表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/41

第三章 限界集落のホワイト企業化計画と、暴走する特任隊長

サテライトオフィスの開設は、波乱の幕開け(暴漢)を伴うようです

 ヴァルトブルク公爵領の豊かな緑と整備された街道から一転、かつてガルシア侯爵が支配していた南部直轄エリア(旧ガルシア領)との境界線に足を踏み入れた瞬間、馬車の窓から見える景色は絶望的なまでに一変した。

 ひび割れた荒野、手入れされず枯れ果てた農地、そして、屋根が抜け落ちて今にも倒壊しそうな木造の古い関所。

 風が吹き抜けるたびに、カラカラと乾いた音が響き、人の気配は全くと言っていいほど感じられない。

「……ひどい有様だな。これが、かつて王国随一の穀倉地帯と呼ばれた南部の現状か」

 馬車を降りたアレクセイ様が、美しい眉を顰めて忌々しそうに呟く。彼の背後に控える黒鎧の精鋭騎士たちも、あまりの荒廃ぶりに絶句していた。

「前領主(ガルシア家)による過度な搾取(ブラック経営)と、インフラ投資の完全な放棄……。文字通り、骨の髄までしゃぶり尽くされた『倒産企業の末路』ですね」

 私は現場の状況(惨状)を冷静に分析しながら、一つ大きく深呼吸をした。

 普通の人間なら、この絶望的な光景を前に尻込みするだろう。しかし、私の前世で培われた社畜魂……もとい、コンサルタントとしての血は、逆に静かに、そして熱く滾っていた。

「ですがアレクセイ様! これほど底値まで落ちきった事業(領地)ならば、あとはV字回復(急成長)しかありません! 私の【善行通販システム】と、ヴァルトブルク家の資本力を掛け合わせれば、この荒野を数ヶ月で優良なホワイト拠点に生まれ変わらせてみせます!」

「ヒカリ……君のその、どんな逆境でも前を向く強さには、本当に救われる。だが、まずは君自身の安全と休息を確保するのが最優先だ。この今にも崩れそうな関所を拠点にするわけにはいかないだろう」

 アレクセイ様が、私を庇うように肩を抱き寄せながら言う。

「お気遣いありがとうございます、社長。ですが、ご心配には及びません。この関所の『土地の管理権』は、現在、暫定的に我がヴァルトブルク家にあるのですよね?」

「ああ。王命により、この関所を含む南部一帯の統治権は、公爵家(私)に委ねられているが……それがどうした?」

「ならば、問題ありません。これより、本プロジェクトにおける『第一回・初期インフラ投資』を実行いたします!」

 私はアレクセイ様の腕からスルリと抜け出し、崩れかけの関所の前へと歩み出た。

 左手首の魔導時計をタップし、空中に半透明のシステム画面を展開する。アレクセイ様以外の騎士たちには、私が空中で謎の指振りをしているようにしか見えないはずだが、彼らはすでに私を『物流の女神』と崇拝しているため、誰も疑問の声を上げず、ただ神聖な儀式を見守るように跪いていた。

「システム立ち上げ。特例プロトコル『エリア外における事業所展開(サテライトオフィス開設)』を選択。登記場所は、現在地の関所跡地。……実行エンター!」

 私が空中のボタンを力強く押し込んだ瞬間。

 ピィィィン! という軽快な電子音と共に、崩れかけていた関所の周囲が、眩い光の粒子に包まれた。

「な、なんだッ!?」

「ヒカリ様から、圧倒的な魔力の光が……ッ!」

 騎士たちがどよめき、アレクセイ様が咄嗟に私を庇おうと手を伸ばした、次の瞬間。

 光が収まったその場所には、木造のボロボロの関所を完全に飲み込む形で、白く輝く巨大な長方形の建物――前世の日本の建設現場などでよく見かける『超大型プレハブ式・現場事務所(二階建て)』が、ズドーン!と鎮座していた。

「……ヒカリ。これは、一体何の魔法だ? 見たこともない材質と形状の建物だが……」

 氷の魔王と恐れられるアレクセイ様すら、目を丸くしてプレハブ事務所を見上げている。

「ふふふ。これぞ、現代建築の粋を集めた『仮設現場事務所サテライトオフィス』です! さらに、建物の横をご覧ください!」

 私が指差したプレハブの脇には、巨大なブルーシートに覆われた物資の山が、パレットの上に綺麗に積まれていた。

 高カロリー即席レトルト米、携帯用水質浄化タブレット、新品のサバイバルシャベルに、高栄養価のビタミンサプリメント。それらが数千単位のバルク(大量発注)で、綺麗に整列している。

「これより、このプレハブ事務所の半径一キロメートル圏内は、我が【善行通販システム】の『特区ホワイトエリア』として認定されました! つまり、この範囲内であれば、通販で出したアイテムが三時間で消滅する『持ち出し制限タイムリミット』は適用されません。物資は無期限で存在し続けます!」

「……! つまり、君のその奇跡の力が、この地で永続的に使えるということか!」

「そういうことです! さあ、まずは事務所の中で今後の戦略会議ミーティングを始めましょう!」

 私は得意げにプレハブの引きアルミサッシをガラガラと開け、アレクセイ様と騎士の隊長たちを中へと招き入れた。

 ***

「……これは、驚いたな」

 プレハブ事務所の内部に入ったアレクセイ様は、感嘆の息を漏らした。

 無機質ではあるが、塵一つない清潔なフロア。長机とパイプ椅子が機能的に配置され、壁には巨大なホワイトボードが設置されている。

 そして何より彼らを驚かせたのは、天井から吹き出す『冷暖房完備エアコン』の快適な空気と、部屋の隅に設置されたウォーターサーバーだった。

「外は砂埃と熱気で息苦しいほどだったというのに、この部屋の中は、我が公爵邸の最上級の客室よりも快適な温度に保たれている。……ヒカリ、君の持つ技術システムは、何度見ても私の常識を容易く打ち壊していくな」

「お褒めいただき光栄です、社長。これが我が社の『福利厚生』の力です。騎士の皆様も、外の見張りは交代制にして、休憩時間にはぜひこのクーラーボックスで冷やした麦茶を飲んでくださいね」

「「「ヒ、ヒカリ様ぁぁぁ……ッ!! 一生、あなた様(と閣下)に付いていきますッ!!」」」

 冷たい麦茶のペットボトルを支給された騎士たちが、感涙にむせびながらプレハブの外へと飛び出していった。現場の士気モチベーションは早くも最高潮である。

 騎士たちが退室し、プレハブの二階にある『所長室(VIPルーム)』には、私とアレクセイ様、そして私の首元で丸くなっているコハクの三人(と一匹)だけになった。

 所長室には、応接用の黒い革張りソファが置かれている。

「さて、アレクセイ様。まずは周辺の地図を確認して、食糧配給のルート策定から――ひゃっ!?」

 私が地図を広げようとした瞬間、ぐいっと腕を引かれた。

 気がつけば、私は革張りのソファに深く腰掛けたアレクセイ様の膝の上に、すっぽりと収まる形で座らされていた。彼の長い腕が私の腰に回り、背中に彼のがっしりとした胸板の感触が伝わってくる。

「ア、アレクセイ様!? あの、ここは現場事務所(職場)でありまして、このような密着態勢は業務に支障が……!」

「支障はない。むしろ、私の魔力(精神)が急速に回復していくのを感じる。……先ほどから、君が他の男たち(騎士)に笑顔で労いの言葉をかけるたびに、私の心中は酷く穏やかではなかったのだからな」

 アレクセイ様が、私の肩口にすりすりと頬を寄せてくる。彼の銀髪がくすぐったく、耳元で響く甘く低い声に、私の顔が一気に熱を持った。

「そ、それは彼らが我が社の重要な人的資源(従業員)だからであって、私は単なる現場監督としてのコミュニケーションを……!」

「分かっている。君が誰にでも平等に優しいことは。だが、私は平等など求めていない。……君の特別な笑顔も、その有能な姿も、すべて私だけのものにしたいと、そう言ったはずだが?」

 彼の大きな手が、私の頬をそっと撫でる。

 プレハブ事務所という極めてビジネスライクな空間であるにも関わらず、社長(アレクセイ様)が放つ圧倒的な『糖度』が、エアコンの涼しい空気を完全に無力化し、部屋の温度を急上昇させていく。

「きゅぅぅぅ……(また始まったのですよ。せっかく涼しくて快適な部屋なのに、甘ったるいオーラで息が詰まりそうなのですよ。もう二人で勝手に婚姻届でも出せばいいのですよ……)」

 ソファの端っこに避難したコハクが、ジト目でこちらを睨みながら念波を送ってくる。

(ち、違うのよコハク! これは決して私が望んだ状況ではなく、トップの過度な独占欲による不可抗力なポジション取りで……っ!)

 私がコハクに向けて必死に(心の中で)弁明しようとした、まさにその時だった。

 ――カンカンカンカンカンッ!!

 突如として、プレハブ事務所の外に設置してある『非常用警鐘アラーム』が激しく鳴り響いた。

「っ……!」

 アレクセイ様が一瞬にして甘い表情を消し去り、氷の魔王としての冷徹な顔つきに戻った。私をソファに下ろし、自らは腰の魔剣に手をかけて立ち上がる。

 ドタバタと階段を駆け上がる足音が響き、顔面を蒼白にさせた見張りの騎士が、所長室のドアを勢いよく開け放った。

「か、閣下! ヒカリ様! 緊急事態です!!」

「騒ぐな。旧ガルシア領の残党でも現れたか?」

 アレクセイ様が氷のように冷たい声で問いただす。

「い、いえ、違います! 敵襲は敵襲なのですが……襲撃者の動きが、常軌を逸しております!!」

「常軌を逸しているとは、どういうことだ。正確に報告しろ」

 騎士は息を呑み、信じられないものを見たというように、震える指で南西の方向――ルナミス帝国やアバロン王国との緩衝地帯がある方角を指差した。

「ほ、方角はポポロ村のある緩衝地帯! そこから現在、単独の暴漢が、土煙を上げながら猛スピードで当軍の駐留所ここに向かって一直線に突進してきております!」

「単独だと? 馬か、それとも魔獣に乗っているのか?」

「いえ……それが、『生身の人間(二本足)』なのです! しかも、馬車はおろか、早馬よりも遥かに速い、異常なスピードで……ッ!!」

 騎士の報告に、アレクセイ様の眉がピクリと動いた。

 生身の人間が、馬より速く走る? 魔法で身体強化を施した高位の騎士であっても、長距離をそのような速度で維持することは不可能に近い。

「さらに不可解なのは、その暴漢が叫んでいる『言葉』です! 遠見の魔道具で確認したところ、何か呪詛のような、意味不明な要求を叫びながら接近してきておりまして……」

「何を言っている?」

「ええと……たしか……」

 騎士は、自分が聞き間違えたのではないかというように首を傾げながら、その言葉を復唱した。

「『ルナキンの朝定食を出せ』……と。それも、『トーストと目玉焼きのセットに、人参サラダを付けろ』と、繰り返し叫んでおります……!!」

 ――ピタッ。

 その瞬間、私の頭の中で、前世の記憶(日本での生活)と、現在の状況が、強烈なスパークを起こして結びついた。

(ルナキン……? 朝定食……? トーストに目玉焼き……!?)

 それは、どう考えてもこの異世界(剣と魔法のファンタジー)に存在するはずのない、前世の現代日本における『某有名ファミリーレストランのモーニングメニュー』の完璧なオーダーではないか!!

「……ヒカリ? どうした、顔色が悪いぞ。その『ルナキン』とやらを知っているのか?」

 アレクセイ様が不思議そうに私を見下ろす。

「しゃ、社長……。もしかすると、これから来る敵は……旧ガルシア領の残党よりも、ある意味で遥かに厄介な相手イレギュラーかもしれません……ッ!」

 平和すぎるサテライトオフィスの開設からわずか数十分。

 私の完璧な事業再生計画スケジュールは、いきなり現れた「謎の朝定食要求暴漢」によって、初手から盛大にひっくり返されようとしていたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ