EP 5
氷の魔王による論理的完全論破は、競合他社の企業価値をゼロに叩き落とします
(……あ、あ、あああああっ!! 間違いない、この絶対零度の威圧感、そしてこの重すぎる独占欲! 謎のVIP紳士の正体は、うちの過保護CEO(アレクセイ様)じゃないですか!!)
私の背中を庇うように立ち塞がった、漆黒の夜会服の背中。
そこから放たれる極寒の魔力を肌で感じながら、私は漆黒の仮面の下で顔面からサァァァッと血の気が引いていくのを感じていた。
(ど、どうして社長がここに!? 王族への挨拶回り(トップ営業)はどうしたんですか! ……というか私、ついさっき、このご本人の前で『コンプライアンスの欠如したヤンデレ暴君』とか悪口言いましたよね!? でも『彼の不器用な優しさに甘えている』とも……っ!)
私が盛大な情報漏洩(自爆)の事実に気づき、一人で羞恥心と冷や汗のオーバードーズを引き起こしている間にも、事態は待ってくれない。
「な、なによ……っ。急に冷気が……!」
目の前で風魔法を氷漬けにされ、完全に動きを封じられたエルヴィラが、ガチガチと歯の根を鳴らしながら後ずさった。
しかし、彼女の肥大化したプライド(自己評価)は、まだ目の前の絶対的強者の正体に気づいていなかった。
「あ、あなた、どこのどなたか存じませんけれど! 私を誰だと思っているの! ローゼンベルク侯爵家の長女、エルヴィラよ! そんな得体の知れない泥棒猫を庇うなんて、投資先を間違えているわ! 私のような完璧なスペック(血統と美貌)を持つ淑女こそが、あなた様の隣に――」
「黙れ。空気が汚れる」
ピシャリ、と。
アレクセイ様(紳士)の声が、バルコニーの空気を物理的に凍結させた。
「……完璧なスペックだと? 笑わせるな。ローゼンベルク侯爵家といえば、直近三年間の領地経営における利益率は右肩下がり。父親の放漫経営によって負債比率は危険水域に達している不良債権ではないか。……そんな沈みかけの泥舟の令嬢が、どの口で自らの資産価値を語る?」
「なっ……!? な、何を根拠に……!」
エルヴィラの顔が、屈辱と驚愕で真っ赤に染まる。
(す、すごい……。アレクセイ様、いつの間にローゼンベルク侯爵家の財務状況(BS/PL)をそこまで調べ上げていたんですか……。完全にデューデリジェンス(企業価値評価)が完了しています)
私は背後から、うちの社長の恐るべき情報網に戦慄していた。
「血統という過去の遺産にすがり、己の努力は一切せず、他者を貶めることでしか承認欲求を満たせない。あまつさえ、社交の場において他者の会話に割り込むという、初歩的なビジネス・マナー(礼節)すら欠如している」
アレクセイ様は一歩、エルヴィラへと歩み寄った。
その一歩ごとに、バルコニーの床面に美しい氷の結晶が咲き乱れていく。
「君の能力、知性、人間性、そしてその下品に飾り立てた外見……全てにおいて、私の隣に立つ基準(要求スペック)を満たしていない。君のような三流以下の女に、私のリソース(時間)を1秒たりとも割く気はない。今すぐ私の視界から消えろ」
一切の感情を排した、氷の刃のような冷酷な事実の羅列。
これぞまさに、氷の魔王による『論理的完全論破』である。
「あ……ああ……ッ」
エルヴィラは、誇りも尊厳も粉々に打ち砕かれ、その場にへたり込みそうになった。
しかし。
あまりにも完璧な論破(社会的抹殺)は、時に相手の理性を完全に焼き切ってしまう。
「ふざ……ふざけるなァァァァッ!!!」
エルヴィラの目が、狂気に血走った。
恥をかかされたことによる逆上。彼女は自らのドレスの胸元から、禁制品である『魔力増幅のスクロール(魔道具)』を引き剥がした。
「私をコケにして……っ! 絶対許さない! お前も、その後ろにいる小癪な女も、まとめて吹き飛べぇぇぇっ!!」
スクロールが破られ、膨大な、そして極めて不安定な暴風の魔力がバルコニーに吹き荒れる。
カクテルテーブルが吹き飛び、ガラス扉がビリビリと悲鳴を上げた。舞踏会場の中から、異常事態に気づいた貴族たちが「なんだ!?」「バルコニーで何事だ!」とワラワラと集まってくる。
「社長っ! あれは違法魔道具です、危険――」
「ヒカリ、私の背から離れるな」
私が警告を発するよりも早く。
アレクセイ様は、私を片腕で背後に庇ったまま、ただ静かに右手を前にかざした。
「その程度の粗悪品で、私の宝に傷をつけられるとでも思ったか?」
――パチンッ。
彼が指を鳴らした瞬間。
世界から、一切の音が消えた。
「え……?」
エルヴィラが放った暴風の魔力が、私とアレクセイ様に到達する数メートル手前で、まるで時間が停止したかのように『空中で氷結』したのだ。
風そのものを凍らせるという、物理法則を完全に無視した規格外の魔法。
「ひっ……!? バカな……風が、凍る……?」
「これが、君と私との絶対的な資本力(魔力)の差だ。……二度と、私のヒカリにその汚い視線を向けるな」
パァァァァンッ!!
凍りついた暴風が、細かなダイヤモンドの粉末となって弾け飛んだ。
その凄まじい魔力衝突の余波(衝撃波)が、バルコニーを吹き抜ける。
「きゃあっ!」
私はとっさに顔を手で覆った。
強風が、私の結い上げていた髪を解き、そして――私の顔を隠していた『漆黒の仮面』の紐を、ぷつりと断ち切った。
カラン、と。
乾いた音を立てて、私の仮面が床に落ちる。
同時に、衝撃波を正面から受けたアレクセイ様の仮面にもヒビが入り、真っ二つに割れて足元に崩れ落ちた。
「あ……」
風が止み、静寂が戻ったバルコニー。
雲が晴れ、明るい月光が私たちの姿をくっきりと照らし出した。
集まってきた数十人の貴族たちの前で、私たちの『素顔』が完全に晒されたのだ。
「あっ……あれは……っ!」
「ヴァルトブルク公爵閣下!? な、なぜあのような仮面を……!?」
「ま、待て、その後ろにいる女性は……まさか、あの南部の開拓事業を取り仕切っているという、平民上がりの……!」
貴族たちが一斉にどよめいた。
彼らの視線は、冷酷な美貌を露わにした氷の魔王(アレクセイ様)と、そして、仮面の下から現れた私の素顔に釘付けになっていた。
コハクの幻惑魔法と、キャルルさんのマッハ・スタイリングによって極限まで引き出された私の美貌。星空のドレスを纏い、ほどけた髪が風に揺れるその姿は、自分で言うのも何だが、周囲の貴族たちを息の根が止まるほど魅了してしまっていた。
「う、うそ……」
へたり込んでいたエルヴィラが、私の顔を見て絶望に染まった声を漏らす。
「あなたが……ヒカリ……? あの、土埃まみれの平民女が……こんな、こんな神々しいほど美しいなんて……っ」
圧倒的な事実(現実)の前に、エルヴィラは完全に白目を剥き、その場で気絶して崩れ落ちた。
競合他社による悪質な買収工作(略奪)は、これにて完全に鎮圧されたのである。
(あ、あああ……終わりました。私のステルス作戦(定時退社)が、完璧に崩壊しました……ッ)
私は周囲からの刺さるような視線に耐えきれず、顔を手で覆いたくなった。
身分を隠しての潜入調査どころか、公爵閣下ご本人と一緒に、舞踏会で最も派手な大立ち回り(炎上案件)を引き起こしてしまったのだ。明日の王都の経済新聞は、このスキャンダルで持ちきりになるだろう。
「……ヒカリ」
不意に、強い力が私の腰を引き寄せた。
振り返ると、仮面を失い、その息を呑むほど美しい素顔を晒したアレクセイ様が、私を正面からきつく抱きしめていた。
「しゃ、社長! 皆が見ています、離れて……!」
「離すものか。……君が悪いのだぞ。仮面の下の君の素顔が、私の想像を遥かに超えて……狂おしいほどに美しかったから」
アレクセイ様は、私の耳元で熱く掠れた声を漏らすと、集まった貴族たち――いや、この場にいる全ての者たちへ向けて、王者のような威厳に満ちた声で宣言した。
「よく聞け、王都の有象無象ども!!」
その声には、微かな魔力が込められ、大舞踏会場の隅々にまで響き渡った。
「ここにいるヒカリは、私、アレクセイ・フォン・ヴァルトブルクの唯一無二の共同経営者(婚約者)であり、私の全てだ!」
「こ、婚約者……ッ!?」
貴族たちから、悲鳴のような驚きの声が上がる。
「今後、彼女の事業を妨害する者、彼女を身分で侮辱する者……そして何より、彼女に指一本でも触れようとするオスがいれば、私が一族郎党、領地ごと永久凍土の底へ沈める。……我がヴァルトブルクの『コンプライアンス(独占欲)』を、決して見誤るな!!」
それは、実質的な『所有権(独占禁止法違反)』の絶対的な公開宣言だった。
氷の魔王の覇気にあてられ、貴族たちは誰一人として反論することもできず、ただ圧倒されて平伏するしかなかった。
「……さあ、ヒカリ」
アレクセイ様が、呆然とする私を横抱き(お姫様抱っこ)にふわりと抱え上げた。
「しゃ、社長ぉぉっ!? 下ろしてください、これは完全な職権乱用です!」
「うるさい。君は先ほど、私を『手のかかる雇用主だが、安心できる防壁だ』と言ってくれただろう? その言葉の責任(対価)は、朝までたっぷりと支払ってもらうからな」
アレクセイ様は酷く意地悪に、そして甘く微笑んだ。
(ああ、もうダメです。この過保護CEOのヤンデレ・スイッチが、完全に限界突破してしまいました……!)
私は羞恥で顔を真っ赤にしながら、彼の広い胸に顔を埋めることしかできなかった。
こうして、費用対効果(ROI)最悪の出張業務(仮面舞踏会)は、最高のカタルシスと、私にとっては最悪の『強制残業(甘々なお仕置き)』という結果を以て、幕を閉じるのだった。




