25. 観戦
慌てた様子でポートマンが叫ぶ。
声はもはや裏返り、上擦っていた。
「貴様、枷はどうした!?」
「親切な少女が、吾を含めた全員の手枷を外してくれてな」
「はぁ!? かっ、看守はどうした!?」
「ここに来る途中にいた誰のことかはわからんが、道中で吾を捕えようと動いた者は全員寝かしてあるぞ」
「ふ、ふざけるなぁっ!」
もはやポートマンに、先ほどまでの役者じみた芝居がかった態度は見る影もない。
仮面が剥がれ落ち、素の傲慢さだけが剥き出しになっていた。
癇癪を起した子供のように地団太を踏み、唾を飛ばしながらわめき散らす。
「おい! 誰か! 誰か居ないのか! この無礼な奴隷をひっ捕えろ!」
「ハイハイ。お呼びですかな旦那様」
ポートマンの金切り声じみた呼び声に、間髪入れずに返事があった。
階段から降りてくるコツコツという足音が、やけに落ち着き払って、それでいて妙な重みを伴って耳に響いてくる。
入口から悠々と顔を出したのは、やはりというべきか、あのマッチョなちょび髭だった。
「マリオ! この隻腕を拘束しろ! それから、奥に手枷を外した奴隷どもがいる。どうせお前が守護する通路を通らねば外には出れんのだ。まだこの地下のどこかに居る。そいつらも全員捕まえろ!」
ちょび髭でマリオって。
お前の本職、配管工だったりしないよな?
「おや? 手枷はいかがなさったんです?」
マリオは太い眉を軽く上げ、目を丸くしてシグルスと呼ばれた男をじろじろと眺め回した。
「知るか! 良いからやれぇ!」
ポートマンの檄が飛び、マリオは面倒臭そうにポリポリと頭を掻く。
「……やれやれ、荒れてますな。他のお客様も見ていますのに」
そう言ってマリオは、俺たち客に向かって芝居がかった仕草で一度だけペコリと頭を下げた。
行儀の良い所作だけが、その巨躯にはやけに不釣り合いだった。
他の客は状況を全く飲み込めていないようで、口を半開きにしたまま、呆けた様子で壇上のポートマンとマリオを交互に見比べている。
そこからは、瞬きすら惜しいほどの一瞬の出来事だった。
直前まで扉の前に悠然と立っていたはずのちょび髭が、地を蹴って壇上に飛び上がり、仁王立ちするシグルスへと飛び掛かる。
空気を裂くような鋭い踏み込みだった。
シグルスは片腕でマリオの飛び膝蹴りを受け止めるが、その圧倒的な質量に押し負け、後方へと吹き飛ばされる。
驚きに目を見開き、これまでシグルスから漂っていた余裕が、一瞬にして霧散した。
やるじゃねぇか、ちょび髭。
見るからにそうだろうと思っていたが、根っからの肉弾戦特化だな。
俺はマリオの実力を素直に称賛し、思わず拍手を送る。
すると、周囲の客たちは目の前で繰り広げられる光景を、オークションのための余興か何かと勘違いしたのか、俺に釣られるようにパラパラと拍手し始めた。
「貴様、名は?」
「マリオと申します。ああ、アナタは名乗らなくて良いですよ。どうせすぐ売り物になる奴隷だ」
「言ってくれる」
そして、おっさん二人の戦いが、一気に激化していく。
繰り出される拳を拳で真っ向から受け止め、返す。
ドンッと拳骨が打ち合わさる度、太鼓を思い切り叩いたような重低音が、過剰なほどに会場中へ響き渡る。
さらに二人の拳が、脚が交錯するたび、耳をつんざく激しい音が幾度となく轟いた。
すっかりシグルスとマリオの死闘を催し物か何かと勘違いした客たちは、終いには席を立ち、興奮気味に歓声を上げ始める始末だ。
オークションなんかより、奴隷同士の決闘で賭け事をさせた方がよっぽど儲かるんじゃねぇか?
そんな品のないことを考えながら客の様子を眺めていると、壇上から客席側へ、マリオの巨体が勢いよく吹っ飛ばされてくる。
「きゃああああ!?」
危うく飛んで来たマリオの巨体に押しつぶされそうになった客の女が、悲鳴じみた叫びを上げていた。
「ふぅ……うるさいお客様だ」
顔を赤く腫らしたマリオは、忌々しげに悪態を吐きながら、それでもゆっくりと立ち上がる。
俺がほんの少しよそ見をしていた間に、シグルスから相当に良い一撃を貰ったらしい。
「どうだ、マリオとやら。吾の名を聞いておきたくなったかね?」
「いえ、全く。むしろ早くアナタの事を忘れて、自室でグッスリ眠りたい気分ですな」
苛立たし気にそう吐き捨てると、マリオは高そうなスーツの袖を自らの手でビリビリと引き裂き、その内に秘めていた肉体を解き放つ。
膨張した筋肉は俺の胴体と同じくらいに太く、もはや腕そのものが鉄骨のような凶悪さを帯びていた。
暴力そのものを具現化したかのような剛腕が唸る。
あっと言う間にシグルスとの距離を詰め、そしてマリオの一撃一撃が嵐のようにシグルスを襲い続けた。
「こりゃぁいかんっっ!」
それまでマリオの猛攻を真正面から受け止めていたシグルスの口から、思わずといった様子で焦りの声が漏れる。今度はまたシグルスの体が派手にぶっ飛ばされた。
観客の悲鳴と歓声とが入り混じった、騒がしい叫び声が会場中に木霊する。
もうオークションはすっかり滅茶苦茶だ。
ポートマンはいつの間にか壇上から転げ落ちるように降り、部屋の端で二人の怪獣大戦争じみた戦いを見つめながら、ガタガタと震え上がっていた。
「い、いったいどうして、こんなことに……っ」
すまんなぁ、ポートマン。
このオークションは、最初からぶっ壊す想定だったんだ。
全ては、この俺が裏市を支配するために。




