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EP 4

夜のバルコニーにおける情報漏洩(無自覚な本音)は、過保護CEOの独占欲を限界突破させます

 熱気と喧騒に包まれた大舞踏会場から一歩外へ出ると、夜のバルコニーにはひんやりとした秋の夜風が吹き抜けていた。

 眼下には王宮自慢の広大な薔薇園が月明かりに照らされ、静寂が私たちの周囲をすっぽりと包み込む。

「ふぅ……。素晴らしい空調管理(自然の風)ですね。会場内の熱気で少しオーバーヒート気味でしたから、助かりました」

 私が漆黒の仮面の下で小さく息を吐くと、隣に立つ謎の紳士(超大型VIP)が、ウェイターから受け取った冷たいフルーツウォーターのグラスを私に差し出した。

「踊り疲れただろう。喉を潤すといい」

「お気遣い痛み入りますわ。……うん、美味しい。最高級の柑橘類と、微細な『氷の魔石』で絶妙な温度管理がされていますね」

「君は本当に、何を見ても評価(査定)を下さずにはいられないのだな」

 紳士は可笑しそうに肩を揺らし、自らもグラスに口をつけた。

 彼がグラスを傾けるたびに、鍛え抜かれた首筋のラインが月明かりに浮かび上がり、その圧倒的な色気に、私は思わずコンサルタントとしての冷静さを失いそうになる。

(いけません、ヒカリ! 相手は他国の王族か、グローバル企業のトップ。この数分間のネットワーキング(雑談)が、将来の巨大プロジェクト(数百億円規模)に繋がるかもしれないのです。気を引き締めなさい!)

 私が内心で自らにビンタを張って気合を入れていると、紳士がバルコニーの手すりに寄りかかり、ふと声を落として尋ねてきた。

「……さて。先ほどの話の続きだが。君がそれほどまでに忠誠を誓う『手のかかる雇用主』とやらについて、少し教えてはくれないか?」

 その声は、ただの世間話にしては妙に低く、獲物を探るような鋭い響きを含んでいた。

 本来であれば、社内の情報(ボスの性格や経営手法)を他社の人間に漏らすのは、NDA(秘密保持契約)違反にあたる。

 しかし、ここは王宮のバルコニー。相手も身分を隠しているし、私も仮面を被っている。少しくらいの愚痴(ガス抜き)なら許されるだろう。

「そうですね……一言で言えば、『コンプライアンスの概念が完全に欠如したヤンデレ暴君』ですわ」

「……暴君」

 紳士の肩が、ピクリと不自然に跳ねた。

「ええ。まず、私が残業(徹夜)をしようとすると、オフィスの扉を物理的に分厚い氷で塞いで軟禁してきます。取引先が少しでも私に無礼な態度をとると、交渉のテーブルごと絶対零度で粉砕しようとします。さらには、事あるごとに私を膝の上に乗せて書類仕事(二人三脚)を強要し、福利厚生と称して高価な宝石を強引に支給してくるんです」

 私は日頃の鬱憤を晴らすように、堰を切ったように語り続けた。

「現代の基準(労働基準法)で言えば、完全に一発アウトです! パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、そして独占禁止法違反の役満ですよ! 本当に、あの過保護っぷりにはいつも頭を抱えているんですから」

「……」

 紳士は無言だった。

 仮面の下の表情は読み取れないが、心なしか彼から漂うオーラが、先ほどよりも数度下がった(冷え込んだ)ような気がする。

 私は「あっ、他社のトップに自社のボスの悪口を言い過ぎましたか」と少し反省し、慌てて言葉を継いだ。

「で、ですが! 私が彼の下で働き続けているのには、明確な理由メリットがあるんです」

 私は手すりから夜空の月を見上げ、ふっと自然な笑みをこぼした。

 仮面の下の、営業スマイルではない、私自身の心からの微笑みを。

「彼は不器用で、手段が極端すぎるけれど……私が提示した事業計画(無謀な提案)を、ただの一度も否定したことがありません。『君がやりたいならやれ。責任は全て私が取る』と、無限の資本バックアップを与えてくれるんです」

「……」

「それに……私が本当にピンチの時は、絶対に、何があっても駆けつけて守ってくれる。彼のその『絶対的な力』と『重すぎるほどの愛情』は、私にとって、世界で最も安心できる防壁(心理的安全性)なんです」

 胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。

 氷の魔王と呼ばれるアレクセイ様。彼の冷たい魔力は、私にとっては誰よりも温かい『居場所』になっていたのだ。

「正直に言うと……彼のあの過保護な囲い込み(ヤンデレ包囲網)に、私自身、少し甘えてしまっている部分があります。彼がいない出張なんて、今は考えられないくらいに……」

 そこまで言って、私はハッとして口を噤んだ。

 (やばっ! 完全に無自覚なデレ(本音)を垂れ流してしまいました! これでは私が単なる『ボスに惚れ込んでいる社員』みたいじゃないですか!)

 顔から火が出るほど恥ずかしくなり、俯いて弁明しようとした、その時だった。

 ――ドンッ!

「えっ……?」

 気がつけば、私の背中はバルコニーの壁に押し付けられ、すぐ真横に紳士の長い腕が突き立てられていた。

 いわゆる、壁ドン(物理的な退路の遮断)である。

「ちょっ、貴方様……!? 突然何を……」

「……君という女は」

 紳士の顔が、私の顔すれすれまで近づく。

 漆黒の仮面の奥で燃える瞳は、先ほどまでの『余裕あるVIP』のそれではなかった。獲物を絶対に逃がさないと決めた、飢えた肉食獣のそれに等しい。

「他者の前で、自らの上司に対してそこまで無防備な執着(愛情)を口にするとは。……危機管理能力が欠如しているのではないか?」

「なっ、それは……っ」

「もし、君のその暴君ボスが今の君の言葉を聞けば……間違いなく、理性を吹き飛ばして君を組み敷き、二度と他の男の目に触れないよう、文字通り『一生涯の専属契約(結婚)』を強要するだろうな」

 低く、ひどく掠れた声。

 その声のトーンと、肌が粟立つほどの甘いシガーの香りに、私の脳内でようやく『ある一つの仮説』が急浮上し始めた。

(待って。この強引な距離の詰め方、所有欲にまみれたセリフ回し……それに、私の言葉を聞いてから急に機嫌が良くなった(テンションがバグった)この感じ。まさか、この人の正体って……!)

「あ、あの! もしかして、貴方は――」

 私がその『真実』を口にしようとした、まさに絶好のタイミングで。

 バァァァァンッ!!!

 バルコニーへと続くガラス扉が、親の仇のように激しく蹴り開けられた。

「見つけたわよ、この身の程知らずの泥棒猫ォォォッ!!」

 夜の静寂を切り裂く、鼓膜を劈くような金切り声。

 そこに立っていたのは、怒りで顔を真っ赤に茹で上げたエルヴィラ・フォン・ローゼンベルク侯爵令嬢と、その取り巻きの令嬢二人(あるいは屈強な護衛の騎士)だった。

「エルヴィラ様……?」

 私は驚いて紳士の腕の下から首を伸ばした。

「ふんっ! 仮面で顔を隠していても無駄よ! その殿方は、私のような由緒正しき貴族の令嬢こそが相応しい超大物! どこの馬の骨とも分からない下品な女は、今すぐその場から離れなさい!」

 エルヴィラは扇をビシッと私に突きつけ、後ろの取り巻きたちに顎で合図をした。

「さあ、お前たち! あの女を引きずり下ろして、その仮面を剥ぎ取ってやりなさい!」

「はいっ、エルヴィラ様!」

 取り巻きの二人が、悪意に満ちた笑みを浮かべて私へと掴みかかろうと突進してきた。

(ああもう、面倒な労使紛争キャットファイトの勃発ですか! 紳士の前で会社(私)のブランドイメージを落とすわけには……)

 私が防御の魔法システムプロトコルを展開しようとした、その瞬間。

『——ヒカリの邪魔はさせないのですよ』

『——アタシの会社のトップに、手ェ出してんじゃねぇ!!』

 闇の中から、二つの声が重なった。

 ヒュンッ!

 シュバババババッ!!!

 突進してきた取り巻き二人の足元に、目にも止まらぬマッハの速度で『何か』が走り抜けた。

 同時に、淡い金色の魔力がバルコニーの床を覆い隠す。

「えっ……? きゃぁぁぁぁっ!?」

「ひぶっ!?」

 取り巻き二人は、何もない平坦な床で突然「両足の靴紐を硬く結ばれた」状態になり、凄まじい勢いで顔面からすっ転んだ。

 さらに、コハクの『幻惑魔法(不可視のクッション)』によって、彼女たちの悲鳴も、床に激突する物理的な音も、見事にミュート(消音)される。

 二人は音もなくバルコニーの端の巨大な植え込みへとダイブし、そのまま白目を剥いて気絶した。

「…………は?」

 エルヴィラが、ぽかんと口を開けた。

 今、自分の目の前で何が起きたのか、彼女の動体視力では全く理解できなかったのだ。

(……さすがは我が社の特任隊長キャルルさんと、最強の神獣コハクです。見事な裏工作ステルス・サポートですね)

 私は内心で二人に特別ボーナスの支給を決定しつつ、何食わぬ顔でエルヴィラに向き直った。

「あら、エルヴィラ様。お連れの方々、突然お倒れになりましたが……過労(ブラック労働)による貧血でしょうか? 労務管理には十分お気をつけくださいね」

「な、なにを言っているの!? お前たち、早く起きなさい!」

 エルヴィラがパニックに陥り、植え込みで伸びている取り巻きたちを蹴飛ばすが、当然反応はない。

「くっ……ええい、こうなったら私自ら……ッ!」

 完全に逆上したエルヴィラが、自らの手に強力な『風の魔力』を収束させ、私の顔面(仮面)へと向けて放とうとした。

 しかし。

 彼女の魔法が発動するよりも早く、私の前にそびえ立つ紳士が、ゆっくりとその広い背中で私を庇うように立ち塞がった。

「……私の前で、私の女(部下)に危害を加えようとは」

 ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

 紳士の足元から、バルコニーの床を伝って、一瞬にして極寒の冷気が爆発的に広がった。

 大気中の水分が凍りつき、ダイヤモンドダストとなって月明かりにキラキラと輝く。

「ひっ……!? な、なに、この恐ろしい魔力は……!」

 エルヴィラがガタガタと震え上がり、手の中に収束させていた風魔法が、一瞬にして『ただの氷の塊』へと変貌して地面に砕け散った。

 私はその圧倒的で、あまりにも見慣れた『絶対零度の覇気』を背中越しに浴びて、確信と共に天を仰いだ。

(ああ、間違いない。……これ、完全にうちの過保護CEO(アレクセイ様)じゃないですか!!)

 情報漏洩による赤面と、競合他社による物理攻撃。

 波乱に満ちたバルコニーでの修羅場は、いよいよ『氷の魔王による容赦のない完全論破ロジカル・スマックダウン』のフェーズへと突入しようとしていた。

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