事件編(1) 『思考危うし』
パーティが始ってしまえば、そこは気心の知れた幼なじみの家だ。
僕と和希が他愛のないクラスの噂話や、文芸部での新堂先輩のボツプロットの思い出話で盛り上がる中、佐々木は一言も発さずに淡々と料理を口に運んでいる。
時計の針が夜の七時を回った頃、和希が「そろそろプレゼント交換をしようか」と言い出した。
各々が、包装されたプレゼントをテーブルに並べる。
「音楽に合わせて、時計回りに回してくれ………それでは、用意──スタート!」
開始の合図とともに、和希のスマホから曲が流れる。これは……ベートーヴェンの月光か。なかなかいいチョイスをしているじゃないか。
僕は半ば事務的にプレゼントを回した。
ここまで育った学生がプレゼント交換(しかも三人という少人数)をしてみると、子供時代との対比でノスタルジックな気分になってくる。
数十秒ほどプレゼントを回し合ったところで、ピピピピ、とタイマーの電子音が鳴った。
「ッ──ストップ!!」
和希があわただしくタイマーを止めた。……やけに没入してるな。
僕の目の前に置かれた紙袋は──佐々木のか。
「お、これ、秋人が用意してくれたやつか?」
和希は「開けていいか?」と聞くが、僕が答える前に、すでに赤いリボンをほどき、包装を開いていた。
「クッキーか! もしかして、秋人の手作り?」
僕は「そうだよ」とだけ、短く答えた。すると、和希はまるで小さな子供のように喜んだ。
──そう言えば、僕から和希に何かをあげたことはあまり無かったっけ。
「私のは小川先輩のですね」
佐々木はそう言い、開けずに自分の席の横に置く。もうこのイベントは終えたと言う感じだ。
まさか佐々木から喋るとは、と思ったが、それはパーティの浮わつきということで僕の中で片付いた。しかし……
「──…佐々木は……開けないのか?」
「……は?」
佐々木は本当に分からなそうに眉をひそめた。そして、まばたき一回で元の仏頂面に戻る。
「……そういう先輩こそ、開けないんですか? 私のプレゼント」
佐々木は小さく指をさした。
僕は、「これ以上、この話題は続かないか」と割り切って、自分の手元のプレゼントを見る。
地味で簡素な包装紙。店のラッピングにしては質素だ。
店でのラッピングが不可だったのか、自分で包装したのか……ともかく、僕はそんな等身大の包み紙を開く。
「………」
ボールペンだった。ごくシンプルなボールペン。分かっていたので新鮮さの欠片もない。
「お、秋人はボールペンか! よかったな、秋人!」
「──あ、うん。ありがとう、佐々木」
僕はボールペンをカチカチとノックしながらお礼を言う。佐々木は「いえ」とだけ静かに返した。
──プレゼント交換という賑やかなイベントも一段落し、台所からはカチャカチャと、和希が食器を片付ける音が聞こえる。
働き者の和希には悪いが、僕はついさっきリビングに戻ってきた春子と、テレビゲーム(マリオゴルフ)に勤しんでいた。
二打目の残り130ヤードのころ、佐々木が、すっと手を挙げる。
「すみません。少し………トイレを借りてもいいですか?」
「あ──うん。いいよ、ご自由に」
和希が手を止めて答えると、佐々木は「ありがとうございます」と小さく呟き、静かな足取りでリビングを出て行った。
パタン、とドアが閉まる。
リビングに残されたのは、ゲームの電子音と、台所から聞こえる規則的な水音だけだ。
画面の中では、僕が操作するクッパが、グリーンを大きく外れてバンカーに捕まっていた。それを見た春子は、「あ、下手くそー」と笑っている。
「ここからが見せ場なんだろ」
僕はそんな他愛ない言い合いをしながらゲームを進める。
「……あ、私このあと塾だから、このラウンドはハーフでお願い」
春子がそう言うと、ふと、テーブルの上に置いた僕のスマートフォンが短く震えた。
画面を見ると、新堂先輩からのメールだった。
『みんな楽しんでるか? こっちはまだめまいがひどくて、画面を見るのも少し辛い状況だけど、パーティの盛況を祈ってるよ』
「──新堂先輩からメールだ。まだめまいがひどいらしい」
僕がそう言うと、和希のスマートファンからも、「ピコン ピコン」と着信音が鳴った。
「……ほんとだ。わざわざ気遣ってくれるなんて、やっぱり優しい人だな」
台所の片付けを終えた和希が、微笑みながら僕の横にに腰掛け、返信のメッセージを打ちはじめた。
………けれど、僕はそのメールの画面を見つめたまま、喉の奥に奇妙な引っかかりを覚えていた。
時計の針を見る──七時三十分。
佐々木が「トイレを借りる」と言って席を外してから、もう十五分近くが経過しようとしていた。
女子のトイレは長いと聞くが、それでも、あの無駄な動きを一切しない佐々木が、これほど戻ってこないのはおかしい。
――佐々木がトイレにこもっている、まさにこのタイミングで届いた、新堂先輩の状況を伝えるメール………僕の脳裏に、最悪な仮説がよぎった。
まさか、あのトイレの中で、佐々木が新堂先輩の携帯を操作しているのでは──?
「……いや、まさかな」
「ん? なんか言った?」
春子が顔を覗いてくる。僕は「なんでもない」とだけ返して、コントローラーに目線を落とす。
全く、例のシリアルキラーのおかげで、思考がどうも危なっかしくなっている。そもそも佐々木がそうする動機が見つからないではないか。
僕は思考を戻した。
「……それにしても、佐々木さん遅いね。ちょっと様子を見てくるよ」
僕の心中を知る由もない和希が、心配そうな顔で立ち上がった。
「あ、いや──僕が行こうか?」
「いいよいいよ、俺んちだし。体調悪くて倒れてたりしたら大変だからさ」
和希はそう言って、リビングのドアを開けて廊下へと出て行った。
パタン、と再びドアが閉まり、和希の足音が遠ざかっていく。
──僕は渦巻く不安感を取り払うように、春子に話しかけた。
「………そう言えば春子、塾は大丈夫なのか?」
春子は僕に言われて時計を見ると「やばっ。遅刻しちゃう」とだけいい、ゲームを放棄して自分の部屋へ支度しに戻っていった。
「──………」
一人リビングに残された僕は、ずっと耳障りだったテレビの音量を下げ、そのあとでテレビの電源を消した。
──七時三十三分。
僕は静寂の中、わずかに唇を動かした。
「さて──」
通り魔はそろそろ、十二人目を殺した頃だろうか




