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EP 2

立食パーティーの原価計算と、壁際への戦略的撤退は完璧なステルス行動です

 王都の中心にそびえ立つ、白亜の王宮。

 その大舞踏会場は、今夜、国中の権力と富が一点に凝縮されたかのような、目も眩むほどの絢爛豪華な光に包まれていた。

「……信じられません。天井の巨大シャンデリア一つにつき、最高純度の『光の魔石』が五十個以上も使われているなんて。あれを一晩点灯させ続けるだけで、我がポポロ村の年間予算が軽く吹き飛びますよ。完全なSDGs(持続可能な開発目標)違反、いえ、エネルギーの無駄遣い(コストの暴力)です」

 私は王宮の長い廊下を歩きながら、頭の中で瞬時に弾き出した『照明設備のランニングコスト』に戦慄し、小さくため息をついた。

「ヒカリ。君は本当に、どこにいてもブレないな」

 私の隣を歩く、漆黒の夜会服に身を包んだアレクセイ様が、呆れたような、それでいてひどく甘やかな笑みを浮かべた。

 普段の氷のような冷徹さは鳴りを潜め、今日の彼は『社交界の覇者』としての洗練されたオーラを纏っている。とはいえ、私に向ける視線の温度だけは、相変わらずマグマのように熱いのだが。

「当然です。これは遊びではなく『出張業務』なのですから。会場の設備投資から、王家の財政状況キャッシュフローを推測するのはコンサルタントの基本動作です」

「ふっ……頼もしいことだ。だが、今日は少しだけ、その優秀な頭脳を休ませておけ」

 大舞踏会場の巨大な両開き扉の前で、アレクセイ様が足を止めた。

「私はこれから、国王陛下および各国の重鎮たちへ、表向きの『挨拶回り(トップダウン営業)』に行かねばならない。煩わしいが、大企業のCEOとして避けては通れない義務タスクだ」

「ええ、承知しております。いってらっしゃいませ、社長」

 私が深々と一礼すると、アレクセイ様は少し不満げに眉をひそめた。

「私が戻るまでの間、君は絶対にこの会場から出るな。そして、他の男からのダンスの誘いは全て断れ。……いいな? もし君に不躾な真似をする輩がいれば、その場で一族ごと氷河期に沈めてやるから、遠慮なく言うんだぞ」

「過激なコンプライアンス違反(物理)は絶対にやめてください! 大丈夫です、私は壁際で大人しくしていますから」

 私はアレクセイ様の背中を押し、半ば強引に彼を王族の控室の方へと送り出した。

(よし! これでしばらくは、過保護CEOの監視から解放されます!)

 私は心の中で小さくガッツポーズをした。

 キャルルさんの『マッハ・スタイリング』と、コハクの『幻惑魔法オーラ・ハイド』、そして【善行通販システム】で召喚した『シンデレラ・プロトコル(絶対匿名・極上シルクドレス&漆黒の仮面)』。

 これら全てを身に纏った今の私は、普段の『地味な社畜コンサルタント』の面影など微塵もない、完璧な『正体不明の謎の美女』である。

「ヒカリ様、ご入場です」

 案内役の騎士が、重厚な扉をゆっくりと開いた。

 私は背筋をピンと伸ばし、無表情(仮面の下の営業スマイル)を保ったまま、光の海と化した大舞踏会場へと足を踏み入れた。

 ――その瞬間。

 数百人を超える貴族たちでざわめいていた会場が、水を打ったように静まり返った。

「…………っ」

「な、なんだ、あの女性は……?」

「美しい……夜空を切り取ったようなドレスに、あの神秘的な佇まい……。一体、どこの国の王族だ?」

 貴族たちの視線が、一斉に私へと突き刺さる。

 手にしたグラスのワインをこぼす者、会話を忘れて口を開けたまま硬直する者、扇で顔を隠しながら熱っぽい視線を送る者。会場の空気が、完全に私一人に支配されていた。

(おおっ! 素晴らしいですね!)

 私は内心で深く感心していた。

(入場した瞬間に私語が止むとは。王宮のイベント運営スタッフによる『静粛の魔法』か何かの演出でしょうか? 実に統率の取れた、素晴らしい群衆コントロール(導線管理)です! これなら、私が壁際へ移動するのもスムーズですね)

 自らの美貌(アイテムと魔法のバフ効果)が引き起こしたパニックだとは微塵も気づかず、私は「失礼しますよ」と心の中で呟きながら、モーセの十戒のごとくパカッと綺麗に割れた人波の中を、優雅な足取りで通り抜けていった。

 目指すは、会場の最奥に設置された『ビュッフェコーナー(飲食提供エリア)』。

 立食パーティーにおいて、壁際かつ料理の近くというポジションは、最も目立たず、かつ実利カロリーを得られる最高の『戦略的撤退ポイント』である。

「ふぅ……無事に到着しました」

 私は漆黒の仮面の下で安堵の息を吐き、目の前に並べられた豪華絢爛な料理の数々に目を向けた。

「ほう……これは見事なローストビーフですね。表面の焼き色は均一、中心温度は完璧なミディアムレア。保温には微弱な『火の魔石』を内蔵した特注の銀盤を使用している……なるほど、品質管理(QC)は徹底されています」

 私は小皿にローストビーフと特製グレービーソースを取り分け、一口味わった。

「美味しい。……ですが、このソースに使われている香辛料は東方産ですね。輸入関税と輸送コスト(物流費)を考えると、原価率が跳ね上がっているはず。我が社の南部開拓ルート(ポポロ村経由)を使えば、中間マージンをカットして、この半分のコストで同品質のスパイスを調達できるのでは……?」

 私はすっかり仕事モード(コンサルタント脳)に入り込み、頭の中で『王宮ケータリング事業のコスト削減提案書』のドラフトを作成し始めていた。

 自分が今、会場中の男性貴族たちから「あんなに美しく、かつ物憂げな瞳(※原価計算中)で壁際に佇む令嬢は誰だ……!?」「声をかけたいが、高貴すぎて恐れ多い……ッ」と、遠巻きに熱烈な視線を送られていることなど、知る由もなかった。

 ***

 一方その頃。

 会場の反対側で、一人ギリギリと扇を握りしめ、憎悪の炎を燃やしている令嬢がいた。

(なんなのよ、あの女は……ッ!!)

 先日、南部のポポロ村に乗り込んでヒカリを嘲笑した、高慢な侯爵令嬢・エルヴィラである。

 彼女は今日、この舞踏会で『最大のパトロン(できればアレクセイ、最悪でも他国の王族)』を捕まえるべく、実家の財力を注ぎ込んだ、まるで歩くウェディングケーキのような超・豪華なドレスで着飾っていた。

 しかし、現実は残酷だった。

 彼女が色目を使おうと狙っていた高位の貴族や、他国の若き将校たちは、誰一人としてエルヴィラに目もくれていなかったのだ。

『おい、見たか? あの星空のドレスの淑女を』

『ああ。まさに絶世の美女だ。あんな高貴なオーラ、ただの貴族ではないぞ』

『あの方が一人でいるうちに、なんとかお声をかけられないものか……』

 周囲の男たちの会話は、全て『あの壁際でローストビーフを食べている謎の女』に集中していた。

「あんな……あんな、どこの馬の骨とも分からない、仮面で顔を隠した怪しい女の、一体どこが良いというのよッ!」

 エルヴィラは怒りで縦ロールの髪を震わせた。

 彼女は、あの『謎の美女』の正体が、自分が数日前に「土埃まみれの平民」と見下したヒカリであることなど、夢にも思っていない。ただ純粋に、自分のスポットライト(市場シェア)を不当に奪った『競合他社』として、激しい嫉妬と憎悪を募らせていた。

「そもそも、舞踏会という神聖な社交の場で、壁際に陣取ってガツガツとローストビーフを食べるなんて、下品極まりないわ! 教養の欠片もない証拠よ!」

 エルヴィラは、取り巻きの令嬢たちに向かって吐き捨てるように言った。

「見てなさい。あの女の化けの皮を剥がして、この私こそが、王都で最も美しく高貴な淑女であることを、あの愚かな男たちに証明してあげるわ!」

「さ、さすがはエルヴィラ様ですわ!」

「あんな得体の知れない女、きっとろくな身分ではありませんわ!」

 取り巻きたちが同調する中、エルヴィラの瞳に、暗く陰湿な光が宿った。

 ***

(……ふむ。ワインの供給オペレーションも悪くありませんね。給仕の動線がしっかりと計算されています。素晴らしい)

 そんなエルヴィラの殺気ヘイトなど露知らず、私は壁際で完全に『ステルス行動(透明化)』に成功していると信じ込み、優雅にグラスを傾けていた。

「よしよし。誰も私に話しかけてきません。コハクの『幻惑魔法』と、私の『壁の花戦略』が完璧に機能している証拠ですね。このまま定時(中締め)まで気配を消し続ければ、残業代だけもらって平和に帰宅できます」

 私は心の中で、今日の業務パーティーの『完全勝利(ノー残業達成)』を確信した。

 ――しかし、ビジネスの世界において、「完璧な計画」ほど、予期せぬイレギュラーによって崩れ去るものである。

「……随分と、熱心に壁の装飾(あるいは原価)を眺めているのだな」

 ふわり、と。

 私の背後から、極上のシガーと、どこか冷涼なミントを思わせる、ひどく上質な香りが漂ってきた。

「え?」

 私が振り返るよりも早く、私の視界の横から、スッと大きな手が伸びてきた。

 黒革の手袋に包まれたその手は、私が持っていたワイングラスを、まるで羽毛を扱うように優しく、しかし有無を言わせぬ力強さで取り上げた。

「あ……」

「こんな退屈な場所で、君のような魅力的な女性が一人でグラスを傾けているなど……この会場にいる全ての男たちの怠慢(マネジメント不足)と言わざるを得ないな」

 甘く、低く、そして鼓膜の奥を直接震わせるようなバリトンボイス。

 私の目の前に立っていたのは、顔の上半分を精巧な『漆黒の仮面』で覆い隠した、長身の紳士だった。

 無駄のない完璧な体躯に、仕立ての良さが一目でわかる最高級の夜会服。そして、仮面の奥から覗く、獲物を値踏みするような鋭くも甘い瞳。

(な、なんですか、この圧倒的なオーラは……!?)

 私はコンサルタントとしての直感スカウターで、瞬時に目の前の人物を評価した。

(ただの貴族ではありません。この威圧感、身のこなし、そして声のトーン……間違いなく、他国の王族か、超・巨大グローバル企業のトップ(CEOクラス)です! まさか、こんな超大型クライアント(VIP)から直接アプローチを受けるなんて!)

 私は、目の前の男から『どこかで嗅いだことのある冷たい魔力の気配』が微かに漏れ出ていることなど、完璧に思考から除外してしまっていた。

 無理もない。まさか、あの超絶過保護で独占欲の塊であるアレクセイ様が、私に他の男が寄り付かないか心配するあまり、自らの魔力を極限まで隠蔽し、わざわざ『謎の紳士』に変装してまで私を口説き(監視し)に来ているなどと、誰が想像できようか。

「隣……いや、君の前のスペース、私が占有ロックさせてもらってもいいかな?」

 謎の紳士(アレクセイ様)は、仮面の下で薄く、ひどく魅力的な笑みを浮かべた。

 費用対効果(ROI)最悪の出張業務は、私の計算(ステルス戦略)を大きく逸脱し、波乱の『第一種接近遭遇』へと突入しようとしていた。

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