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EP 2

新規アポイントなしの来客(暴漢)は、タローマンの安全靴を履いてやってくるようです

 プレハブ事務所の外へ飛び出すと、現場はすでに厳戒態勢レッドアラートに突入していた。

「盾を構えろ! 閣下とヒカリ様をお守りするのだ!」

「はっ! ……しかし隊長、速すぎます! あれは本当に人間ですか!?」

 黒鎧の騎士たちが横一列に並んで防御陣形を展開しているが、彼らの顔には明らかな焦燥が浮かんでいた。

 無理もない。南西の荒野から一直線にこちらへ向かってくる土煙は、どう見ても普通の生物が出す速度ではなかったからだ。

「……なるほど。確かに常軌を逸したスピードだ。魔獣の突進でもあそこまで速くはあるまい」

 私の前に立ち、スッと右手を前にかざしたアレクセイ様が、冷たく目を細める。彼の手のひらには、すでに強力な氷の魔力が収束し、周囲の気温を急激に下げ始めていた。

(いや、ちょっと待って。あの土煙の上がり方、そして足音……)

 ドドドドドッ! という重低音。

 私は前世の記憶をフル回転させた。あの足音は、硬い地面を強靭な脚力で蹴り飛ばす音だ。そして何より、その「靴」の材質が、この世界の革靴や鉄靴のそれではない気がする。

「止まれ! これ以上近づくならば、容赦は――」

 騎士の隊長が警告を発した、まさにその時。

「とうっ!!」

 土煙の中から、場違いなほど明るく、ギャルみのある可愛らしい声が響き渡った。

 直後、猛スピードで突進してきていた人影が、地面に強烈なかかとを突き立てて急ブレーキをかけた。

 ――ズザザザザザァァァァァッ!!!

 まるでダンプカーが急停止したかのような轟音と共に、荒野の地面が深くえぐれ、周囲に凄まじい砂埃が巻き起こる。

 騎士たちが思わず盾で顔を覆う中、アレクセイ様が軽く指を弾いて冷気の風を起こし、砂埃を一瞬で吹き飛ばした。

 そして、その場に現れた『暴漢』の姿を見て、現場の全員が(それぞれ全く別の理由で)絶句した。

「ぷはーっ! やっぱ全速力(100メートル5秒台)で走ると喉渇くわー。あ、ちょっとお兄さんたちごめんね、通して?」

 土煙の中心に立っていたのは、一人のうら若き美少女だった。

 年齢は二十歳くらいだろうか。頭にはピンと立った立派なウサギの耳(月兎族の証)があり、銀色がかった髪をツインテールにしている。

 だが、問題はその服装だ。

 彼女は、このファンタジー世界には絶対にあるはずのない、ダボッとしたラフな『パーカー』に、動きやすそうな『ショートパンツ』という、完全に現代日本のカジュアルギャルスタイルだったのだ。

 さらに私の視線は、彼女の『手元』と『足元』に釘付けになった。

 右手には、齧りかけの醤油煎餅。

 左手には、やたらと分厚い本。その表紙には、デカデカと『聖獣機神ガオガオンの社内恋愛事情は辛いよ』という、泥沼社内恋愛ラノベのタイトルが印字されている。

 そして極めつけは、彼女の足元。

 つま先に鉄板が仕込まれ、分厚いゴム底のグリップが荒野の地面をガッチリと掴んでいる、あの無骨かつ機能的なフォルム……!

(あ、あれは……前世の職人御用達ショップ『タローマン』で売っていた、特注の魔導安全靴……ッ!?)

 私のコンサルタントとしての冷静な分析回路が、ショート寸前で火花を散らす。

「おいおい、なんだよこのプレハブ小屋! めっちゃ良い感じじゃん! ポポロ村の方まで『真っ白な建物がいきなり生えた』って噂が来たから、てっきり『ルナミスキング(ルナキン)』の新規支店ができたのかと思って、朝定食食いにダッシュしてきたのにさー」

 美少女――キャルルは、バリッと煎餅を齧りながら、悪びれる様子もなくぐるぐると周囲を見渡した。

「な、なんだこの小娘は……!?」

「兎の獣人か……? だが、あの服は一体……」

 騎士たちが困惑して剣を下ろしかけた、その時だった。

 キャルルの長いウサギの耳が、ピクリと動いた。

 彼女の並外れた聴覚と嗅覚が、騎士たちの壁の奥にいる「私」の存在を捉えたらしい。

「……ん? ちょっと待って」

 キャルルの目が、私の姿(モスグリーンの機能性チノパンに、ベージュのサファリシャツ)をピンポイントで捕捉した。

 瞬間、彼女の瞳に星が輝いたような気がした。

「えっ……ウソでしょ!? その伸縮性ストレッチ抜群の生地! 無駄のないポケットの配置! そしてその、洗練された『とりあえず仕事バリバリこなします』感のあるオーラ……!」

「えっ、あ、はい?」

「もしかして、あんた……『営業事務OL』さん!? いや絶対そうっしょ! この世界でそんな完璧なビジネスカジュアル着こなしてるの、同郷(現代日本テイスト)の同志しかいないって!!」

 キャルルは持っていた煎餅を丸呑みすると、狂喜の声を上げて私の方へと駆け寄ってきた。

 その動きは、騎士の動体視力すら置き去りにするほどの神速(マッハ未満、しかし超速)だった。

「ヤバいヤバいテンション上がる! 私、キャルル! ポポロ村で村長(ブラックな中間管理職)やってるんだけどさ、マジでこの世界、サウナとかコンビニなくて超不便じゃない!? ねえお姉さん、名前なんていうの? 後でルナキンのドリンクバーで女子会しよ!!」

 キャルルは完全に私を「同類の匂いがする親友候補」と認定したらしく、騎士の防衛線をすり抜け、私に熱いハグ(あるいは肩組み)をかまそうと両手を広げて飛び込んできた。

(ヒィィッ! コミュ力の化け物(陽キャ)が、時速100キロで突っ込んできたぁぁっ!?)

 前世で社内ぼっち気味だった私の心が、その眩しすぎるギャルの勢いに悲鳴を上げた、その直前。

 ――ピキィィィンッ!!!!

 私とキャルルの間に、分厚く、そして絶対零度の冷気を放つ『巨大な氷の防壁』が、凄まじい速度でせり上がった。

「わおっ!?」

 キャルルは空中で特注の安全靴を器用に使い、氷の壁を「トンッ」と蹴って三角飛びの要領で後方へと着地した。その身のこなしは、ギャル風の見た目とは裏腹に、達人級の武道家のそれだった。

「……おい。獣の分際で、私の補佐官ヒカリに気安く触れようとするな」

 地獄の底から響くような、低く、冷酷な声。

 私の隣に立つアレクセイ様が、抜剣すらしていないのに、周囲の空間ごと凍りつかせるような凄まじい殺気を放っていた。

 その青い瞳は、キャルルという『得体の知れない女』に対する明確な排除の意志で満ちている。

「私以外の者が、彼女のパーソナルスペースに許可なく立ち入ることは、万死に値する。……そこを一歩でも動いてみろ。お前のその自慢の足を、細胞の欠片から凍らせて粉砕してやる」

 アレクセイ様は、私を完全に自分の背中へ隠すように庇い、キャルルを見下ろした。

 それはまさに、社交界で「氷の魔王」と恐れられる男の、本気の威圧プレッシャーだった。

(しゃ、社長! 確かに彼女はアポなしの突撃訪問ですが、おそらく敵意は……!)

 私が慌てて止めに入ろうとした、その時。

 氷の壁の向こうに着地したキャルルが、なぜかポカンと口を開け、アレクセイ様をジッと見つめていた。

 彼女の長いウサギの耳が、微かに震えている。

 キャルルが持つ、相手の心音を聞き分けて『嘘か真か(本性)』を見破る能力。それが今、アレクセイ様の胸の奥で鳴り響く、強烈すぎる心音を拾い上げてしまったのだ。

「……えっ。ちょっと待って」

 キャルルは、持っていた『聖獣機神ガオガオンの社内恋愛事情は辛いよ』の表紙と、アレクセイ様の顔を交互に見比べた。

「(ドックン、ドックン……『ヒカリは俺だけのものだ、誰にも触れさせん、できればこのままプレハブ事務所のソファに閉じ込めてしまいたい』……ヒッ!?)」

 アレクセイ様の氷のような外面とは裏腹に、その内側(深層心理)で渦巻く、超高温・高密度の『重すぎる溺愛と独占欲(ヤンデレ一歩手前)』の心音を正確に読み取ってしまったキャルルは、戦慄に顔を引き攣らせた。

「な、ななな……なんてこと! このブラック企業の社長、あのOLさんを偽装婚約の鎖で縛り付けて、一生監禁(終身雇用)する気満々じゃないの!!」

「……何をブツブツと呟いている。消えろと言ったのが聞こえなかったのか」

「聞こえるもんですか、この激ヤバ毒占欲CEO!! 同じ社会の荒波を揉まれる労働者として、この私が、そのパワハラ社長からOLさんを救い出してあげるんだから!!」

 キャルルはシャキーン!と、腰から二本の凶悪な『トンファー』を引き抜き、臨戦態勢をとった。

 完全に、致命的な勘違い(エラー)が発生している。

 サテライトオフィス開設初日。南部の平和な業務は、タローマンの安全靴を履いた正義感(と勘違い)に燃える特任村長によって、波乱のカオスへと突入しようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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