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第四章 王宮仮面舞踏会での残業(潜入調査)を命じられましたが、過保護なCEO(氷の魔王)の完全包囲網からは逃げられません

費用対効果(ROI)最悪の招待状と、マッハの出張準備は定時退社を阻みます

 南部の限界集落『ポポロ村』をヴァルトブルク公爵家の直轄事業所サテライトオフィスとして買収(M&A)してから数週間。

 村のインフラ整備は【善行通販システム】の力と、新たに特任隊長となったマッハのギャル・キャルルさんの異常な労働力によって、劇的なスピードで進行していた。

 そんなある日の午後。

 完全に修繕・増築され、立派な二階建てのオフィスビルへと進化した事務所の私のデスクに、一通の仰々しい封筒が置かれていた。

「……王家主催、秋の仮面舞踏会への招待状?」

 私は金箔が押された分厚い封筒の文面を一読し、即座に眉間を揉みほぐした。

 差出人は王宮。名宛人はヴァルトブルク公爵(アレクセイ様)と、その『同伴者』としての私だ。どうやら、辺境の限界集落を瞬く間に復興させた私の噂が、王都の貴族たちの間でも話題になり始めているらしい。

「きゅぅ? ヒカリ、王都のパーティーなのですよ? 美味しいものがたくさん食べられそうなのですよ!」

 デスクの隅で丸くなっていたコハクが、九本の尻尾を揺らしながら身を乗り出してきた。

「コハク、ビジネスにおいて最も忌むべきは『目的のない経費の浪費』です」

 私は手元の書類の裏に、スラスラと計算式を書き出した。

【仮面舞踏会参加における費用対効果(ROI)の試算】

支出コスト

王都までの往復交通費(馬車・護衛含む):金貨5枚

特注のドレスおよび仮面、装飾品代:金貨20枚~

移動と参加にかかる拘束時間(機会損失):約3日分の労働力プライスレス

収入リターン

腹黒い貴族たちとの無意味な腹の探り合い(ストレス増大)

無料のケータリング(ただし毒見が必要なリスクあり)

結論:完全なる赤字(投資利益率マイナス)

「ご覧なさい。こんなもの、行く価値はゼロです。ただでさえ新事業の立ち上げで忙しいのに、わざわざ休日にドレスを着て愛想笑いを振りまくなんて、正気の沙汰ではありません。即刻、欠席の返事(お祈りメール)を書きます」

 私が羽ペンを手に取った、まさにその時だった。

「あら。身の程をわきまえた、大変素晴らしい判断ですこと」

 オフィスの入り口から、ひどく耳障りな、高く澄んだ声が響いた。

 振り返ると、まるで歩くシャンデリアのように派手なドレスに身を包んだ、縦ロールの令嬢が立っていた。彼女の後ろには、困惑した顔の公爵軍の騎士たちが控えている。

「えっと……どちら様でしょうか? 本日はアポイントメントが入っていないはずですが」

「無礼な! 私は王都より南部視察の任を帯びて参った、エルヴィラ・フォン・ローゼンベルク侯爵令嬢よ!」

 エルヴィラと名乗った令嬢は、パチンッと扇を鳴らし、私の機能性重視の地味なスーツ姿を、鼻で笑うように上から下まで舐め回した。

「アレクセイ様が辺境の土埃まみれの平民女を重用していると聞いて、わざわざ王都から忠告に来て差し上げたの。……王家主催の華やかな舞踏会は、あなたのような薄汚い下働きが足を踏み入れていい場所ではありませんわ」

「はあ」

「アレクセイ様の隣を歩くのは、由緒正しき血統と、この私のような洗練された美貌を持つ淑女だけ。……どうせあなた、ろくなドレスも持っていないし、エスコートしてくれる殿方もいないのでしょう?」

 エルヴィラは勝ち誇ったようにふんぞり返った。

 彼女の目論見は明白だ。私をこの場で貶め、自分がアレクセイ様のパートナーとして舞踏会に参加する権利ポジションを強奪しようという魂胆である。

(……なるほど。競合他社からの露骨なマウント(営業妨害)ですね。しかし、これは好都合です!)

 私は心の中でガッツポーズをした。彼女がアレクセイ様を引き受けてくれるなら、私はこの無意味な残業パーティーから解放されるのだ。

「おっしゃる通りです、エルヴィラ様! 私のような平民のコンサルタントには、王宮の舞踏会など荷が重すぎます。ぜひ、アレクセイ様のパートナーの座は、あなたにお譲りいたします!」

「えっ?」

 私が満面の営業スマイルで即答すると、エルヴィラは拍子抜けしたように瞬きをした。

「な、なによ。案外素直じゃないの。……ふんっ、最初からそうやって身の程をわきまえていれば……」

「誰が、誰のパートナーの座を譲るだと?」

 ――ピキィィィィンッ。

 オフィスの気温が、一瞬にして氷点下へと急降下した。

 入り口の扉が凍りつき、凄まじい絶対零度のオーラを纏ったアレクセイ様が、音もなく姿を現した。

「ア、アレクセイ様……っ! お久しぶりですわ、私、エルヴィラ――」

「視界が汚れる。消えろ」

 エルヴィラが頬を染めてすり寄ろうとした瞬間、アレクセイ様の青い瞳が、文字通り『虫ケラ』を見るような冷酷な光を放った。

 彼が指先を軽く動かしただけで、エルヴィラの足元の床がツルツルに凍結し、彼女は「ひゃああっ!?」という悲鳴と共に、オフィスの外まで無様に滑り出されていった。

「……ヒカリ。今の言葉は聞き捨てならないな。私の隣を、他の女に譲るだと?」

 アレクセイ様はずんずんと私のデスクまで歩み寄り、両手でドンッと机を叩いて私を見下ろした。

 その顔は美しいが、背後には完全に吹雪が吹き荒れている。

「しゃ、社長! 落ち着いてください。先ほどのROI(費用対効果)の計算書をご覧ください! この舞踏会への参加は、我が社にとって一切の利益を生みません!」

「利益ならある」

 アレクセイ様は私の計算書を指先で凍らせて粉砕すると、私の耳元に顔を寄せた。

「これは『業務命令』だ、ヒカリ。……今回の舞踏会には、ルナミス帝国をはじめとする周辺諸国の重鎮(競合他社のトップ)が多数参加する。彼らの動向を探るための『潜入調査』……立派な出張業務だ」

「潜入調査!? いやいや、社長自らが堂々と正面から参加するのに、潜入も何もないでしょう!」

「いいや、君が私の隣にいるだけで、周囲の有象無象は君の美しさに目を奪われ、油断する。君のその類稀なる分析能力で、会場の勢力図を丸裸にするのだ」

 もっともらしいビジネス用語(経営戦略)を並べてはいるが、彼の瞳の奥でギラギラと燃えているのは、明らかに『独占欲』と『私をドレスアップさせて連れ回したい』という過保護なエゴである。

「それに……」

 アレクセイ様の大きな手が、私の頬をそっと撫でた。

「君をこの南部(ポポロ村)に置いて、私一人で王都へ行くなどあり得ない。私の目の届かない場所で、君が何かに巻き込まれたら……私は狂ってしまうかもしれないからな」

(……完全にヤンデレCEOの包囲網ロックオンが完了しています。これは、何を言っても逃げられませんね)

 私が深いため息をつき、諦めて休出申請書(休日出勤)のフォーマットを頭の中で組み立て始めた、その時だった。

「ちょっと待ったぁぁぁぁっ!!」

 バァァァァンッ!!と、窓ガラスを粉砕しながら、紫電の雷光と共に特任隊長のキャルルさんがオフィスに飛び込んできた。

「キャ、キャルルさん!? 窓から入らないでください、修繕費が!」

「そんなことよりヒカリちゃん! アタシ、外でさっきの縦ロール女の捨て台詞を聞いちゃったよ!」

 キャルルさんは安全靴の踵をガンッと鳴らし、ウサギ耳をピンと立てて怒りを露わにした。

「『どうせろくなドレスも持ってない』だって!? あんな三流の貴族女に、我が社のトップコンサルタント(ヒカリちゃん)が舐められたままなんて、絶対に許せない! 会社のブランド(面子)に関わる大問題だよ!」

「きゅぅ! その通りなのですよ! ボクもあの香水のキツい女は気に入らないのですよ! ヒカリ、ここはガツンと目にものを見せてやるべきなのですよ!」

 コハクまで、キャルルさんに同調して尻尾を振り回し始めた。

 どうやら、私の周囲の仲間たちは、私以上に『売られた喧嘩マウント』を買う気満々のようだ。

「よし! ヒカリちゃん、今すぐ準備を始めるよ! アタシの『マッハ・スタイリング』と、コハクの『幻惑魔法』の合わせ技で、あの縦ロール女が泡を吹いて倒れるくらい、完璧な絶世の美女にプロデュースしてあげる!!」

「えっ、ちょ、待って! 出張は三日後ですよね!? まだ手元の決算書類が――」

「仕事は後! はい、コハク、結界張って!」

「きゅいーん! 『九尾の隠遁オーラ・ハイド』なのですよ!」

 コハクの全身から金色の光が放たれ、私の周囲をすっぽりと覆い隠す。これにより、私の普段の『社畜のオーラ』や『魔力波長』が完全に隠蔽され、別人のような気配へと書き換えられていく。

「ヒカリちゃん、通販システムで一番高くてゴージャスなやつ、頼むよ!」

「ああもうっ! 経費で落としますからね!」

 私は半ばやけくそになりながら、左手首の魔導時計をタップし、【善行通販システム】の検索窓にキーワードを打ち込んだ。

 検索ワード:『匿名性』『最高級ドレス』『仮面』『圧倒的美貌』。

【購入が確定しました。善行ポイントを50,000pt消費します。……『シンデレラ・プロトコル(絶対匿名・極上シルクドレス&漆黒の仮面セット)』を召喚しました】

 光の柱と共に現れたのは、星空をそのまま切り取ったような、深く美しいミッドナイトブルーのシルクドレスと、顔の上半分を覆う精巧な漆黒のベネチアンマスクだった。

「ひゃっほう! 素材は揃った! いくよぉぉぉっ!!」

 キャルルさんがマッハ1の速度で動き出した。

 目にも止まらぬスピードで私のスーツが剥ぎ取られ、代わりに極上のシルクドレスが纏わされる。

 シュバババババッ!という音と共に、私の髪が美しく結い上げられ、最高級の化粧水とファンデーションが叩き込まれ、最後に漆黒の仮面がカチリと装着された。

「……ふぅ。完成ッ!」

 時間にしてわずか数秒。

 キャルルさんが満足げに息を吐き、私の前に大きな全身鏡を突きつけた。

「これは……」

 鏡に映っていたのは、いつもの地味で機能性重視のコンサルタント(私)ではなかった。

 深く艶やかなドレスに身を包み、コハクの魔法によって神秘的なオーラを放つ、どこか他国の王族か、あるいは神話の女神かと見紛うほどの『正体不明の絶世の美女』がそこに立っていた。

 仮面の下から覗く唇は薄紅に彩られ、普段の堅苦しい表情は、仮面のミステリアスな影によって魅惑的な微笑みへと変貌している。

「完璧です。……これなら、誰にも私だと気づかれませんね」

 私は鏡の中の自分を見て、深く頷いた。

「よし。潜入調査パーティーの目的はあくまで『情報収集』です。会場に入ったら、壁際のビュッフェコーナーに陣取り、一切目立つことなく気配を消します。そして、定時(中締め)の時間が来たら、誰にも気づかれずに即座に撤収(帰宅)します」

 私は完璧な業務計画フラグを脳内で組み上げた。

「……ああ。君は本当に、狂おしいほどに美しいな、私のヒカリ」

 背後で、アレクセイ様が熱を帯びた、酷く甘い吐息を漏らす。

 彼のその危険な瞳の色に気づかないふりをしながら、私は王都での『費用対効果最悪の出張業務』に向けて、覚悟を決めるのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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