07. はじめての奴隷
屋敷で働く使用人のためにいくつも用意されている部屋のひとつ。
空き部屋とはいえ、それなりに上質な家具が取り揃えられているし普段から手入れがされているため綺麗な場所だ。寝ようと思えばベッドがあるし、座ろうと思えば椅子だってある。
だというのに、あの銀髪は床で体育座りをしていた。
しかも全裸で。
裸だと、彼女の骨と皮ばかりの体付きが余計に強調されて見える。
それに何より、痛々しい傷痕がそこかしこに見えていた。
ガキな上にあんな姿では、色気もへったくれもない。
「あらまぁ……」
俺の後ろに控えていた、鷲鼻に丸眼鏡をかけた侍女――アンリエットが気の抜けた声を上げた。
実は母に怒られているときからずっと俺の後ろに居たのだが、この婆さんは俺が扇子でぶっ叩かれようが何一つ口を挟まずにニコニコとした顔で俺たち親子のやり取りを見守っていた。
自分のご主人様が叩かれた時くらいは、抗議して欲しいもんだ。
まあ、アンリエットは俺の側付きだが、あくまでも雇い主はベルン公爵。
その夫人に文句を言うことはできないのだろうが。
しかし、たとえその権限があっても、この婆さんは俺を庇おうと母に抗議することはなさそうに思える。
侍女としての仕事はテキパキとこなすのだが、性格の問題なのかおっとりしすぎているきらいがある人物なのだ。
それはさておき、今は目の前の銀髪奴隷のことだろう。
「なぁ、何してるんだお前?」
「……座ってる」
「そういうことじゃねぇよ」
あまりにも的外れな答えにげんなりとさせられた。
「座りたいなら椅子に座ればいいだろ。あと、服を着ろよ。テーブルの上に置いてあるだろうが」
俺が指差した先にあるテーブルには、彼女をここへ案内したメイドが用意したであろう使用人用の簡素な服がキレイに畳まれた状態で放置されている。
「…………勝手に触ったら叩かれるから」
「はぁ? お前をこの部屋に案内した奴がそう教えたのか?」
「……」
銀髪はうんともすんとも言わない。
沈黙は肯定ということなのだろうか?
というか、コイツは一体いつから部屋の隅っこでこうしているんだ?
ふと、そんなことを考えて嫌な予感がした。
「お前まさか、昨日の夜からずっとそうしているんじゃないだろうな?」
「…………」
返事はなかったが、銀髪はこくりと小さく頷いた。
「嘘だろ……」
一晩中、床に座って全裸待機だと?
もしかして、これがこの世界の奴隷として模範的な行動、なのか?
いや、流石にそんなわけないよな。
「はぁ……。とりあえず、まずは服を着ろ」
テーブルの服を取って彼女のもとまで持っていく。
目の前まで近づいたところで、銀髪は俺から隠れるように一層強く膝を抱いて身を固くした。
まるで、これから来る痛みに備えるように。
「そんなにビビんなよ。何もしねぇっての」
しかし、俺が何を言っても、彼女から発せられる拒絶の色が濃くなる一方だ。
「めんどくせぇ……」
うっかり本音を漏らした俺は、溜息を吐きながら銀髪の足元に服を置いた。
「ここに置いておくから、服を着とけ。俺たちは少し外に出てる」
それだけ言って、俺はアンリエットと共に部屋を出た。
「アンリエット、あの奴隷をここに連れて来たメイドを呼んで来い」
「承知しました」
アンリエットはこっくりと頷いて、何処かへ歩いて行く。
その歩調はとてもゆっくりとしたものに見えたが、ほんの少しの時間で彼女は一人のメイドを伴って帰ってきた。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
やってきたメイドに話を聞くと、どうにもその対応に問題があったようには思えない。
彼女は普通に部屋まで奴隷を案内して、ついでに汚れていた服の替えを置いて部屋を出たという。
「今の話は本当か? あの奴隷を虐めてやろうと、変なことを吹き込んだりしたんじゃないのか? 本当のことを言ってみろ。あとからお前の悪戯が発覚したら――」
念のために詰問をしてみると、
「い、悪戯など! 私は何もしていません! た、ただ指示をいただいた通りに、彼女をこの部屋まで案内し、汚れた身体を布で拭いただけです!」
俺が言い切る前に、メイドはぶんぶんと必死に首を振って早口に捲し立てる。
そういえば、昨日屋敷に連れて来た時には随分と汚れていた銀髪の体が、生傷は目立つもののだいぶ小綺麗になっていた。
今の話に嘘はないのだろう。
「だが、あいつは俺がさっき部屋に入った時には全裸で床に座っていたんだが?」
それを聞いたメイドは目をひん剥いて驚く。
「わ、私はたしかにあの子の身体を綺麗にするため服を脱がせましたが、替えの服も用意したはずです!」
「替えの服はたしかにあったが、アイツは部屋の物に勝手に触れると叩かれるとか言っていたぞ」
「本当に私は何もしていません! 本当なんです! 信じてくださいお嬢様!!」
メイドがガタガタと震え、ついには床に膝をついて頭を下げだした。
「まぁまぁ、ベルベット様。このリリエは、いつも真面目に仕事をしている子ですから。きっとあんな子供に悪さなんてしませんよ。これ以上は、許してあげてくださいな」
アンリエットはそう言ってメイドの背中をさすってやる。
いつの間にやら泣いていたようで、ぐずぐずと鼻をすする音が聞こえて来た。
「わ、悪かったよ。別にそんな怖がらせる気は……」
「それじゃあこの子は、仕事に戻してあげてもいいですか?」
「おう……」
そしてメイドはぺしょぺしょになった顔で俺から逃げるように仕事へ戻った。
結局のところ、あの銀髪はメイドに身体を洗って貰ったあと、自主的に服を着ない選択をして、用意されたベッドで寝ることもなく、ひたすら床でじっとしていたということなのだろう。あのメイドも部屋に案内すれば部屋の物は勝手に使うと思っただろうし、まさか自分で着せなければ服を放置して全裸待機されるとは思わなかったはずだ。
置いてある物に勝手に触ると叩かれるという話は、過去にダールトンのところで何かあったのかもしれない。
「ったく、人騒がせな奴隷がよ……」
いや、冷静になってみると勝手に騒ぎ立てたのは俺か?
もっと腰を据えてじっくりと話をすれば良かったのだろうか?
「いやいや、どうして俺があんなガキのためにそこまで気を使ってやらなきゃならないんだよ。……こんなことなら、やっぱりあの商館において来ればよかったぜ」
しかし、俺はつい先ほど母から放り出すなと釘を刺されたばかりである。
ここで「やっぱり要らないから返品しま~す」なんて言ったら、今度はあの母の扇子で頭をカチ割られるかもしれない。
「チッ……しかたねぇな」
そして俺は、再び銀髪がいる部屋の扉を開ける。
その先には、やはりと言うべきか、メイド服を着た少女が体育座りで待っていた。
あの格好、癖なのかな?
「おい、銀髪。今日から俺がお前のご主人様だ。詳しい話は面倒だから省くが、これからは俺がお前を支配する。俺の命令の返事は『はい』で答えろ。わかったな?」
こうして、俺と銀髪の日常が始まった。




