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EP 5

氷の魔王(過保護CEO)の強制介入は、極上の『ととのい』を台無しにする最悪のカスハラです

 限界まで熱波アウフグースを浴びて火照りきった身体を、キンキンに冷えた水風呂へと沈める。

「ひゃぁぁぁぁっ……!」

「くぅ〜〜〜ッ!! これこれ、これよ!! 毛穴が一気に引き締まって、生命の危機を感じた脳内から快楽物質エンドルフィンがドバドバ出てるのが分かるわ!!」

 サウナ室から飛び出した私とキャルルは、水風呂の中で肩まで浸かりながら、至福の悲鳴を上げていた。

 狐の耳と九本の尻尾を持つ絶世の美女モードになったコハクも、「きゅぅぅ……極楽なのですよ……」と水面にぷかぷかと浮かんでいる。

 熱気と冷水の強烈な温度差コントラスト

 これこそが、サウナにおける最大の醍醐味であり、疲労した現代社会人(と獣人)の精神を強制的にリセットする神の儀式である。

「ぷはぁっ! よし、ヒカリちゃん、コハクちゃん! そろそろ上がって、休憩処リフレッシュルームへ行くわよ!」

「はいっ! 脱衣所に、システムで『湯上がり用・特製浴衣』と『フルーツ牛乳』を手配しておきました!」

「マジで!? ヒカリちゃん、あんた本当に最高の福利厚生担当ビジネスパートナーだよ! 一生ポポロ村に駐在して!!」

 私たちは素早く身体を拭き、通販システムから支給された肌触りの良い浴衣に袖を通した。

 そのまま、畳敷きの広々とした休憩処へと移動する。壁際にはマッサージチェアが並び、中央のちゃぶ台には、キンキンに冷えた瓶入りのフルーツ牛乳とコーヒー牛乳が用意されていた。

「さあ、キャルルさん。前世の日本のしきたりに則り、腰に左手を当てて、一気に喉に流し込んでください!」

「おうっ! いただくわ!!」

 カチャッ、と瓶を合わせ、私たちは勢いよく冷たいフルーツ牛乳を呷った。

 甘く、そして爽やかな液体が、カラカラに乾いた喉から胃の腑へと落ちていく。

「んっっんま〜〜〜〜い!!!」

 キャルルが、感動のあまり目尻に涙を浮かべながら叫んだ。

 全身の血流が巡り、心地よい浮遊感と温かさが全身を包み込む。いわゆる『ととのう』という究極のトランス状態だ。

「はぁ……。最近、連日の残業と領地経営(コンサルタント業務)で気が張っていましたが、完全に疲れが吹き飛びました。サウナの力って偉大ですね……」

「でしょ? もうね、ヒカリちゃん。私たち、このままここで寝ちゃおうよ。外のブラック社長のことなんて放っておいてさ」

 キャルルが畳の上にゴロンと大の字になり、私もその隣でふにゃぁ……と溶けるように横になった。

 完全に仕事(南部の視察)のモチベーションはゼロである。今日はもう、このサテライトオフィスで有給を消化するしかない。

 そう、平和な女子会はここで終わるはずだった。

 ――あの一線を越えた『氷の魔王』が、強行突破を図らなければ。

 ピキ……ピキピキピキッ……!!

 突如として、畳敷きの休憩処に、異様な音が響き渡った。

 見れば、部屋と廊下を隔てる障子戸が、端から真っ白に凍りついているではないか。

「えっ……? ちょ、ちょっと待って。急に室温が……」

「きゅぅ!? 寒いのですよ! せっかく温まった身体が冷えるのですよ!」

 サウナ上がりのポカポカとした空気が、一瞬にして『マイナス20度』のシベリア級の寒波へと塗り替えられていく。

 そして。

 ――バキィィィンッ!!!

 凍りついた障子戸が、粉々に砕け散った。

 砕け散った氷の破片の向こう側から、尋常ではない殺気と絶対零度のオーラを纏った黒衣の公爵――アレクセイ様が、ゆっくりと足を踏み入れてきた。

「……随分と、楽しそうではないか」

 地を這うような、恐ろしく低い声。

 その青い瞳は、暗い炎を宿したようにギラギラと燃え盛り、同時に、周囲の空間を容赦なく凍結させていく。

 さすがに『女湯』そのものへの突入は理性がストップをかけたようだが、私たちが着替えて休憩処へ移動したのを魔力探知で察知し、ついに強行突破カチコミを仕掛けてきたのだ。

「しゃ、社長!? どうしてここに!」

「一時間だ。……お前たちがこの得体の知れない建物に入ってから、一時間も経過している。私の目の届かない場所で、怪しげな獣人の女と無防備に肌を晒し合っていると考えただけで……私の正気(理性)はとうに限界を迎えていた」

 アレクセイ様はズンズンと畳の上を歩き、私の目の前で立ち止まった。

 そして、サウナ上がりでほんのりと赤く火照った私の顔と、少しだけ襟元の開いた浴衣姿を見た瞬間。

「ッ……!!」

 彼は息を呑み、即座に自分の羽織っていた分厚い漆黒の外套マントを脱ぐと、私を頭からすっぽりと包み込んだ。

「あわわっ!? しゃ、社長、前が見えませんし、マント重いです!」

「黙って包まれていろ。……これ以上、誰にも君のその姿を見せるな」

 アレクセイ様の強い腕が、マントごと私をガッチリと抱き寄せる。彼の胸の鼓動が、異常なほど速いのが布越しにも伝わってきた。

 しかし、その暴挙(過保護すぎる独占欲)を、黙って見過ごすギャルが一人いるはずもなかった。

「ちょっとぉぉぉぉっ!! あんた、何してくれてんのよ!!」

 キャルルが、マッサージチェアから跳ね起き、アレクセイ様を指差して激怒した。

「せっかくの『ととのい』タイムに、氷点下の冷気を持ち込むとかマジでありえないんだけど!! 拡張した毛穴と血管が一気に収縮しちゃうでしょ!? この最高のリラクゼーション空間を台無しにするなんて、最悪のカスタマーハラスメント(カスハラ)よ!!」

「……貴様の血管がどうなろうと知ったことか。私は、私の補佐官ヒカリを連れ戻しに来ただけだ」

 アレクセイ様は私を抱きしめたまま、冷酷な目でキャルルを一瞥した。

「それに、ヒカリは『ヴァルトブルク公爵家の資産(私のもの)』だ。彼女のリフレッシュ休暇は、私が用意した最高級の邸宅のベッドで、私が見守りながら取らせる。貴様のような野良ウサギが関与していい領域ではない」

「……出たわね。完全なる私物化と、公私混同の極み! ヒカリちゃんはあんたの所有物じゃない、立派な一人の労働者よ!」

 キャルルのウサギ耳が、怒りでピンと逆立つ。

 彼女は再び、腰から二本の凶悪な『ダブルトンファー』を引き抜き、足元の『タローマン特注・魔導安全靴』の踵をガンッ!と畳に打ち付けた。

「ガオガオンの小説の第四巻! 『有能な秘書を独占するために、オフィスの出入り口を封鎖したヤンデレCEO』と全く同じムーブじゃないの! そんな労働環境、私が絶対にぶっ壊してやる!!」

「……やれるものなら、やってみるがいい」

 アレクセイ様の周囲に、無数の氷のアイスブレードが展開される。

 キャルルの安全靴からは、紫電の雷光がバチバチと弾け始めた。

(あああっ! ダメです、ここで戦闘なんて始めたら、私の初期投資(スーパー銭湯キット)が粉微塵になってしまいます!!)

 私はマントの中から必死に顔を出し、二人を止めようとした。

「お、お待ちください! 暴力は何も生み出しません! 社長、ここはひとまず退いて――」

 だが、遅かった。

「月影流・顎砕きッ!!」

「愚かな……『氷絶結界』」

 キャルルが猛スピードで踏み込み、トンファーを振り抜く。

 アレクセイ様が展開した氷の盾と、闘気を纏ったトンファーが激突し、凄まじい衝撃波が休憩処を吹き荒れた。

 ――ドゴォォォォォォンッ!!!

「きゃあああっ!?」

「きゅぅぅっ!? フルーツ牛乳が倒れたのですよ!!」

 激突の余波で、休憩処の壁(木造の板張り)が、まるで紙屑のように吹き飛んだ。

 ちゃぶ台がひっくり返り、マッサージチェアが宙を舞う。

 アレクセイ様は私を抱きかかえたまま後方へ跳躍し、キャルルもまた、安全靴で畳を削りながら着地した。

「な、なんてことを! 壁が! 私のシステムで建てた綺麗な壁がぁぁっ!!」

 私は吹き飛んだ壁の惨状を見て、コンサルタントとしての損失計算(修繕費)に頭を抱えた。

 だが、事態はさらに最悪の方向へと転がり始めていた。

 壁が吹き飛んだことで、サウナ室に入ってから完全に忘れていた『外の景色』が、私たちの目に飛び込んできたのだ。

 いつの間にか、日は完全に落ちていた。

 夜の冷たい風が、吹き飛んだ壁の穴から休憩処へと吹き込んでくる。

 そして、空には、雲を割って現れた――真ん丸で、巨大な『満月』が、煌々と輝いていた。

「あ……」

 その光を真っ直ぐに浴びたキャルルの動きが、ピタリと止まった。

「……キャルルさん?」

 私が呼びかけるが、彼女は答えない。

 トンファーを下ろし、虚ろな目で、夜空の満月を見上げている。

『(ヒ、ヒカリ!! マズイのですよ!!)』

 コハクが、血相を変えて念波を飛ばしてきた。

『(あの娘、月兎族の王族なのですよ! 月兎族は満月の光を浴びると、魔力と身体能力がリミットブレイクして、精神状態がバグる(超絶ハイテンションになる)という厄介な特性があるのですよ!)』

「えっ……? バグるって、まさか……」

 ゆっくりと、キャルルがこちらを振り向いた。

 その瞳孔は極限まで見開き、口元には、先ほどまでのギャルらしい可愛らしさなど微塵もない、狂気を孕んだ笑みが浮かんでいた。

「あはっ……。あははははははっ!!」

 ゾクリとするような笑い声。

 同時に、彼女の足元――タローマンの特注安全靴に仕込まれた『雷竜石』が、けたたましい駆動音を上げ始めた。

 ブォン……ブォォォォォンッ!! という、まるで巡航ミサイルのエンジンが点火したかのような轟音が響き渡る。

「お前らぁぁぁ!! 残業ご苦労さまぁぁぁッ!! 肩こりも、骨折も、内臓破裂も、アタシが全部【全回復】させてやるから、死ぬ気で殴られろぉぉぉぉぉぉッ!!!」

「ヒィィィィッ!? なんかキャラが完全に『殺戮ヒーラー』に変わってるぅぅぅッ!?」

「チッ……厄介なことになったな」

 アレクセイ様が私を抱きしめる力を強め、もう片方の手で腰の魔剣を完全に引き抜いた。

 マッハ1(秒速340メートル)で暴走する神速のウサギ。

 彼女の『地獄の無限回復ハラスメント(フルムーン・バグ)』が、平和なサテライトオフィスを、文字通りの戦場へと変えようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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