08. タダより高い物はない
銀髪の奴隷――シルヴィアが来てから一ヶ月が経った。
ちなみにシルヴィアという名前は俺が付けたものだ。
あの銀髪、俺が名前を聞いても一向に口を割らなかった。
ふざけやがって。
拾ってやったご主人様に自己紹介もできねぇとはよ。
拾ってやったというか、俺が勝手に連れて来ちゃったんだけど……。
それにしたって、一緒に生活するんだから名前くらい教えてくれたって良くないですか?
無視されてちょっと悲しかったよ俺……。
まぁそんなわけで、俺は彼女に自分で渾名を付けたわけだ。
名前がないと呼ぶときに困るじゃんね。
なんて、最初は銀髪って呼ぼうと思ってたんだけど。
でも、それは珍しくアンリエットに止められた。
『お嬢様、このアンリエットも銀髪なので、その呼び方では少し紛らわしいでしょう』
『お前のそれは銀髪ではなく白髪というのだ』
『あらあら、似たようなものでございましょう?』
『たぶん違うぞ』
『似たようなものですわ』
『……そうか。…………そうか?』
アンリエットの提言なんぞ無視してやっても良かったが、俺も銀髪呼びに拘りがあるわけじゃない。いつも一緒にいる側付きの彼女が紛らわしいというのなら、頑なに銀髪という呼び名を守る気もなかった。
そういう理由で、新しく渾名を付けるに至ったわけである。
銀髪→銀色→シルバー、と連想ゲーム。
そして、女性の名前っぽい語呂に変換してシルヴィアとした。
特別な意味を込めたりだとかはしていない。
仮の名前なんて、呼べればなんでもいいだろう。
いずれ捨てることになる名前かもしれないしな。
そして、シルヴィアと共に一ヶ月過ごした現在の関係はと言えば――。
「おい、シルヴィア。お前は俺にあと何回言われたら椅子に座るようになるんだ?」
「こっちの方が落ち着くの……」
俺が渡した算術の教本を抱えて部屋の隅に座っている。
相変わらずの体育座り。
一ヵ月経ってもシルヴィアの様子に然程大きな変化はない。
「落ち着くんです、な」
「はい」
返事だけは良い。
だが言葉遣いが改善される予兆はない。
物覚えが悪いのかと言えば、しかしそうではない。
シルヴィアがこれでいてたぶん地頭は良い方だ。
教えた算術はあっと言う間にできるようになった。
もしかすると、以前から少しは勉強していたのかもしれない。
奴隷になる前は商家の娘だったんじゃないかと睨んでいる。
本人が自分について話す気がなさそうなので知る由はないが。
なんにしても、数字に抵抗がないのは良いことだ。
今も授業の時間でもないのに算術の本を読んでいるし、性格的にそう言う方面が向いているんだろう。
「後々は経理の勉強とかもさせてみるか」
「経理?」
「領内の金銭の出入りや取引を管理する仕事だ。数字いじりが好きなら楽しいぞ」
「……ふーん」
興味無さそうな返事だが、ちょっと気になっているのがバレバレだ。
チラチラ教本の陰からこっちを見ている。
「さて、雑談はここまでだ。丁度経理の話が出たことだし、今日はカースナー領の産業について教えてやろう」
「関係あるの?」
「産業ってのは金が動く中心点だ。これを知らずに経理はできねぇよ」
そう言って俺はシルヴィアの隣で胡坐をかいた。
「あらあら、お嬢様まで。二人とも、椅子に座ればよろしいでしょう?」
後ろに控えていたアンリエットはそう注意しつつも、その表情は穏やかだ。
「シルヴィアがこっちの方が落ち着くって言ってるんだ、ならこうした方が良い。少しでも集中できる環境の方が、勉強が捗るだろう?」
それに、俺も床に座ることに抵抗はない。
こちとら元々は畳文化の日本人だ。
床に座ろうが寝転がろうが珍しくもない。
そして、俺は自分も覚えたばかりの領地の産業について、知識を語り始めた。
人に教えながら、俺自身も知識のアウトプットをする。
一石二鳥の勉強法というわけだ。
奴隷のためだけに俺様の貴重な時間を浪費するのは勿体ないしな。
隣に座るシルヴィアは、変わらずの無表情。
しかし、その目からは以前よりも少しだけ虚ろさが消えていた。
◆ シルヴィア
主人が変わって二ヶ月ほど。
あの日から私の生活は劇的に変わった。
服は最低限肌を隠すためだけの薄汚いボロではなく、むしろ奴隷になる以前よりも上等なものになった。
食事は口に含むだけで気分が悪くなる腐りかけの残飯ではなく、温かいスープとパン、日によってはデザートまで用意される。
私の目の前で平然と人を殺した赤毛の悪魔はベルベットというらしい。
凄く地位の高い貴族だというが、私からすれば貴族なんて全部殿上人だ。
爵位がどうたら言われてもよくわからない。
最初はもう殺されてやろうと思った。
年下の女の子に見下されて、弄ばれて。
これ以上痛い思いをしてまで誰かの玩具として生きるのは嫌だった。
あんな風に人を殺す幼女がまともな人間であるはずない。
そう思っていたのだが、ベルベットは私を弄んだりはしなかった。
それどころか、叩かれたことすらない。
名前を聞かれても答えず、
敬語を求められても雑な対応を繰り返し、
言われたこともわざと無視した。
椅子に座れと言われても命令を無視して床に座り続けていたら、あろうことか彼女は私の隣に座るようにまでなったのだ。
平民が貴族にやってはならないこととして散々両親に言い含められていたことも、全部無視した。
なのに、私の体に傷をつけられることはない。
むしろ商館に居た頃の傷は定期的に与えられる薬でほとんど跡も残らずなくなった。
『お前の傷、見てるだけで痛そうだから早く治せ』
女子とは思えない粗雑な言葉遣いとは裏腹に、ベルベットは私に甘く、そして優しい。
この子は何を考えているんだろう?
どうして私を気にかけるんだろう?
なんのために私を拾ったんだろう?
優しくされればされるほどに、彼女のことが気になってくる。
「お~い、シルヴィア。今日も勉強の時間だぞ」
ノックもなしにバンッ! と部屋の扉が開かれる。
触れれば燃えてしまいそうな赤い髪をたなびかせ、小さい身体に似合わぬ傲慢な仁王立ち。
開け放たれた扉の先には、やはり私のご主人様が立っていた。
「まぁまぁお嬢様ったら、乙女の部屋に入るのにノックもなしで……」
「良いだろ別に?」
「着替えをしていたらどうするのです?」
「同性なんだから関係ないだろ。それにコイツは裸を見られても平然としているガキだ」
「ガキだなんて……シルヴィアはお嬢様より幾つか年上でしょう?」
「いいんだよ! ガキはガキなんだから!」
見慣れた言い合いをする二人の姿に口元が緩みそうになる。
「ん? シルヴィア、お前、今笑ったか?」
「……いいえ」
咄嗟に誤魔化してしまった。
「見間違いか? まあいいや。それじゃあ、今日は言葉遣いの練習だ! いい加減にお前のその雑な受け答えを矯正してやろうじゃないか!」
そう言って、ストンと私の隣に腰を下ろす。
今日もまた、床の上で授業が始まった。
◆ ベルベット
シルヴィアが来て半年は経っただろうか?
なんかいつの間にか、何をするにも俺の隣には銀髪の少女がベッタリついてくるようになっていた。
「どうぞ」
出来るだけ毎日続けている剣術の稽古を済ませると、そそそっと寄って来たシルヴィアから水筒と手拭いを手渡される。
相変わらず感情の乏しい顔つきだが、たまに口元を緩めて微笑むことがある。
今も、ほんのちょっとだけ(マジですっごい微妙に)口角が上がっていた。
「ああ、うん」
貰った手ぬぐいは冷たい水を含ませてあって、凄く気持ちが良かった。
やたら気の利くことだ。
最初は俺を拒絶するばかりだった彼女だが、最近はどうも俺の後を付いて来たがる。
何か心境の変化でもあったのだろうか。
よくわからん。
以前は骨と皮だけだった貧相な体つきも、少しずつ肉がついて健康的な肌艶が見て取れる。
汚れてくすんで見えていた銀髪も、最近は陽の光を美しく反射する眩さを持つようになった。
メイド服ではなくドレスを着せたら、下手な貴族の子女よりも美しく見えるのではないだろうか。
シルヴィアってこんなに可愛かったっけ?
元の素材が良かったということなのだろうが、まさかこんな原石が眠っているとは……。
受け答えは変わらず淡白だが、言葉遣いもだいぶ丁寧になって来た。
アンリエットと俺の部屋の掃除をするようになったし、もうメイドとして普通にやっていけるのではなかろうか。
もしかすると俺はかなり良い買い物をしたのかもしれない。
まあ、金払ってないけど。
タダより高い物はないとは言うが、あれってこういうことなのかもしれない。




