アヴァン編(2) 『聖金曜日に、乾杯』
金曜日の朝、僕のスマートフォンに新堂先輩からの一通のメールが届いていた。
『ごめん、起きたらひどくめまいがして、起き上がれそうにない。今日のパーティ、主役の俺が不在になっちゃうけど、みんなで楽しんでくれ。本当に申し訳ない!』
主役であり、お祝いの対象である新堂先輩が来られない。
普通なら、じゃあ延期にしようか、となる流れだけれど、和希に確認してみると、
「もう料理の材料も買っちゃったし、部長も楽しんでくれって言ってるしな。部長の分まで、俺らで楽しもうぜ」
という返事が返ってきた。
僕はこの案にはじめは反対したけれど、しばらく考えて納得した。
今パーティを延期することは、体調不良の先輩を思ってのことですよ、と言い押し付けていることと動議であろう。
結局、主役不在のまま、残された僕たち三人でパーティを決行することになった。
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放課後、僕は身支度を済ませ、近所の駅の改札前で、佐々木と待ち合わせていた。
冷たい風が吹き抜ける駅前広場で、先に立って待っていた彼女の姿を見つけたとき、僕は思わず足を止めた。
ゆったりとしたオフホワイトのニットに、黒いロングスカート。首元には少し大きめのマフラーを巻いている。
普段は飾り気の無い制服姿しか見ていないので、私服姿の彼女は、妙に華やかに見えた。
「──…ごめん、待った?」
「いえ、いま来ました」
僕が声をかけると、佐々木はマフラーに顔を半分埋めたまま、いつもと変わらない淡々とした声で応じた。
彼女の腕には、小さな紙袋が提げられている。おそらく、例のボールペンだかシャープペンだかが入っているのだろう。
僕の持つ手さげ袋の中にも、今日のプレゼント交換に使う焼き菓子が入っている。
誰に当たってもよく、もし新堂先輩に当たったとしても、それなりに喜んでもらえるプレゼント。
手間はかかったが、手作りクッキーというのは誰が貰っても嬉しいだろう。
……まあ、その新堂先輩は今回は欠席なのだが。
「新堂先輩、残念だったな」
「そうですね」
「………」
歩き出しながら会話を試みるが、やっぱりラリーは続かない。
いつもなら、僕と佐々木の間には和希という完璧な緩衝材がいた。
あいつが他愛のない話を振って、僕がそれに乗り、佐々木がたまに短く相槌を打つ。
それが僕たちの文芸部における正しいパワーバランスだった。
けれど今は、薄暗くなり始めた通学路を、私服の女子と二人きりで並んで歩いている。街灯がぽつぽつと灯り始める中、僕たちの足音だけが静かに重なる。
──この非日常的なシチュエーションに、僕の脳内は少なからず浮ついていた。
「……あそこですね」
佐々木が不意に、小さく指をさした。
視線の先には、街灯に照らされた和希の家のトタン屋根が見えていた。リビングの窓からは、暖かそうなオレンジ色の光が漏れている。
僕はポケットからスマートフォンを取り出し、和希に『今着いた』とメッセージを送った。
小川家のドアベルを押すと、しばらくして「はーい」と声が聞こえた。
和希のものではない、若い女子の声。
「秋人、いらっしゃい」
和希の妹の春子だ。見慣れた中学校の制服姿で、焦げ茶色の髪をポニーテールに結んでいる。
手にアルコール消毒を握っているのを見ると、どうやら和希の手伝いでテーブルを拭いたりと、パーティの準備をしていたらしい。
「よお、春子。新堂って先輩が急に来られなくなっちゃってさ、結局この三人になったんだ」
「そっか。お兄ちゃん張り切って料理作ってたから、たくさん食べていってね」
人懐っこく笑う春子の視線が、僕のすぐ後ろに佇む見慣れない女子へと向けられた。
「あ、こちらは佐々木彩葉さん。僕たちの部活の後輩」
「佐々木です。よろしくお願いします」
佐々木はいつも通り、表情筋を一つも動かさずにぺこりと頭を下げた。
春子は「…あっ、はじめまして。小川春子です」と少し圧倒されている様子。
「春子、いつまで玄関で話し込んでるんだよ。早く中に通して」
奥のリビングから、エプロン姿の和希が顔を出した。
エプロンの似合う男子は一定数いると聞くが、菜箸の似合う男子は初めて見た。
春子に連れられてリビングに入ると、テーブルの上には唐揚げやポテト、大皿のパスタに炒飯、ミネストローネにフォカッチャと、統一性のない高校生が好きそうなメニューが所狭しと並んでいた。
その光景から受ける印象はズバリ、橙色である。
僕は普段からジャンキーな食事を避けているわけではないのだが、このボリューム満点のラインナップを見ると……その、大変言いづらいのだが──
「──すごいな…」
「へへ、たくさん食べてけよ」
こいつ、あろうことか好評として受け止めやがった!
和希に促され、僕と佐々木は席に着く。僕の左が佐々木。テーブルを挟んで正面が和希だ。
「主役がいないのは寂しいけど、まー、盛り上がって楽しもうぜ」
和希はそういって、オレンジジュースの注がれたグラスを握った。
手元を見ると、すでにグラスに注がれたオレンジジュースが人数分用意されている。
春子の分がないが、なんでも、邪魔をしちゃ悪いと別の部屋へ行ったらしい。
「それでは、文芸部の成果と、先輩の誕生日近いねを祝して──」
和希の掛け声に合わせて、僕たちはグラスを掲げる。
「──乾杯」
「乾杯」
三人分のグラスがぶつかり、カチン、と硬質な音がリビングに響いた。




