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EP 3

辿り着いた辺境の村が物流崩壊していたので、少しだけ業務整理をします

「頼む、次の小麦の便はまだなのか!? もう三日も遅れてるぞ!」

「だめだ、王都からの荷が全て書類不備で差し止められたらしい……! それに加えて、街道に魔物が出たせいで護衛の傭兵が足りず、行商人も足止めを食らってるんだ!」

 公爵領の辺境にある宿場町。その中心に位置する村の案内所(役場のような場所)に一歩足を踏み入れた瞬間、私の営業事務としての血が激しく騒ぎ立てた。

 狭い室内には、怒号を上げる商人たちと、頭を抱えて泣き崩れる村役人たち。

 机の上には未処理の書類が山のように積み重なり、床にまで散乱している。倉庫の扉は開きっぱなしで、何がどこにどれだけあるのか、誰も把握していないのは一目瞭然だった。

(……なんだこの、世紀末レベルの物流崩壊は!?)

 前世でも今世でも、数々の「炎上案件」の尻拭いをしてきた私にとって、この状況は到底見過ごせるものではなかった。

 冬が本格的に到来すれば、物流が止まったこの村は確実に飢えと寒さで死者が出る。

「……コハク。ちょっとだけ、静かにさせてくれる?」

「りょーかい! マスターのお仕事の時間っしょ!」

 私の足元にいたコハク(人目を避けるため、今は手のひらサイズの子狐モードだ)が、ピョンと案内所のカウンターに飛び乗った。

 そして、チロッと小さな牙を見せ、ほんの僅かだけ『神獣の威圧』を放つ。

『――静まれ』

 ビリッ、と空気が震え、案内所の中を満たしていた怒号がピタリと止んだ。

 商人たちも役人たちも、何が起きたのかわからず、顔を青ざめさせて硬直している。

 完全な静寂が訪れた室内に、私は靴音を響かせて足を踏み入れた。

「皆さんが混乱しているのはわかります。ですが、怒鳴り合っていても物資は届きません。まずは、現状の課題を明確化しましょう」

 呆然とする彼らをよそに、私はシステムの画面を開いた。

 実は先ほど、コハクの命を救って彼を『相棒』にしたことで、システムから【神獣救済ボーナス:200,000P】という莫大なポイントが振り込まれていたのだ。

 私はその中からポイントを消費し、現代のオフィス用品を召喚した。

「な、なんだあの白い板は……!? 虚空から現れたぞ!?」

「静粛に。これは『ホワイトボード』という魔法の道具です」

 私は壁に大型のホワイトボードを立てかけ、黒と赤のマーカーペンを握った。

「役人の責任者の方、現在の『倉庫の備蓄量』と『到着待ちの物資』、そして『差し止めになっている書類の数』をすべて口に出してください。商人の方々は、それぞれの『要求物資』と『納期』を」

「えっ、あ、はい……っ! ええと、小麦の備蓄が残り二日分、薪は今日で尽きます。王都からは……」

 私は彼らの言葉を聞きながら、凄まじいスピードでホワイトボードに情報を書き込んでいった。

 バラバラだった情報が、フローチャートと表によって瞬時に【可視化】されていく。

 誰が、何を、どれだけ必要としているのか。

 どこがボトルネック(詰まり)になっているのか。

 ものの十分もしないうちに、村の絶望的な状況が、誰の目にも明らかな一枚の図として整理された。

「……信じられん。我々が三日三晩話し合ってもまとまらなかった被害状況が、一目でわかるようになっている……!」

「あんた、一体何者なんだ……?」

 商人たちが息を呑んでホワイトボードを見つめる。

「ただの通りすがりの事務員です。……さて、問題の根本は『公爵領上層部の書類手続きの遅れ』と『魔物による街道の封鎖』ですね。街道の魔物については、私の相棒コハクが後で掃除してきます」

「任せときー! 一瞬で消し飛ばしてくるし!」

「ですが、書類の手続きが完了し、次の荷馬車が到着するまでには最短でも三日はかかります。問題は、今日明日の寒さと飢えをどう凌ぐか、です」

 私はホワイトボードを指差した。

 薪も食料も足りない。今夜から冬の吹雪が来るというのに、このままでは村人たちが凍死してしまう。

「私が、三日分の緊急支援物資を手配します。皆さんは、私がリスト化した順序に従って、配給の列を作ってください」

 私は再び【善行通販システム】を起動した。

 20万ポイントという圧倒的な資金力に物を言わせ、冬を越すための現代物資を一括発注する。

『極寒地対応・超高効率防寒エマージェンシーシート(裏起毛付き)』×300人分。

『長期備蓄用・フリーズドライ濃厚ミネストローネスープ』×900食分。

『高カロリー・栄養満点サバイバルクッキー』×900食分。

 ポンッ、ポンッ、ポンッ!

 案内所の裏手にある空っぽの倉庫に、銀色のパッケージに包まれた防寒シートと、段ボール箱に入った食料の山が次々と出現した。

「な、なんだこの見たこともない物資は……!?」

「魔法だ! 空間魔法で物資を取り寄せなさったぞ!」

 騒然とする村人たちに、私はお湯を沸かすように指示を出し、フリーズドライのスープにお湯を注いだ。

 その瞬間――。

「うおおっ!? な、なんだこの暴力的なまでに美味そうな匂いは!?」

 トマトの酸味、じっくり煮込まれた肉と野菜の旨味、そして食欲をそそるハーブの香りが、案内所いっぱいに広がった。異世界には存在しない、現代日本の化学調味料と計算し尽くされた旨味成分の結晶だ。

「さあ、皆さん。順番に受け取ってください。シートは体に巻けば、薪がなくても絶対に凍えません」

 役人たちを通じて配給が始まった。

 スープを一口飲んだ村人たちの目が、見開かれる。

「……う、美味い……! なんだこれ、体が芯から温まる……!」

「こっちの銀色の布、めちゃくちゃ薄いのに、羽毛布団より暖かいぞ!? 風を全く通さない!」

「クッキーも甘くて、力が湧いてくる……。これで、子供たちが凍える夜を過ごさずに済む……っ!」

 あちこちから、嗚咽のような泣き声が上がり始めた。

 絶望に染まっていた村人たちの顔に、赤みが戻り、安堵の涙が伝い落ちていく。

「お嬢さん……いや、聖女様! 本当に、本当にありがとうございます!」

「一生、この御恩は忘れません!」

 役人の責任者も、商人たちも、私に向かって深く頭を下げた。

 その光景を見つめながら、私は胸の奥が熱くなるのを感じていた。

 エドワードの元で働いていた時は、私がどれだけ領地の物流を整えても、徹夜で経理のミスをカバーしても、「やって当然の雑用」「誰でもできる仕事」と吐き捨てられるだけだった。

 でも、ここでは違う。

 私の『段取り力』が、私の手配した『物資』が、こうして直接誰かの命を救い、笑顔を作っている。

 誰も私の手柄を横取りしない。誰も私を無能だと嘲笑わない。

(もう、誰の言いなりにもならない。私は私の意志で、私の力を使って、この人たちを救うんだ……!)

 確かな充実感と、第二の人生への希望が、私の中で力強く脈打っていた。

 ***

 その頃。

 私を追放したエドワードの治めるバルトア伯爵領では、密かに、しかし決定的な『崩壊』が始まっていた。

「エドワード様! 大変です、王都の商人ギルドから、今月の小麦の納品を停止すると通達が……!」

「なんだと!? なぜだ、うちは上得意のはずだろう!」

「そ、それが……毎月ギルドへ提出していた『支払い計画書』と『領地印の押された事前申請書類』が、今月は一枚も届いていないと! このままでは不渡りになり、領地に商人が一人も来なくなります!」

 エドワードは顔面を蒼白にして立ち上がった。

「馬鹿な、そんな書類の話など私は聞いていないぞ! すぐに文官に作らせろ!」

「無理です! 過去の帳簿も、各商会との取引条件を記した資料も、ヒカリ様がいなくなってからどこにあるのか全くわからず……! 倉庫の在庫も、帳簿と数が合わずにパニック状態です!」

 ヒカリが置いていった完璧な引き継ぎ資料を、自らの手で暖炉に投げ捨てたエドワード。

 領地のバックオフィスをたった一人で支えていた『大黒柱』を失ったバルトア伯爵領は、もはや再起不能なほどの事務・物流の完全麻痺へと陥りつつあった。

 ***

『ピロリン♪』

【村人300名からの深い感謝と救済の対価として、善行ポイント:150,000Pを獲得しました】

 脳内に響くシステムの通知音を聞きながら、私は配給が落ち着いた案内所の状況をホワイトボードで更新していた。

 と、その時。

 案内所の外に、一騎の立派な漆黒の軍馬が足音を立てて止まった。

 ギィッ……、と重い木の扉が開く。

 入ってきたのは、泥と疲労にまみれた、漆黒の外套を羽織った長身の男だった。

「……遅くなった。王都からの救援物資はまだ届いていないだろうが、せめて近隣から集めた……」

 男はそこまで言いかけて、言葉を失った。

 氷の彫刻のように整った、しかしひどく隈の目立つ美貌。その鋭い青の瞳が、村の惨状ではなく、温かいスープを飲んで談笑する村人たちと、そして壁に立てかけられた『ホワイトボード』に釘付けになったのだ。

 彼は、変装して辺境の視察(という名の火消し)に訪れていた、この領地の主――王国最強の魔導軍を率いる冷徹公爵、アレクセイ・フォン・ヴァルトブルクその人であった。

 アレクセイの視線が、完璧に整理された物流のフローチャートから、そのボードの前でペンを握っている私へとゆっくりと移動する。

「……この完璧な情報整理と、見慣れぬ物資の数々。これは、君がやったのか?」

 地を這うような、しかし確かな熱を帯びた低音の声。

 この瞬間、終わらない書類仕事と領地経営の重圧に過労死寸前だった公爵閣下が、異世界最強の『有能事務員』を完全に見つけてしまったのである。

読んでいただきありがとうございます。

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