EP 3
心音探知機能は、時にCEOの重すぎる本音(コンプライアンス違反)を暴き出します
「……何をブツブツと呟いている。消えろと言ったのが聞こえなかったのか」
氷の防壁越しに、アレクセイ様が凄まじい冷気を放ちながら宣告する。
しかし、タローマンの特注安全靴を履いたウサギ耳の美少女――キャルルは、両手に構えた凶悪なダブルトンファーを下ろすどころか、さらに鋭い闘気を全身から立ち上らせていた。
「聞こえるもんですか、この激ヤバ毒占欲CEO!! 同じ社会の荒波に揉まれる労働者として、この私が、そのパワハラ社長からOLさんを救い出してあげるんだから!!」
「は……? パワハラ……?」
予想外すぎる現代ビジネス用語(しかも労使トラブル系)の罵倒を浴びて、さしもの氷の魔王(アレクセイ様)も一瞬だけ呆気に取られたように目を瞬かせた。
「ちょ、ちょっと待ってください、キャルルさん!? 大きな誤解があります! アレクセイ様は決してパワハラなどするような方ではありません! むしろ、私の労働環境(と残業代)を誰よりも手厚く保護してくださる、超絶ホワイトな最高経営責任者で――」
私が慌てて二人の間に割って入ろうとしたが、キャルルはピシッと私に向けてトンファーの先を向けた。
「ダメだよOLさん、騙されちゃ! ブラック企業の社長はね、最初はそうやって『君の能力を高く評価している』とか甘い言葉で囲い込んで、逃げ場をなくしていくの! 私の『心音探知(ウソ発見器)』はごまかせないんだからね!」
キャルルは自分の長いウサギの耳をピンと立て、アレクセイ様をビシッと指差した。
「さっき、あんたがOLさんを背中に隠した時! あんたの心臓、ものすごい音で鳴ってたわよ! 『ヒカリは俺だけのものだ、誰にも触れさせん、できればこのプレハブ事務所のソファに一生閉じ込めて、ずっと俺だけを見ていてほしい』って!!」
「なっ……!?」
キャルルの容赦ない暴露(深層心理の開示)に、現場の空気がピシッと凍りついた。
アレクセイ様の後ろで盾を構えていた騎士たちが、「えっ、閣下、そんな重いことを考えて……?」とザワザワし始める。
そして何より、暴露されたアレクセイ様本人の耳の先が、雪のように白い肌の中で、カッと赤く染まっているではないか。
(しゃ、社長ォォォ!? 顔が赤いです! 図星なんですか!? そんな『監禁・終身雇用』みたいな恐ろしい事業計画、私は一切合意していませんよ!?)
私が戦慄してアレクセイ様を見上げると、彼は気まずそうにスッと視線を逸らした。
「……黙れ。獣の小娘が、知ったような口を利くものではない。私のヒカリに対する評価(愛)は、極めて正当かつ適正なものだ。決して不当な拘束などではない」
「ほら! 今『評価』って言いながら、心の中では『愛』って変換してたでしょ! 公私混同も甚だしいわ!」
キャルルが左手に持っていた愛読書『聖獣機神ガオガオンの社内恋愛事情は辛いよ』をバシッと叩く。
「この本の第四章と全く同じ展開じゃない! ヒロインの有能さに依存した社長が、だんだん愛と執着をこじらせて、GPS付きの魔導具をプレゼントする手前まで来てるヤツ! そんな重すぎる愛、労働基準法が許しても、この『ポポロ村の特任村長』たる私が許さないわ!!」
「……いいだろう。そこまで死に急ぐというのなら、望み通りにしてやる」
アレクセイ様の手のひらで、周囲の水分が急速に凍結し、無数の鋭い氷の槍が形成されていく。
対するキャルルも、タローマンの安全靴の踵を鳴らし、前傾姿勢をとった。彼女の足元から、パチパチと紫色の雷光が漏れ出している。
(まずいまずいまずい! 王国最強の氷の魔王と、マッハで動く雷神ギャルが、私のピカピカのプレハブ事務所の目の前で激突したら、初期投資の物資ごと更地にされてしまう!!)
私が悲鳴を上げそうになった、まさにその時である。
私の首元で大人しく襟巻きに擬態していたコハクが、ひょっこりと顔を出した。
「きゅぅ~(やれやれ、相変わらず騒がしい連中なのですよ)」
コハクは小さな欠伸をすると、その赤い瞳をキャルルに向けた。
――次の瞬間、キャルルのウサギ耳が、ビクンッ!と大きく跳ねた。
『(……聞こえるのですよ、そこのウサギの娘。ボクはコハク。ヒカリの親友の、九尾の狐なのですよ)』
「えっ!? な、なにこの脳内に直接響いてくる声!? しかも九尾の狐って、神獣じゃん!!」
キャルルが目を丸くして私(の首元のコハク)を見る。獣人であるキャルルと、神獣であるコハクの間で、高位の『念波』が繋がったらしい。
『(ウサギの娘よ。君の心音探知は、実に正確なのですよ。……その氷の男は、見た目こそクールに澄ましているけれど、中身はヒカリのことで頭がいっぱいの、超絶過保護な粘着男(ストーカー一歩手前)なのですよ)』
「コ、コハク!? ちょっと、念波で何を吹き込んでいるんですか!」
私が止めようとするが、コハクは全く意に介さず、面白がるように念波を送り続ける。
『(ボクはいつも一番近くで見ているから分かるのですよ。昨日なんて、ヒカリを夜の社長室に呼び出して『プライベート残業』と称して額にキスをしたのですよ! しかも、ヒカリの着る防護服の着用時間すら『三時間』と秒単位で管理する、とんでもない束縛男なのですよ!)』
「な、なんですってぇぇぇっ!?」
キャルルの顔が、驚愕と義憤で真っ赤に染まった。
コハクの言葉は「事実」ではあるが、巧妙に文脈が切り取られ(ドレスの三時間制限は通販システムの仕様であり、アレクセイ様の束縛ではない)、完全に『悪徳ブラック社長による社員へのハラスメント』として脚色されていた。
「残業の強要! 同意のない身体的接触! おまけに服装の着用時間まで秒単位で管理する異常な束縛!? ……それ、完全にコンプライアンス違反(セクハラ&パワハラ)のフルコンボじゃない!!」
キャルルの怒りのボルテージが最高潮に達した。
彼女の特注安全靴に仕込まれた『雷竜石』が激しく発光し、紫電のオーラが彼女の全身を包み込む。
「絶対に許さない……! 私の『月影流・破衝撃』と、タローマンの安全靴で、その冷たい顔面をカチ割って労基に突き出してやるわ!! 覚悟しなさい、悪徳CEO!!」
「……ほう。神獣が何を吹き込んだかは知らんが。私に武力で挑もうというその蛮勇、氷の彫刻にして称えてやろう」
バチバチバチッ!と雷光が弾け、ピキピキピキッ!と空間が凍てつく。
両者の魔力(闘気)が衝突し、プレハブ事務所の窓ガラスがビリビリと悲鳴を上げた。
(ああっ、もう! コハクの奴、完全に面白がって火に油を注ぎましたね!?)
このままでは、戦闘力皆無の私を庇いながら戦うアレクセイ様と、マッハで突っ込んでくるキャルルの衝突により、甚大な被害(経済的損失)が出るのは火を見るより明らかだ。
ビジネスにおいて、無意味な物理的衝突(暴力)は最大のコスト(損失)である。ここはコンサルタントとして、一刻も早く『両者が矛を収めるための強力なインセンティブ(利益)』を提示しなければならない!
「お待ちください、お二人とも!!」
私は大きく両手を広げ、殺気をぶつけ合う二人の間に(物理的な氷の壁のこちら側で)立ち塞がった。
「キャルルさん! あなたが私の労働環境を心配してくださるお気持ちは、痛いほど伝わりました! しかし、このような荒野での乱闘は、互いのリソースを消耗するだけで何の解決にもなりません!」
「で、でもOLさん! あの社長、絶対ヤバいって!」
「大丈夫です! 私は彼と、対等なビジネスパートナーとしての契約を結んでいます! それに……あなた、先ほど『この世界はサウナとかコンビニがなくて不便』と仰っていましたね?」
私の言葉に、キャルルのウサギ耳がピクッと反応した。
「え、うん。そうだけど……。前世で通い詰めてたスーパー銭湯の『ロウリュウ』と『水風呂』からの『フルーツ牛乳』のコンボが恋しすぎて、たまに夜泣きするレベルで不便」
「……お任せください」
私はニヤリと、営業スマイル(完璧な笑み)を浮かべた。
「我がヴァルトブルク公爵家・南部サテライトオフィスは、従業員および提携パートナーの『福利厚生』を何よりも重視しております。……今すぐ、この場所に『極上スーパー銭湯&サウナキット』を建設(召喚)し、親睦を深めるための『女子会(裸の付き合い)』を開催しようではありませんか!!」
「「……えっ?」」
キャルルとアレクセイ様の声が、見事にハモった。
私は左手首の魔導時計をタップし、【善行通販システム】の検索窓に力強くキーワードを打ち込み始めた。
血で血を洗う労使トラブル(物理)を回避するための唯一の手段。
それは、現代日本の叡智が詰まった究極のリラクゼーション施設による、強引なチームビルディング(サウナ外交)である。
南部再生プロジェクト第一日目。
プレハブ事務所の横に、突如として『煙突付きの巨大な温浴施設』が爆誕しようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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