空席だらけだ。
ボク1人が居座っても、誰も迷惑しないだろう。
で―
迷惑しているのは、ボク1人だ。
だが―
やはり、協力を断りにくい。
―愛は、尊くて貴重だよ―
―大切なのは、愛でしょ―
アスカさんは、愛と言った。
断じて、恋愛とは言ってない。
あれからアスカさんと付き合ってきて(断じて、恋愛の意味での―付き合ってきて―じゃない!)、気づいたことがある。
意外と、言葉のチョイスは、正確なのだ。
クラスメイトのカズヤに、この話をしたら
「お前もついに、神馬さんに愛が芽生えたか」
と、意味不明なことを言われた。
カズヤが言った愛は、恋愛。
だが、変態女子大生に恋愛感情が芽生えるはずもないので、単なる分析結果。
そして、今回、アスカさんが言った愛は、恋愛ではない。
じゃあ、どんな愛か?
―家族愛―だと思う。
―子どものころ、両親とも死んじゃった。
私、施設育ちなの―
これが、アスカさんと初めて話した時に聞いたこと。
内容が内容だけに、これ以上のことは聞いていない。
だが―
施設に行ったのだから、祖父母は引き取らなかった。
アスカさんの両親が亡くなったとき、祖父母は亡くなっていたかもしれない。
祖父母が生きていたとしても、なにかの理由で祖父母は、アスカさんを引き取らなかった。
家族愛の欠落。
人間は、自分と同じ境遇に同情しやすい。
ボクは六本木さんのような美人で大人の女性が好みだが、大多数のクラスメイトにとって、アスカさんはアイドルらしい。
言い方は悪いが、アスカさんは、交際相手を選び放題。
―私と祖母は、もともと仲が良かったのですが―
アスカさんが言った愛は、祖母との愛だろう。
江本くんと交際したせいで、仲の良かった祖母とうまくいかなくなった。
アスカさんは、白銀家の家族愛が壊れ、消滅しかかっているのを助けてあげたい。
数ヶ月、アスカさんの探偵助手として引きずり回されたので、これくらいの推理はできるようになった。
だから―
断りにくい。
グラスに視線を落とす。
氷だけが残っているが、もうグラスには光がキラキラと反射していない。
視線を上げ、ガラス張りを見ると、外はさっきまでとは違い、日光は力を失っていた。
いつのまにか、空は仄暗い雲に覆われていた。
――――
「うひゃー。
こりゃ、すごい」
門前に立ったボクは、間抜けな声を出してしまった。
「三千坪あるらしいよ」
「都内に三千坪!?
さすがガチの財閥は違うね」
白銀家のお屋敷を眺めようとしたら、首がもげそうになった。
ゴゴゴゴゴゴゴー。
鉄扉が自動で開く。
本物の財閥では、門すら厳かであるらしい。
いや、防犯のため、重い鉄の扉にしているのかもしれない。
白銀さんが手を振りながら、こっちに走ってくる。
「お待ちしてました!
どうぞ、お入りください!」
財閥のご令嬢にしては、ノースリーブのシャツとラフな格好だった。
ただし、シャツは白色。
白薔薇女子大に通い、白色のトップスやシャツを着る。
白銀さんにとって、白がラッキーカラー?
そんなことを考えながら、白銀さんについていき、洋館に入った。
いきなり目に入ったのは、豪華なシャンデリア。
屋内でも、思わず見上げてしまう。
「白銀家だけに、シャンデリアも白いんですね」
隣のアスカさんが
「シャンデリアって普通、白いでしょ?」
と、首をかしげる。
「アスカさん、シャンデリアを見たことあるの?」
「ないけど、一般常識でしょ?」
そんなやり取りを聞いているのか、聞いていないのか、白銀さんは廊下をドンドン進んでいく。
だからボクたちも付いて行くが、その廊下がまた大きいのだ。
歩きながら、思わずキョロキョロしてしまう。
廊下が大きいだけではなく、左右に並ぶ扉も大きい。
部屋もきっと大きいのだろう、なんて思っていると扉が開いている部屋が一つあった。
四人のメイド姿の女性が、テーブルを拭いたり、掃除機をかけたり、せわしなく動いている。
「メイドさんって、メイドカフェ以外にもいるんだ!」
「メイドカフェに行ったことあるの?
マモルくんって、ああいうのが好きなんだ」
「行ったことないけど、一般常識でしょ?」
白銀さんが振り向き
「お二人って、おもしろいですね」
はぁ?―と、言うわけにもいかず
「そうですかねぇ」
と、答えておく。
「ええ、とても」
白銀さんは、顔を前に戻し、また歩き出す。
どうも、お金持ちの発想は、ボクの理解を超越している。
お屋敷が大きすぎるのか、まだ目的の場所に着かないらしい。
無言に気まずさを感じ、話題を振る。
「メイドさんがいるってことは、執事さんもいるんですか?」
「はい」
「もしかして、黒い服を着て、白い手袋をしているんですか?」
「二階堂さん、よく分かりましたね。
それが、ユニフォームです」
まさかの正解。
「良かったじゃん。
アスカさんの大好きな、イケメン執事カフェみたいで」
「イケメン執事カフェ?
そんなのあるの?」
「一般常識でしょ?」
今度は、振り向かず
「やっぱり、お二人はおもしろいですね。
ああ、ここです」
太く長い廊下の突き当たり。
「今日、他の白銀家の人たちは、仕事してます。
白銀家でこの屋敷にいるのは、私だけです。
だから安心してください」
と、言いながらポケットからカギを出す。
アスカさんが
「白銀さんは、私と同じで一人っ子なの」
と、小さな声で教えてくれた。
いや、それより―
誰もいないので安心しろってことは、見られたらマズいってことでは?
カギを開けた白銀さんが、振り向き、笑顔で言う。
「さあ、どうぞ」
この部屋には何があるのだろう?




