EP 15
夜会(社交界)は『異業種交流会』であり『接待』です! 〜完璧なプレゼン用ドレスを召喚して、嫌味な貴族たちをデータで論破しました〜
ガルシア侯爵による王都からの強引な引き抜き工作を、アレクセイ様の『未来の妻(女主人)』宣言によって物理的かつ政治的に粉砕してから数日。
私は、執務室でアレクセイ様から一枚の豪奢な招待状を渡されていた。
「……夜会、ですか?」
「ああ。隣国との国境を治める辺境伯が主催する、北部貴族の定例会合だ。これまでは忙殺されていて欠席し続けていたのだが、我が領地の機能が回復した今、そろそろ顔を出さねばならなくてな」
アレクセイ様は少し申し訳なそうに目を伏せた。
「ヒカリ、君には私の『婚約者』として同行してもらいたい。王都のガルシア侯爵の一件もある。君が私の庇護下にあることを、北部諸侯に知らしめる絶好の機会だ」
(なるほど。対外的な『役員就任のお披露目パーティー』であり、他の派閥への『牽制』というわけね。了解です!)
相変わらず「婚約」を「高度なビジネス契約」としか認識していない私は、力強く頷いた。
「お任せください! 公爵領の筆頭政務補佐官(および偽装婚約者)として、完璧な『接待』と『営業』をこなしてみせます!」
「……営業? 接待? いや、君はただ私の隣で笑っていてくれればいいのだが……」
首を傾げるアレクセイ様をよそに、私のビジネス脳はフル回転を始めていた。
他社(他領)の重役が集まる異業種交流会。そこでナメられるわけにはいかない。第一印象、すなわち『身だしなみ』はビジネスの基本中の基本である。
***
その日の午後、公爵邸の私の私室にて。
「ど、どうしましょう……! ヒカリ様にお似合いになるドレスが、当家には一着もございません!」
メイド長が、クローゼットの前で頭を抱えて絶望していた。
ヴァルトブルク公爵家は長年ブラック労働環境にあったため、女性用の華やかなドレスなど新調する余裕がなく、残っているのは先代の古臭いデザインのものばかりだったのだ。仕立て屋を呼んでも、夜会には間に合わない。
「大丈夫です、メイド長さん。私に『とっておきのツテ』がありますから」
私はメイド長を部屋から退出させると、誰にも見られないように【善行通販システム】を展開した。
社交界という名の戦場に赴くための『勝負服(戦闘用オーダースーツ)』。ここにポイントを惜しむ理由はない。
【現代最高峰・オートクチュール夜会服(防汚・形状記憶・魅力補正バフ付き)&高級ジュエリーセット:150,000P】
【プロ仕様・崩れない魔法のコスメポーチ一式:20,000P】
ポンッ! という音と共に、ベッドの上に息を呑むほど美しいドレスと宝石が現れた。
深い夜空のようなミッドナイトブルーのシルク生地に、星屑のように細かなダイヤモンドが散りばめられている。過度な装飾を排した、洗練された大人の美しさを引き出す極上の一着だ。
私は魔法のコスメで完璧なメイクを施し、ドレスに袖を通した。
数十分後。準備を終えてエントランスホールへ降りていくと、そこで待っていたアレクセイ様が、文字通り言葉を失って固まった。
「……ヒカリ、なのか?」
「はい。いかがでしょうか? 公爵様の隣を歩くビジネスパートナーとして、恥ずかしくない装いでしょうか?」
私がスカートの裾を軽くつまんで一礼すると、アレクセイ様はゴクリと喉を鳴らした。
彼の青い瞳に、暗く、熱い炎が灯る。
「恥ずかしくないどころか……美しすぎる。その姿を他の男たちに見せなければならないと思うと、今すぐこの夜会への参加を取り消して、君を部屋に閉じ込めたくなるほどだ」
「えっ!? だ、駄目ですよ! ドタキャンは信用問題に関わります!」
私が慌てて止めると、アレクセイ様は深くため息を吐き、私の腰をグッと強く抱き寄せた。
「わかっている。だが、片時も私のそばから離れないと約束してくれ。いいな?」
「はいっ!(迷子にならないようにですね!)」
こうして、私たちは二人で馬車に乗り込み、決戦の地である夜会会場へと向かった。
***
華やかなシャンデリアが輝く、辺境伯邸の豪奢なホール。
私とアレクセイ様が腕を組んで入場した瞬間、会場中のざわめきがピタリと止まり、全員の視線が私たちに釘付けになった。
「見ろ、あの氷の公爵が女性をエスコートしているぞ……」
「あれが噂の『実務の聖女』か? 平民だと聞いていたが、あの高貴な佇まいと見たこともない美しいドレスはなんだ……王族の姫君のようだ」
周囲からの驚きと羨望の視線。つかみ(第一印象)は完璧だ。
しかし、どこにでも『競合他社の妨害』というものは存在する。
「ふん、見掛け倒しの小娘が。公爵閣下をたぶらかしたと聞いておりますぞ」
嫌味な笑みを浮かべて近づいてきたのは、恰幅の良い中年貴族――バートン子爵だった。彼は王都のガルシア侯爵と繋がりがある派閥の男だ。
「平民の小娘に領地経営の真似事をさせているとか。我がバートン領の古き良き伝統ある統治に比べれば、おままごとのようなものですな!」
周囲の貴族たちが、ハラハラしながらこちらを見守っている。
アレクセイ様が不快げに眉をひそめ、冷気を放とうとした瞬間――私は彼の手を優しく制し、バートン子爵の前に進み出た。
(さあ、ここからが腕の見せ所よ。悪質なクレーム対応と、自社製品のプレゼンね!)
「バートン子爵様ですね。お声がけいただき光栄です。ですが『おままごと』とは、少し認識が古いかと存じます」
私は極上のビジネススマイルを浮かべ、扇で口元を隠しながらはっきりと告げた。
「昨年度のバートン領の麦の収穫高は、前年比で約十五パーセント減少。それに伴い、領民の他領への流出が二パーセント増加しておりますね。伝統ある統治の割には、随分と『非効率』な数字が並んでいるようですが?」
「なっ……!? なぜお前が、我が領の極秘データを知っている!?」
私は内心でニヤリと笑った。行政棟の書類を整理した際、周辺諸国のデータもすべて頭に叩き込んであるのだ。
「対して、我がヴァルトブルク公爵領は、独自の『業務改革(BPR)』と『最新の農業システム』を導入した結果、今年の麦の収穫高は前年比で三百パーセント増を達成。すでに王都への輸出契約も締結済みです」
「さ、三百パーセントだと!? そんな馬鹿な!」
バートン子爵が滝のように冷や汗を流す。
私はそこに、トドメの営業を叩き込んだ。
「もしご希望であれば、我が領地のノウハウ(魔法の肥料や灌漑システム)を、特別価格で技術供与(ライセンス契約)することも可能ですが……いかがなさいますか?」
「くっ……うぅ……!」
圧倒的なデータと実績に基づく、完璧なロジック。
バートン子爵は顔を真っ赤にしたり青くしたりした末、逃げるようにその場から立ち去っていった。
それを見ていた他の貴族たちの目の色が、侮蔑から『熱狂』へと変わる。
「す、素晴らしい! 我が領地にも、ぜひその農業コンサルティングをお願いしたい!」
「ヒカリ様! どうか私めにもお時間を!」
あっという間に、私は北部諸侯からの名刺交換(挨拶)の渦に飲み込まれそうになった。
大口のクライアント獲得のチャンスだ! と意気込んだその時。
「――そこまでだ。私の婚約者を、あまり疲れさせないでもらおうか」
アレクセイ様が私を庇うように前に立ち、周囲の貴族たちを冷徹な視線で牽制した。
「具体的な取引の話は後日、行政棟で受け付ける。今夜は、彼女と踊るために来たのだからな」
アレクセイ様はそう宣言すると、私の手を取り、ホールの中心へとエスコートした。
楽団が、ゆったりとしたワルツの調べを奏で始める。
「ア、アレクセイ様? 私、ダンスなんてマナー講座で少し習った程度で……」
「私に身を任せていればいい。君は、驚くほど軽くて、しなやかだからな」
アレクセイ様の大きな手が私の腰を抱き、ステップを踏む。
彼のリードは完璧で、私はまるで空を飛んでいるかのように、美しいドレスの裾を揺らして踊り続けた。
「見事だったよ、ヒカリ。あのバートン子爵を、剣ではなく言葉と数字だけで圧倒するとは」
「ふふっ。公爵領の素晴らしさをアピールする、良い『プレゼン』になったと思います」
私が誇らしげに微笑むと、アレクセイ様は愛おしそうに私の目を覗き込んだ。
「君は本当に、私の予想を軽々と超えていく。……ヒカリ、君のその才能も、美しさも、すべて私だけのものだ。誰にも、絶対に渡さない」
曲の終わりと共に、アレクセイ様の唇が私の髪にそっと落とされる。
(おおっ、トップ自らによる熱烈な引き留め工作! これは来季のボーナス査定が楽しみね!)
見つめ合う二人を、周囲の貴族たちが熱い溜息と拍手で包み込む。
こうして、私の『初めての接待(社交界デビュー)』は、大成功の内に幕を閉じた。
公爵領の内政だけでなく、外交においても無双を始めた私のホワイトバックオフィス生活は、さらなる飛躍の時を迎えようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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