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EP 7

悪徳企業の徹底的なM&A(買収)と、過保護CEOの次なる包囲網、そして新たな巨大市場ライバルの影

 王都の大舞踏会場を震撼させた、氷の魔王による『絶対的所有権(婚約)』の公開宣言から一夜明けた翌日。

 私は南部の限界集落――もとい、急成長中の直轄事業所サテライトオフィスであるポポロ村へと無事に帰還し、いつもの機能性重視の地味なスーツ姿でデスクに向かっていた。

「……ふぅ。これでようやく、通常の業務フローに戻れますね」

 私は温かいハーブティーを一口すすり、気を引き締めて未処理の決算書類の山へと手を伸ばした。

 ――しかし。私のパーソナルスペース(デスク周り)は、すでに『通常』とは程遠い惨状を呈していた。

「きゅぅ〜っ! ヒカリ、この東方産の最高級メロン、甘くてとろけるのですよ! こっちの特大マカロンタワーも最高なのですよ!」

「ちょっとコハク、食べこぼしを書類に落とさないでよ! それにしてもヒカリちゃん、このデスクの上に山積みになってる『宝石箱』と『東方貿易船の権利書』は何!? これ全部、社長からのプレゼント!?」

 特任隊長のキャルルさんが、私のデスクを占拠する山のような贈答品を見て、ウサギ耳をピンと立てて目を丸くしている。

「……ええ。今朝出社したら、アレクセイ様が『婚約のささやかな手付金だ』と言って置いていかれました。完全に経費の無駄遣い(オーバーコンプライアンス)です。後で全て公爵家の資産運用ファンドに組み入れておきます」

 私はため息をつきながら、書類の端に『社長の暴走対策費』という新たな勘定科目を書き加えた。

 あの大立ち回り(炎上騒動)の後、王都の貴族たちの間では「ヴァルトブルク公爵閣下が、ついに運命の伴侶を見つけた」「その美貌と知略は、まさに女神の再来」などという、尾鰭に背鰭までついた噂がマッハの速度で拡散しているらしい。

「それにしても、あのエルヴィラとかいう縦ロール女、完全に自業自得ゲームオーバーだったねぇ。昨日の夜のうちに近衛騎士団に連行されて、違法魔道具の使用と国家反逆未遂でしょっぴかれたよ」

 キャルルさんが、安全靴を机の端にコツンとぶつけながら笑う。

「彼女の実家であるローゼンベルク侯爵家も、今頃は大パニックでしょうね」

 私は羽ペンを回しながら、冷徹なコンサルタントの顔へと切り替わった。

「ローゼンベルク侯爵家は、長年にわたる放漫経営と過剰な設備投資(見栄のための浪費)で、莫大な負債を抱えていました。そこに今回の、我が公爵家への『敵対的買収(アレクセイ様への強引なアプローチと私への攻撃)』未遂です」

 私は手元の『ローゼンベルク領解体計画書』をパラリと捲った。

「売られた喧嘩(不当競争)には、合法的な報復(経済制裁)で応じるのがビジネスの鉄則です。私は昨夜のうちに、王都の主要銀行に圧力をかけ、彼らの抱える債権(借金)を全てヴァルトブルク公爵家で安値で買い叩きました(債権譲渡)」

「ひえっ……ヒカリちゃん、怒らせると社長よりえげつない……」

「そして今朝、債権者としての正当な権利を行使し、彼らの領地が保有していた『主要な物流ルート』と『優良な魔石鉱山』だけを、我が公爵家の事業として吸収合併(カーブアウトM&A)しました。残った不良債権と無能な経営陣(侯爵一家)は、そのまま破産手続きへと移行します」

 競合他社による悪質な妨害工作は、こうして私の手(合法的なビジネススキーム)によって、わずか半日で完全に解体・吸収されたのである。

 ちなみに、主犯格のエルヴィラは、身分を剥奪された上で、北部の厳格な修道院にて『精神を鍛え直すための労働奉仕(事実上の強制労働)』に従事させられることが決定している。完璧なリスク排除ざまぁの完了である。

「……私の有能な共同経営者(婚約者)は、今朝も素晴らしい手腕を発揮しているようだな」

 不意に、オフィスの扉が開かれ、アレクセイ様が優雅な足取りで入ってきた。

 昨夜の夜会服から、公爵軍の漆黒の軍服へと着替えているが、その圧倒的な美貌と威圧感は健在だ。ただ、私に向ける視線の温度だけが、周囲の空気を溶かしそうなほどに甘く、熱い。

「社長。おはようございます。ローゼンベルク家のM&A処理は完了しました。これでポポロ村の流通ネットワークは、さらに強固なものになります」

「あのような三流貴族の始末など、どうでもいい。……それよりもヒカリ、昨夜はよく眠れたか? 無理はしていないか? もし少しでも疲労が残っているなら、今日の業務は全てストップし、私の膝の上で休むといい」

 アレクセイ様はずんずんと私のデスクまで歩み寄ると、私の背後からふわりと抱きつき、うなじに熱い吐息を落とした。

「ひゃっ……!? しゃ、社長! 今は就業時間中です! キャルルさんもコハクも見ていますから、離れてください!」

「構わん。我が社の就業規則には『CEOは婚約者から十分な精神的充足ハグを得る権利を有する』と明記してある」

「そんな公私混同のコンプライアンス違反、いつの間に改定したんですか!?」

 私が真っ赤になって抗議するものの、氷の魔王の強靭な腕はピクリとも動かない。

 昨夜の密室面談(ご褒美)を経て、ただでさえ重かった彼のヤンデレ包囲網は、完全にタガが外れ、息をするように私を甘やかし、独占しようとしてくるようになった。

「ヒカリちゃん、アタシたちは外周の警備パトロールに行ってくるッス! ゆっくりやっててね〜!」

「きゅいっ! お邪魔虫は退散するのですよ! ごゆっくりなのですよ〜!」

「ああっ、二人とも裏切り者ぉっ!」

 気を利かせた(逃げ出した)仲間たちがマッハで退室していくのを見送りながら、私はアレクセイ様の広い胸にすっぽりと収まったまま、深くため息をついた。

「……本当に、社長の過保護には困ったものです」

「困っている顔には見えないが? 君の心拍数は、私の腕の中で心地よく跳ねている」

「それは……不可抗力です。貴方の顔が良すぎるのが原因(リスク要因)です」

 私が負け惜しみのように呟くと、アレクセイ様は楽しげに喉の奥で笑い、私の額に優しいキスを落とした。

「ヒカリ。君が私に与えてくれる莫大な利益(幸福)に比べれば、私が君に注ぐ愛情など、まだほんの初期投資に過ぎない。……覚悟しておけ。君の一生を、私の愛で完璧に包み込んでみせる」

 その重すぎる誓いの言葉に、私はただ、真っ赤な顔で頷くことしかできなかった。

 私の労働環境は、世界一厳しく、そして世界一甘い絶対領域として、見事に完成されたのである。

 ***

 一方その頃。

 平和で甘々な空気に包まれるポポロ村から遠く離れた、王都の高級滞在施設スイートルームにて。

「……なるほど。あの『星空の淑女』の正体は、ヴァルトブルク公爵が囲っている『平民上がりの有能なコンサルタント』だったというわけか」

 豪奢なソファに深く腰掛け、一枚の報告書を眺めながら、妖艶に微笑む一人の男がいた。

 波打つような長い銀髪に、人を射抜くような金色の瞳。

 大陸最大の経済力と軍事力を誇る超大国、『ルナミス帝国』の第一皇太子、ルシアンである。

 彼は昨夜の仮面舞踏会に、身分を隠して出席していた。

 そして、会場の隅でただ一人、周囲の華やかな貴族たちには目もくれず、真剣な眼差しで『照明の魔石の数』や『料理の原価』を計算していた奇妙で、そして誰よりも美しい令嬢から、目が離せなくなっていたのだ。

「あの氷の魔王アレクセイが、公衆の面前で激しい独占欲を露わにするほどの女……。それに、たった一晩で敵対した侯爵家を合法的に解体・吸収するほどの、冷徹で完璧なビジネス手腕」

 ルシアン皇太子は、ワイングラスの中で紅い液体を揺らした。

「素晴らしい。我がルナミス帝国の広大な市場を統べるに相応しい、最高の『頭脳』と『美貌』だ。……辺境の公爵家風情に独占させておくには、あまりにも惜しい優良資産ヒカリだな」

 皇太子の金色の瞳が、獲物を狙う鷹のように鋭く細められる。

「おい。早急に南部視察団(使節)の編成を急げ。……名目は『ポポロ村の新規事業に対する、帝国からの大型技術提携ジョイント・ベンチャー』だ」

「はっ、直ちに手配いたします、殿下!」

 控えていた従者が一礼して退出すると、ルシアンは窓から南の空を――ヒカリがいるであろう辺境の空を見つめ、嗜虐的な笑みを浮かべた。

「待っていろ、美しきコンサルタント。君のその優秀な頭脳を、この私(帝国)が莫大な資本で『TOB(敵対的買収)』してやろう」

 氷の魔王の完全包囲網の中で幸せな残業をこなすヒカリのもとへ、かつてないほどの巨大な資本力と権力を持つ『新たな市場ライバル』の影が、すぐそこまで迫りつつあった。


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