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TS令嬢、悪役ムーブで人生を謳歌したい  作者: 真嶋 青
第二章

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26. 上下関係

 シグルスを吹き飛ばしたマリオはポリポリと頭を掻く。


「ああ、しまった。申し訳ありません旦那様。つい力加減を誤って、商品を殺してしまったやもしれません」

「ば、バカヤロー! あれはかなり値の張る商品になるはずだったんだぞ!」

「ええ。ですから、申し訳ありませんと言っているではありませんか」

「キサマッ! 謝れば済むと思っているのか!?」

「……いえ、謝っても意味がないと思っていますが? 死人は戻せませぬし」

「ふぅぅぅぅざけるなぁぁ!!」


 さっきまでガタガタ震えて隅っこで縮こまっていたくせに、シグルスが見えなくなった途端にこれだ。

 

 うるさいばかりで耳が痛くなる。

 慣用句的な意味ではなく、

 言葉通りの意味で。


 それにマリオもシグルスの実力を見誤っているな。

 あれはそもそも剣士だ。

 拳の打ち合いで良い勝負をした程度で、満足されては困る。


「待て。誰が死んだって?」


 声が届くと同時に、空間が変わった。

 片腕で鉄パイプのようなものを提げた人影が、瓦礫の向こうから這い出るように現れる。

 速いわけではない。

 だが、敵との間合いを意識するよりも、ただ早く前に進み出るために特化したような歩法。

 足音がしない。

 重心が揺れない。

 まるで最初からそこにいたかのように、次の瞬間には間合いの内側に立っている。


 マリオは反応する隙すら、与えられなかった。


 横薙ぎの一閃。

 空気を裂く音より先に、鉄の重さが肉を叩く鈍い衝撃音が響く。


「ぐぁ!?」


 咄嗟に上げた右腕が防壁になったが、防ぎきれてはいない。

 肘から手首にかけて、皮膚と筋が深々と割かれ、鮮血が宙に散った。

 ボタボタと石畳を叩く音。

 マリオの巨躯が大きくのけぞる。

 致命的な隙——本来ならば、シグルスがこの好機を見逃すはずがない。


 だが、今日の彼はあえて何もしなかった。


 ただ、口の端を吊り上げて、手にした鉄棒をゆっくりと持ち上げてみせる。

 余裕を通り越した、獲物を前にした愉悦。


「驚いたかね? 熟達した剣士というのは、刃がなくとも人体ぐらい()()()()ものは簡単に斬れてしまう」


 やはり彼が持っていたのは剣ではない。

 刃どころか角もないただの鉄棒。

 おそらく吹き飛ばされたときに砕けた建材の一部でも拝借したのだろう。

 それでこの斬れ味だ。

 並の剣士ではありえない芸当。


 シグルスは随分と興が乗っているようで、ニヤニヤと口角を吊り上げている。


「さ、次だ。もう少し格の違いというものを見せてから、貴様の胸に吾の名を刻んでやろう」

「やれやれ、旦那様。今回は随分と厄介な商品を取り寄せましたな……」

「ダ、ダールトンから取り寄せた一級品だ。剣の腕が大したものだとは聞いている」

「大したもの、ですか。なんとも、それは見積もりが甘すぎますな」


 苦々しくそう言って、マリオは傷ついた右腕を庇いながらも、再び拳を構え直す。

 血の滴る腕。

 それでも下がらない。

 奴は下がる意味がないとわかっている。


「旦那様、残念ですが今日のオークションは中止です。私が時間を稼ぎます故、アナタは御客人を連れて外に避難なされよ」

「バカな! 中止だと!? 勝手なこと言うな!」

「そうなると、アナタは死ぬことになりますな。私は命を賭してまでアナタを助ける義理はない。所詮金で雇われているだけなので」

「シ、死ぬ?」

「これから始まる私と奴の死合の渦中に居れば、アナタ程度なら余波で十回は死ねますよ」


 もはやポートマンは言葉もなく足を震わせて、その場に尻もちをつく。

 そんなポートマンとマリオ、そして、そうこうしている間にも殺気を強めていくシグルスの姿に客たちもこれがただの遊びではないと気づいたらしい。


 我先にと外に通じる階段へ走り出した。

 誰かが誰かを突き飛ばし、グラスが割れる音が重なる。

 いよいよ会場は阿鼻叫喚。

 怒号と悲鳴でフロアが満たされた。


 その会場の中、俺は、席に座ったまま眼帯を外す。


「そこまでだ、シグ。もう十分、それ以上は今日の目的を果たせなくなる」


 声を張り上げたわけではない。

 それでも、届く。

 俺の右目に映ったシグルス——いや、暗殺ギルド幹部・シグがピタリと動きを止める。

 鉄棒を構えたその姿勢のまま、時が止まったかのように。

 そして、爆発寸前の闘気が、まるで最初から存在しなかったかのように消失した。


「いかんよ。良い感じに会場を混乱させろとは言ったけど、好きに遊んでいいとは言ってない」


 シグが苦しそうに顔を歪める。

 だが、膝をつくことすらできず、鉄棒を構えた姿勢で固まったまま呼吸もできずわずかに肩を震わせていた。

 喉の奥から、掠れた音だけが漏れる。

 言葉にすらならない。


 シグには俺の魔眼がよく効く。

 もう散々、剣の腕で上下関係を()()()()()あるから。


 右目を閉じた途端、シグは膝をついて咳き込む。

 そして、片膝をついたまま敬礼した。


「……失礼しました、総代」

「いいよ。マリオと戦うの、楽しそうだものなぁ」

「……っ」


 立ち上がって壇上に上がる。

 一歩ごとに、床を踏む音だけが静まり返った会場に響く。

 シグは頭を下げたまま少し身を(すく)ませた。


「バカな、あの豪胆な剣士があんな少女に怯えている……?」


 マリオは俺に得体のしれない物を見る目を向けていた。

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