EP 5
新商品発表会前夜の密室スキンケア。極秘帰還した過保護CEOによる、甘すぎる『品質検査』です
新商品発表会を明日に控えた、深夜のポポロ村。
キャルルさんとコハクが寝静まった後、私は自室の鏡台の前に座り、ふうっと深い安堵のため息をついた。
「プレゼン用の資料(監査報告書)の最終チェックも完了。ゴルドの横領の証拠も、全て完璧な論理でまとめ上げました。……これで明日の勝負は、私の完全勝利で終わります」
私は凝り固まった肩をトントンと叩きながら、手元に置いた『魔法ガラスの小瓶』を見つめた。
ガンツ親方の魔導窯で製造された、透明度抜群の美しいガラス瓶。その中には、私たちが開発した最高級魔法スキンケアの完成品――『星雫の美容液』が、とろりと神秘的な輝きを放っている。
「さて。明日、完璧なコンディションで登壇するために……私も最終的なセルフケア(品質確認)をしておきましょうか」
私はぬるま湯で顔を洗い、すっぴんの状態で鏡の前に戻った。
小瓶の蓋を開けると、爽やかなハーブと柑橘系の香りがふわりと部屋に広がる。
「……良い香り。これなら、王都の厳しい貴族令嬢たちの嗅覚も間違いなく満たせるはず――」
私が手のひらに数滴の美容液を落とそうとした、まさにその瞬間だった。
「――本当に、君という女性は。私がいない間、少しも休んでいなかったようだな」
背後から、低く、甘く、そしてひどく聞き慣れたバリトンボイスが降ってきた。
ビクッ!と肩を震わせて振り向くと、そこには。
「しゃ、社長……っ!?」
漆黒の外套を纏った氷の魔王、アレクセイ様が、音もなく私の背後に立っていた。
王都へ出張に行っていたはずの彼が、なぜここに。しかも、私の部屋の扉はしっかりと施錠されていたはずなのに。
「な、なぜここに!? 王都でのデューデリジェンス(事後処理)は、少なくとも一週間はかかると……!」
「ああ。君に会いたいという欠乏症(エネルギー不足)が限界に達したのでな。無能な官僚どもを少しばかり物理的に脅し……いや、指導して、全行程をマッハで終わらせて帰還した」
「コンプライアンスはどうなっているんですか! 絶対また王宮を氷漬けにしたんでしょう!?」
私が慌てて立ち上がろうとすると、アレクセイ様の大きな手が私の肩を優しく押し留めた。
「座ったままでいい。……それにしても、君のあの見事な『裏帳簿』の分析と、明日の反撃計画。窓の外から見せてもらったが、最高に美しく、恐ろしかったぞ」
「えっ……ま、窓の外から……?」
「ああ。君が自らの手で悪党を追い詰める完璧なロジックを組み上げる姿に、私は狂おしいほどの愛おしさと、深い敬意を抱いた。……やはり君は、私の最高の共同経営者だ」
アレクセイ様はそう言って、甘く微笑んだ。
その瞳には、私を庇護すべき弱い存在としてではなく、対等に戦うパートナーとして認めてくれている、真っ直ぐな信頼の光が宿っていた。
「……社長」
彼のその言葉に、私の胸の奥がキュンと甘く締め付けられる。
ただ守られるだけでなく、私の仕事を理解し、尊重してくれる。こんなハイスペックなヒーローに全肯定されて、ときめかない女性などいるはずがない。
「ですが、私はまだ君に罰を与えなければならない」
「ば、罰、ですか……?」
アレクセイ様はスッと目を細め、私の手から『星雫の美容液』の小瓶をそっと奪い取った。
「私が『無理をするな』と言い残したのに、君は徹夜で新規事業を立ち上げ、危険な潜入調査まで指示していた。……立派な就業規則違反だ」
「うっ……そ、それは、納期が迫っていたためで……」
「言い訳は聞かない。……よって、今夜の君のセルフケア(品質検査)は、私が直々に担当する」
アレクセイ様はそう宣言すると、外套を脱ぎ捨て、黒革の手袋を優雅な仕草で引き抜いた。
そして、小瓶から数滴の美容液を、自らの大きくて形の良い手のひらに落とした。
「ま、待ってください社長! スキンケアは自分で――ひゃっ」
抗議しようとした私の言葉は、頬に触れた彼の冷たい指先によって強制終了させられた。
氷の魔王である彼の体温はいつもひんやりと冷たいはずなのに、美容液を馴染ませるその指先からは、火傷しそうなほどの熱が伝わってくる。
「……目を閉じろ、ヒカリ」
逃げ場のない甘い命令。
私は逆らうことを諦め、ギュッと目を瞑った。
アレクセイ様の大きな手が、私の頬を包み込む。
親指が目元からこめかみへと滑り、中指と薬指が頬のラインを優しく、円を描くように撫でていく。
極上の美容液が、彼の手のひらの熱(魔力)によって、肌の奥深くまで急速に浸透していくのが分かった。
「……君の肌は、本当に柔らかくて、温かいな。まるで、極上のシルクに触れているようだ」
「んっ……しゃ、社長……ちか、近いです……」
耳元で囁かれる甘い吐息と、シガーの微かな香りに、私の理性が溶けそうになる。
彼の指先は、頬から顎のラインへ、そして無防備に晒された私の首筋へと滑り降りていった。
「あっ……」
「……疲れているな。首から肩にかけての筋肉が張っている。デスクワーク(書類仕事)のしすぎだ」
アレクセイ様の指が、首筋から鎖骨のくぼみへと押し当てられ、絶妙な力加減でリンパを流していく。
美容液の潤いと、彼の手技による至福の心地よさ。
けれど、それ以上に、彼に『触れられている』という事実が、私の心拍数を異常な数値(ストップ高)へと押し上げていた。
「し、社長……もう十分です……保湿の枠を完全に超えています……っ」
「まだだ。成分が完全に浸透するまで、この『品質検査』は終わらない」
アレクセイ様の顔がさらに近づき、彼の唇が私の耳殻をかすめた。
「……君が私の目の届かないところで、どれほど見事に立ち回ったか。私はそれを誇りに思うと同時に、君をこの腕の中に閉じ込めてしまいたいという猛烈な独占欲と戦っていたんだ」
「……っ」
「明日の舞台、私は手を出さない。君自身の力で、あの下劣な悪党に引導を渡すがいい。……だが、今日この瞬間だけは、君を私だけのものにさせてくれ」
首筋に回されていた彼の手が、私の後頭部を引き寄せる。
私はゆっくりと目を開け、至近距離にある青い瞳と視線を絡ませた。
そこには、全てを溶かし尽くすような深い愛情と、途方もない熱量が渦巻いていた。
「……本当に、社長は不器用で、重たくて……最高のパートナーです」
私は観念したようにふわりと微笑み、彼への信頼と、少しの甘えを込めて、その広い肩にそっと手を回した。
「明日の私の晴れ舞台……絶対に、特等席で見ていてくださいね」
私がそう告げた瞬間、アレクセイ様の瞳が爆発的な歓喜に染まった。
「ああ。瞬きすら惜しんで、君の姿を目に焼き付けよう」
そして、熱を持った彼の唇が、私の唇を塞いだ。
美容液のハーブの香りと、彼の甘いミントの香りが混ざり合う。
それは、ただの慰労やご褒美ではなく、共に戦うパートナーとしての深い誓いと、ヤンデレ気味なCEOの限界突破した独占欲が込められた、甘く、深い『品質検査』だった。
「んっ……ぁ……」
彼の腕に抱きすくめられ、私の思考回路は完全にシャットダウンしていく。
肌は美容液で極上の潤いを保ちながら、私の心臓は彼への高鳴りで張り裂けそうになっていた。
――こうして、極秘帰還した過保護CEOによる、糖度MAXの『密室スキンケア(残業)』は、夜が更けるまでたっぷりと続けられた。
翌朝。
完璧なスキンケアと、彼からの莫大な愛情を補給され、かつてないほどの輝きとオーラを放つ私は。
いよいよ、南部の運命を決める『新商品発表会(ゴルド公開処刑の舞台)』へと、堂々と出陣するのである。
読んでいただきありがとうございます。
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