表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遺書の誤読  作者: ゴールデンコチョレイト
アヴァン編
PR
2/4

アヴァン編(2)  『聖金曜日に、乾杯』

金曜日の朝、僕のスマートフォンに新堂先輩からの一通のメールが届いていた。


『ごめん、起きたらひどくめまいがして、起き上がれそうにない。今日のパーティ、主役の俺が不在になっちゃうけど、みんなで楽しんでくれ。本当に申し訳ない!』


主役であり、お祝いの対象である新堂先輩が来られない。


普通なら、じゃあ延期にしようか、となる流れだけれど、和希に確認してみると、


「もう料理の材料も買っちゃったし、部長も楽しんでくれって言ってるしな。部長の分まで、俺らで楽しもうぜ」


という返事が返ってきた。


僕はこの案にはじめは反対したけれど、しばらく考えて納得した。


今パーティを延期することは、体調不良の先輩を思ってのことですよ、と言い押し付けていることと動議であろう。


結局、主役不在のまま、残された僕たち三人でパーティを決行することになった。



─────────────────────



放課後、僕は身支度を済ませ、近所の駅の改札前で、佐々木と待ち合わせていた。


冷たい風が吹き抜ける駅前広場で、先に立って待っていた彼女の姿を見つけたとき、僕は思わず足を止めた。


ゆったりとしたオフホワイトのニットに、黒いロングスカート。首元には少し大きめのマフラーを巻いている。


普段は飾り気の無い制服姿しか見ていないので、私服姿の彼女は、妙に華やかに見えた。


「──…ごめん、待った?」


「いえ、いま来ました」


僕が声をかけると、佐々木はマフラーに顔を半分埋めたまま、いつもと変わらない淡々とした声で応じた。


彼女の腕には、小さな紙袋が提げられている。おそらく、例のボールペンだかシャープペンだかが入っているのだろう。


僕の持つ手さげ袋の中にも、今日のプレゼント交換に使う焼き菓子が入っている。


誰に当たってもよく、もし新堂先輩に当たったとしても、それなりに喜んでもらえるプレゼント。


手間はかかったが、手作りクッキーというのは誰が貰っても嬉しいだろう。


……まあ、その新堂先輩は今回は欠席なのだが。


「新堂先輩、残念だったな」


「そうですね」


「………」


歩き出しながら会話を試みるが、やっぱりラリーは続かない。


いつもなら、僕と佐々木の間には和希という完璧な緩衝材がいた。


あいつが他愛のない話を振って、僕がそれに乗り、佐々木がたまに短く相槌を打つ。


それが僕たちの文芸部における正しいパワーバランスだった。


けれど今は、薄暗くなり始めた通学路を、私服の女子と二人きりで並んで歩いている。街灯がぽつぽつと灯り始める中、僕たちの足音だけが静かに重なる。


──この非日常的なシチュエーションに、僕の脳内は少なからず浮ついていた。


「……あそこですね」


佐々木が不意に、小さく指をさした。


視線の先には、街灯に照らされた和希の家のトタン屋根が見えていた。リビングの窓からは、暖かそうなオレンジ色の光が漏れている。


僕はポケットからスマートフォンを取り出し、和希に『今着いた』とメッセージを送った。


小川家のドアベルを押すと、しばらくして「はーい」と声が聞こえた。


和希のものではない、若い女子の声。


「秋人、いらっしゃい」


和希の妹の春子だ。見慣れた中学校の制服姿で、焦げ茶色の髪をポニーテールに結んでいる。


手にアルコール消毒を握っているのを見ると、どうやら和希の手伝いでテーブルを拭いたりと、パーティの準備をしていたらしい。


「よお、春子。新堂って先輩が急に来られなくなっちゃってさ、結局この三人になったんだ」


「そっか。お兄ちゃん張り切って料理作ってたから、たくさん食べていってね」


人懐っこく笑う春子の視線が、僕のすぐ後ろに佇む見慣れない女子へと向けられた。


「あ、こちらは佐々木彩葉さん。僕たちの部活の後輩」


「佐々木です。よろしくお願いします」


佐々木はいつも通り、表情筋を一つも動かさずにぺこりと頭を下げた。


春子は「…あっ、はじめまして。小川春子です」と少し圧倒されている様子。


「春子、いつまで玄関で話し込んでるんだよ。早く中に通して」


奥のリビングから、エプロン姿の和希が顔を出した。


エプロンの似合う男子は一定数いると聞くが、菜箸の似合う男子は初めて見た。


春子に連れられてリビングに入ると、テーブルの上には唐揚げやポテト、大皿のパスタに炒飯、ミネストローネにフォカッチャと、統一性のない高校生が好きそうなメニューが所狭しと並んでいた。


その光景から受ける印象はズバリ、橙色である。


僕は普段からジャンキーな食事を避けているわけではないのだが、このボリューム満点のラインナップを見ると……その、大変言いづらいのだが──


「──すごいな…」


「へへ、たくさん食べてけよ」


こいつ、あろうことか好評として受け止めやがった!



和希に促され、僕と佐々木は席に着く。僕の左が佐々木。テーブルを挟んで正面が和希だ。


「主役がいないのは寂しいけど、まー、盛り上がって楽しもうぜ」


和希はそういって、オレンジジュースの注がれたグラスを握った。


手元を見ると、すでにグラスに注がれたオレンジジュースが人数分用意されている。


春子の分がないが、なんでも、邪魔をしちゃ悪いと別の部屋へ行ったらしい。


「それでは、文芸部の成果と、先輩の誕生日近いねを祝して──」


和希の掛け声に合わせて、僕たちはグラスを掲げる。


「──乾杯」


「乾杯」


三人分のグラスがぶつかり、カチン、と硬質な音がリビングに響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ